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第六話 転化

「ふん、増援か。まぁ、たかが知れているだろう。」


白い女は加勢したタイガを見ても鼻で笑うだけでその余裕を崩さない。


「どうやらウチの若いのが世話になったみたいだな。」


タイガは盾に魔力を集中させて、白い女の攻撃に備える。


―リヤですら攻撃が見えなかったという。魔導の扱いに慣れていないとはいえ槍も真っ二つだ。―


「その槍使い、戯れにもならん弱さだ、その程度で私に歯向かおうなど躾がなっていないようだな。」


「そうだな、一人で勝手に飛び出したこと後でこってりと絞らないとな…」


タイガは腰を落とし、剣を後ろへ引き、盾をギュッと握り直して前に突き出す。


「だからこそ…ここで死なせる訳にはいかないんだよ!!」


―初動が見切れないのなら、こちらから仕掛ける!―


剣とともに引いていた右足に魔力を込めて一気に解き放つ。


バッとタイガが一瞬で白い女との距離を詰める。


白い女の顔は初めて驚きの表情を浮かべるが、驚きは再び余裕の笑みに変わり、タイガの一撃を危なげなく防ぐ。


ガキィンと耳を劈く音が辺りに響き渡る。


「ほぅ、少しはやるようだ。」


反対にタイガは歯をギリッと鳴らし苦い表情を浮かべる。


―クソッ!渾身の一撃だぞ!―


白い女がタイガの剣を弾き、すかさず斬り返す。


タイガもそれに瞬時に対応し、盾で白い女の剣を受け止め、弾き返した。


盾で弾くのに合わせて右手の剣を白い女目掛けて突き出すも、白い女は軽やかなステップでそれを躱す。


タイガがそれを追う様に前に踏み込み、一歩二歩と踏み出すたびに突きを放つ。


「ほら、どうした?かすりもしていないぞ。」


白い女はタイガを挑発するようにニヤリと口角を上げる。


突きとともに前に出した右足に再び魔力を込めて、突きの構えを取ったと思うと、先程と同じ速度で突進を仕掛ける。


「芸のない…」


白い女はまたタイガを嘲笑い、今度はサッと横へステップを踏み躱す。


しかし、予想した突きは放たれず、タイガが左手に持つ盾の縁が白い女の横顔に叩き込まれていた。


「ガッ…」


タイガの魔導で強化された、盾の一撃をモロに食らった白い女は一歩二歩と後ろへよろめく。


打たれた右頬を左手で押さえ、静かに両肩を震わせている。


「まだまだ、こんなものじゃ終わらせ…」


啖呵を切ろうとしたタイガが白い女の様子に言葉を詰まらせる。


「クックックッ…」


「な、何だ?」


その異様な様子に警戒を更に強め、タイガは相手の出方を窺う。


「クハハハハハハ!!」


白い女は大きな笑い声を上げ頰を押さえたままその顔を上げる。


今しがたその顔を殴打されたというのに、先程の余裕の笑みとは違う、楽しそうな満面の笑みをその顔に浮かべていた。


「何なんだ、こいつは。」


先程までは白い女の自分と同等、いやそれ以上の実力に多大な脅威を感じていたタイガだったが、今は理解不能なその様子に腹の底から恐怖が湧き出てくる。


「あぁ…まさか数だけが取り柄の脆弱な種族に…人間の中に私に傷を付けることができる者が居ようとは…」


「数だけが取り柄の脆弱な種族…?」


白い女のその言葉に違和感を覚え、タイガは思わず呟く。


「ましてや、音に聞く最強の剣士ではなく、辺境の一介の警備兵が…だぞ?ククク…」


タイガは笑い続ける白い女に少し気圧されながらも、その違和感を問いただす。


「おい、数だけが取り柄の脆弱な種族と言うのはどういうことだ。」


未だに笑い続けながらも白い女が上機嫌に答える。


「どういうことも何も、それが貴様ら人間の特徴ではないか。」


タイガはその言葉に更に強い違和感を覚え、眉をひそめる。


「まるで自分が人間じゃ無いかの様な言い草だな。」


「あぁ、そうかやはり貴様らは私を人間だと思い込んでいたのか…」


白い女は剣を鞘に戻し、バサッとその背の翼を広げる。


そうしたかと思うと、上半身をゆっくり前に傾け、それと同時に右手を胸に当て、右の羽も右手に沿って畳まれる。


