第二話 星の降る夜に
ゴーンゴーンと午後最初の鐘の音が響き渡る。
ユーサはハッとし、辺りを見ると既に多くの隊員が休憩から戻っていた。
「整列!!」
隊長の号令がかかりその場にいるユーサを含めた皆が隊列を組む。
「皆、しっかりと休憩は取ったようだな。」
全体を見回しそう言うと、
「ちとゆっくりしすぎていた者も居るようだが。」
慌てて訓練場に駆け込んできたリヤと他数名を見つけ顎をさすりながら付け加える。
「全員揃っているな、では午後の訓練を開始する!」
「午前の試合の結果から、午後の試合を組んでいる。名を呼ばれた班長の方に集合するように。」
ユーサは午前と同じく第一班長に呼ばれ、第一班長の元に向かう。
「やっぱお前もこっちか。」
そう後ろから声をかけられ振り向く。
「そっちこそ、負けるはずないもんな。」
ユーサは幼馴染に対して振り向きつつ返す。
「今日はオレが勝たせてもらうぜ。」
自信満々に言うリヤに
「リヤ…まだ模擬戦の相手も決まってないのにもう俺とやる気になってるのかよ。」
と呆れながら応えた。
「それでは午後の試合の組み合わせを発表する!」
第一班長の声でユーサは前に向き直る。
第一班長が順に模擬戦の組み合わせをを読み上げていく。
「最後の組み合わせだが、リヤ·ランサ対ユーサ·ヒウロ、以上だ。それでは最初の組は準備をするように。」
「ほらな、やっぱこうなっただろ?」
「ハァ、第一班との訓練だと、二戦目はだいたいお前だな。」
得意げに言うリヤに対してため息混じりに返す。
「ほら、模擬戦のために皆場所空けてるだろ、俺達も退くぞ。」
リヤを引っ張り、訓練場端の長椅子に腰掛ける。
他の者たちも模擬戦を行う二人を囲う様に距離を取っていた。
「よっこらっと」
リヤもユーサの隣に座り模擬戦の様子を眺める。
それからは他の隊員達の戦い方を見ながらユーサとリヤは、今のはああした方がいい、こうした方がいいと議論をする。
時間が経ち残りの模擬戦も半分くらいになったところでユーサは「よっ」と椅子から立ち上がる。
「お、便所か?」
「いや、お前との試合のためにもっかい身体温めてくる。」
リヤにそう答えたユーサは一人離れた場所で素振りを始めた。
「それじゃオレもやりますか。」
リヤも立ち上がりユーサとは反対方向で素振りを始める。
そのまま互いに声も掛けないまま素振りを続けていると、二人の模擬戦の時間となった。
自分たちの一つ前の模擬戦に注目しながら、素振りをしていたユーサは様子を見て、決着よりも前に模擬戦を囲む円に加わっていた。
「次、ユーサ·ヒウロ対リヤ·ランサ」
「はいっ!」
とユーサが勢いよく返事をし、リヤが
「よっしゃあ!!」
と木槍を手に威勢よく声を上げ駆け寄ってくる。
リヤが位置についたのを確認したユーサは腰の木剣をシュッと鞘から引き抜き構えた。
リヤも足を前後に開き膝を曲げ腰を落とす姿勢を取る。
槍を少し上向きに持ち、右手は肘を曲げ腰の辺りで、左手は伸ばし中程を持つ。
そして瞳は獲物を見定めた肉食獣のようにユーサを見据える。
―全く、俺と戦る時はいつにもまして真剣になる―
ユーサも負けじとリヤの目を見つめ返す。
二人の様子を見て準備が整ったと判断した第一班長が、「始めッ!」と開始の合図を掛けた。
その合図と同時にリヤが槍を思い切り後ろに引いた。
―その距離から突進でもかけるつもりかよ、でもその程度なら―
とリヤの思考を見透かしたように考え、引き付けてから避けようとする。
しかし、リヤの持つ槍に違和感を覚える。槍の周りが少しだけまるで蜃気楼のように揺らいで見えた。