左手は反対に腰の後ろへ回し、左の羽も同様に動く。


右足を後ろへ引き、左足の後ろへ交差させ踵を上げる。


まるで貴族が行うような優雅な一礼をした後、姿勢を戻しタイガを見つめる。


「貴殿のその実力に敬意を表し、我が名を教えて差し上げよう。」


「我こそは誇り高き天族が一人、ルクシア·グレアライト!」


高らかに名乗りを上げ鞘に戻した剣をシャランと引き抜き天に掲げる。


「貴殿らの呼び方に合わせれば、天使ということになるな。」


白い女、ルクシアはスッと剣を下ろしタイガへと視線を送る。


「天使…か、とんでもないものが出てきたな…」


タイガは驚きすぎて、むしろ静かになっていた。


「こちらが、名乗ったのだ貴殿も名乗るのが礼儀であろう?」


ルクシアは少し挑発的にタイガへ名乗るように促す。


―こいつ、リヤにしたことを気にも留めず…―


タイガは上機嫌なルクシアに腸が煮えくり返る思いだったが、そんな相手に無礼に振る舞うことも癪だと思い、挨拶を返す。


「オーエン村警備隊第一班、班長アロト·タイガだ。」


だが、流石にリヤへの所業に対しての怒りが勝り、ぶっきらぼうにそう言い捨てた。


「アロト·タイガか、覚えたぞ。」


反対にルクシアは上機嫌に返す。


「ではアロトよ、ここからは全力を出させてもらおう。あまり早くにくたばってもらっては困るぞ?」


そう言うや否や、ルクシアの身体から凄まじい光の波が溢れ出し、その衝撃が辺り一面を襲う。


その衝撃にタイガは左手で顔を守りながら踏ん張る。


「あいつ…今までは手加減していたってことか。」


先程までとは比べ物にならない圧力に気圧され、無意識に足がすくむ。


「こいつは、まずいかもな…隊長でもどうにもならなさそうだ。」


だが、震える足を拳で叩き、自分自身に喝を入れる。


「俺が怖がってどうする、後ろには守るものがあるんだ。」


ルクシアの周りの光の波が収まり、再び見えたその姿に殆ど変化は無かったが、唯一その頭の上に光の輪が出現していた。


「さぁ、来い!!」


覚悟を決めたタイガが構えを取り、何時でも動けるよう魔力は常に剣と盾、足へ回してルクシアの攻撃に備える。


不意にゆらりと動いたルクシアの姿が視界から消え、タイガは瞬時に後ろへと飛び退った。


つい先程までタイガがいた場所に一筋の光が現れ、その直後にルクシアが出現する。


―勘が当たって助かった…とんでもない速さだ。見てから対処したんじゃ追いつかない。―


再びルクシアが消え躱そうとするも、対策を考えていたことが仇となり、動きが一瞬遅れる。


「しまった!」


タイガの右前から現れた光が、弧を描きタイガへと襲いかかる。


すかさず右手の剣で受けるも、タイガの魔導で強化されているはずの剣が、光に触れた瞬間半ばから砕け散る。


攻撃の余波に耐えきれず、左へ勢いよく飛ばされる。


「ガハァッ!!」


左半身から家屋の壁に衝突し穴をあけ、勢いは落ちたがそのまま家の中を転がっていく。


反対の壁にぶつかりようやく動きを止めたタイガはふらつく頭を押さえながら起き上がる。


右手にまだ握っていた剣を一瞥し、刀身の半分より上が砕けたそれでも、無いよりはマシだとグッと握り込む。


自分が入ってきた壁の穴を見ると、光り輝く剣を携えたルクシアが歩いて穴から室内へと入ってくる。


―追撃の好機だった、何故またあの速度で襲ってこない…?―


「まさか力を解放した私の攻撃を二度も防ぐとは…本当に貴殿は私を愉しませてくれる。」


ルクシアは上機嫌のまま、剣の間合いまでタイガへ近寄ってきた。


「だったら、今あの速度で追撃をしてこないのは、わざわざ遊んでいるからか?」


変わらず余裕を崩さず、彼我の実力差を見せつけられたタイガは、その内に積もっていく絶望を表に出すことなく挑発気味に問いかける。


「さて、どうだろうな?」


そう笑い、先程まではいかないまでも、ギリギリ目視できる速度で輝く剣を斬り上げてくる。


タイガは後ろに一歩下がり身体をのけ反らせ回避する。


そこから始まった流れるような剣戟を、狭い室内で器用に躱す。


輝く剣が振るわれるたびに、家具や壁、天井がまるで紙のようにいとも容易く斬り裂かれていく。


タイガは攻撃を躱しながら徐々に、入ってきた穴の方へ移動し、ルクシアの剣戟でボロボロになった、彼女の背後の柱目掛けて半ばから折れた剣を投擲する。


「どこを狙っている。」


飛んできた剣を首だけを動かし、ルクシアはスッと躱す。


ボロボロの柱に剣が命中し、それが最後の一押しとなり柱がバギッと折れ、建物が崩れ始めた。


それを見たタイガは自身が入ってきた穴から急ぎ外へと飛び出す。


タイガの意図に気付いたルクシアも外へ出ようとするが、その前に屋根が崩れ下敷きとなる。


「ハァ…ハァ…これで、何とか…」


片膝を突き、肩で息をしながら淡い期待で崩れた家屋を見る。


だが、瓦礫の中から光の刃が現れ、瞬く間に瓦礫を斬り崩していく。


「だ…ろうな。」


瓦礫の中から現れたルクシアを見て、タイガは腰の後ろにつけていたナイフを取り出す。


―こんなもんでどれだけやれるか…―


このナイフよりも頑強な剣がいとも容易く砕かれ、心許なさを感じるが無いよりはマシと割り切り、再びルクシアと相対する。


「よもやこの程度で私を倒せると思ったか?」


「それで済めばどれだけ楽だったろうな。」


挑発気味に笑うルクシアに、頬に伝わる嫌な汗を拭いながら未だ強がりを続ける。


「なに、まだまだ楽しませてやるさ。」


ルクシアがそう言うやいなや、またもその姿を消しす。


―また消えた。やはり狭い室内ではあの速度は出せなかったのか。だが、一直線に来ると分かっていれば対処もしやすい。―


ルクシアが姿を現す前に、全力で地を蹴り後方に飛び退る。


だが、タイガが飛んだ直後、視界の隅に光の軌跡が自身の横を通り過ぎるのを捉えた。


―まずい!―


そう感じたタイガは体を捻り、空中で体勢を制御しようとして首を後ろへと回す。


そこには既にルクシアが居合の様な構えでタイガを待ち構えていた。


更に体を捻り、左手の盾をかざすタイガに対して、ルクシアは剣を振り上げる。


普通の鉄の剣なら弾き返す盾の上部が、光の刃によって容易く斬り裂かれ、刃がタイガの額をかすめ血が滲み出す。


タイガは振り返る勢いそのままに、剣を振り上げた姿勢のルクシアに回し蹴りを叩き込もうとするも、瞬時に屈まれ頭上を通り過ぎ着地する。


体制を立て直すと、すかさずルクシアの方へ向き直り、盾を構えた。


―奴の剣の前では魔導をしたところで盾も殆ど意味がない…―


相手の様子を注視しながらもタイガは打開策を模索し続ける。


―あの剣が防げないのは、おそらく単純な魔力の差…盾だけでなく、全身の魔力を一点に集めれば可能性は…―


タイガが思考している最中に、またもルクシアの姿が消える。


―この状況を打開するにはこの手しか…無いか、失敗したときは怪我じゃすまないだろうな―


意を決し、タイガは自身の目の前に出現した光の軌跡に向けて盾を構える。


盾の中央に全身の魔力を集中させ、光の軌跡を迎え撃つ。


ついさっき防いだときとは異なり、ガキンッという音と共に確かな手応えを感じる。


そして、タイガは剣があたった瞬間に勢い良く左腕を振り上げ、集中させた魔力を一気に放出しルクシアの剣を弾き返す。


警備隊隊長が得意とする技、魔導を施した武具で攻撃を受ける瞬間に、魔力を放出し相手の体勢を崩す「弾き」。


タイガも得意とする技、失敗すれば腕ごと斬り落とされる状況で試すのは始めてだったが、心臓が口から飛び出そうな程の緊張の中、見事に成功させていた。


剣を弾き返され、余裕から驚きの表情へと変化したルクシアの首筋に、タイガは右手に持ったナイフを突き立てる。


しかし、その手ごたえはタイガの期待したものではなく、ガツンという固く無慈悲なものだった。


ナイフはルクシアの肌に傷をつけることすら叶わず、逆に刃こぼれをしていた。


そして、さらに力を込めてナイフを押し込もうとするタイガの腹にスッと光の刃が差し込まれる。


「グッ…」


とだけ漏らし、剣が引き抜かれると同時にタイガはどさりと後ろに倒れこんだ。


「あ、あああ…嘘だ、嘘だタイガ班長…」


それを離れて見ていたリヤは悲痛な声を上げる。


ルクシアは倒れたタイガの傍に歩み寄り見下ろす。


「…最後の決め手が技量の差ではなく魔力の総量だとは。」


ルクシアの魔力はタイガのものよりも遥かに多く、力を解放した状態であれば剣を魔力で強化しながら、全身にも魔力を回し防御力を向上させることは造作もないことだった。


反対にタイガは、弾きの際に全魔力を盾に集中させることでようやくルクシアの攻撃を防いだが、自身の攻撃に回す魔力が全く残っておらず、ルクシアの肌を貫くことはなかった。


「所詮はこれが人間の限界、ということか。貴殿が人間ではなく天族であれば私を超えうる戦士になれたかもしれん、脆弱な種族に生まれてしまったこと非常に残念に思うよ。」


そう憐みの目で見つめてタイガの胸に剣をあてがう。


「人間は我らより寿命が短く100年程度が限度だと聞く、貴殿ほどの者が老いて弱くなっていく様など私は見たくない。なれば今ここで、終わらせてやろう。」


―俺が、俺があいつと戦おうとなんてしなければ…―


リヤの内が後悔と絶望に満たされる。


それは今まさに眼前でタイガへとどめを刺そうとしているルクシアに対しての怒りと殺意に変換されていく。


―あいつさえ、あいつさえ居なければ…―


その負の感情はリヤの中で激しく渦巻き、次第に闇がリヤの心を満たし、今までに感じたことのない力となり、リヤの内から溢れ出した。


「うぅぅ…ああアアアアァァァァァ!!」


自身の背後で強い闇の力が発生したことと、その叫び声に驚いたルクシアがタイガへとどめを刺す手を止め、振り向いた。


「奴以外の魔族の気配など一つも…」


リヤの異変を目にし、言葉を詰まらせる。


「あの槍使い、何故あやつにこれほどの闇の力が…」


リヤは力が止めどなく溢れてくるのと同時に、自身の肉体が変化していくことに気づく。


 まず左手の肌が腕から指先へと次第に青くなっていき、頭の左側に一本の角が生え、背中には一つの羽がこれも左に生えている。


そして、ドクドクと血を流し、激しい痛みを感じていた胸の傷が次第に塞がっていく。


「ハハ…なんだよこれまるで悪魔みたいじゃないかよ。」


自身の左半身の異変にそう乾いた笑いを漏らす。


だが、全身が今までよりもずいぶんと軽くなったと感じ、翼を広げるのに邪魔な服を破り捨て、生えたばかりの左の翼を羽ばたかせ勢いよく立ち上がった。


「馬鹿な、あれではまるで魔族ではないか…まさか、人間が天族や魔族に変わる『転化』の話は本当だったのか!!」


ルクシアが驚きのあまり一瞬動きを止め、それが合図だったかのように翼を羽ばたかせ、凄まじい速度でリヤが接近する。


リヤの動きにすぐさま対応し、剣を両手で構え戦闘態勢をとる。


「魔に落ちた哀れな人間よ、この私が介錯してやろう!!」


―殺す殺す殺すコロス…―


リヤの頭の中からはそれ以外の考えが消えうせ、接近しながら無意識に両手に持つ折れた槍に魔力を込める。


暗い闇を全身に纏ったリヤ相手に、寸分も臆することなくルクシアが吠えた。


「来い!!」


リヤは右手に持つ槍の上半分を振り上げ、ルクシアに叩きつけ、ガキィンと甲高い音が響き、光と闇の力が激しくぶつかる。


「先ほどまでとは比べ物にならん、転化というものはこれ程までに変化を与えるのか。」


歯を食いしばりながらルクシアが呻く。


「オ前…殺シてやル。」


リヤは転化が進む歪な喉から怨嗟の呻きを発した。

第六話、お読みいただきありがとうございます。


第六話「転化」いかがだったでしょうか。

面白いと感じていただけたら幸いです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

それでは、また次にお会いするまで。

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