その揺らぎに見覚えのあるユーサは咄嗟に右へ跳ぶ。
次の瞬間、槍が当たるはずがない距離でリヤが放った突きが、ブゥン、とまるでユーサの左脇腹を掠めたかのような衝撃と音が伝わってきた。
いや、まるで掠めたかのよう、ではなく実際にユーサの左脇腹を掠めていた。右へ飛ばずに突進を引き付けようと待っていたら、今の衝撃はユーサの腹を打ち付けていた。
「ハッ、俺に試したい新技ってそれのことかよ!」
ユーサは思わず口角を上げ、嬉しそうに親友へそう言っていた。
周囲の隊員達からは驚愕の声が上がる。
「まさかリヤが!」
「あいつ、やりやがった!!」
「隊長の奥義を会得したってのか。」
口々に声を漏らす隊員達に混ざり、観戦していた隊長も思わず、
「リヤの奴め、まさか魔導を覚えて数日で飛突をものにするとはな。」
そんな観客たちの歓声をよそにリヤは次の攻撃に移る。
ユーサはリヤの挙動を見逃さず、自身も剣に力を込める、いや、流す。
剣の周りがリヤの槍と同じ様に、薄く蜃気楼が掛かったかのように周囲が揺らぐ。
槍を引くリヤと同様に両手で持った剣を右側へ引き、一気に振り抜いた。
ユーサと同時にリヤも槍を思い切り突き出す。
その直後、二人の中間でパァンと何かが弾けたような音が響いた。
周りのどよめきが更に大きくなり、口々に隊員達が騒ぎ立てる。
「ユーサもかよ!」
「まじでか…」
「今まで隠してたのかあいつ!」
孫が平然と自身の奥義を繰り出して見せたのを見て、隊長も感嘆の声を漏らす。
「ユーサまでもいつの間にか魔導だけでなく飛斬をも習得するとは…」
魔導とは、魔力を物に伝導させる技術であり、魔導を施された武具は従来よりも強度、鋭さが格段に上昇する。
そして、込めた魔力を振る、突くなどして放出することで武器の鋭さをそのままに飛ぶ攻撃が生まれる。
その飛ぶ攻撃を突きであれば飛突、斬撃であれば飛斬と呼ぶ。
魔導をすることが出来るものは数名居れど、それを飛ばせるものはこの辺境の地には警備隊長ただ一人であった。
周りの観客たちが驚き包まれる中、三度リヤが飛突の構えを取った。
ユーサは地を蹴り、リヤとの距離を詰める。
リヤの放った三度目の飛突を魔導を施した剣で受け止め踏ん張る。
ガツンッ!という音とともに、直接リヤの一撃の重みが手に伝わり、ユーサは歯を食いしばる。
「ぐぐっ」
とくぐもった声を発しつつも、「うおらァ!!」と気合とともに飛突を後方へと受け流した。
流石に三連続での飛突には消耗したようで、息を荒くしているリヤに向かって再び駆ける。
この距離では飛突も間に合わないと判断したリヤが槍を構え、迎撃の態勢を取った。
ユーサはリヤへ肉薄し剣を振り下ろす。
リヤは槍を横にしガンッと音をさせ剣を受け止める。
普段の訓練用の武器では、二人の力に耐えきれずミシミシと軋むが、魔道を施された今はこの程度ではびくともしない。
押し合いでは分が悪いと判断したのか、リヤが咄嗟に左足で足払いをしてユーサの体制を崩そうとするも、ユーサは素早く後ろへステップして避ける。
ユーサと間が開いた事で、リヤは立ち上がり一歩後ろへと下がる。
―この間合いは厄介だな、さてとどうするか―
両者が下がったことで、二人の距離はリヤが最も得意とする間合いとなったことで、ユーサはリヤの動きに警戒しつつ思案する。
しかし、リヤは考える余裕を与えないかのように、刺突を繰り出してくる。
ユーサはそれを剣でいなすも、リヤの追撃は止まらない。
―やっぱりそうくるよなぁ!―
ユーサは心のなかで叫びながら、上下左右に油断なく繰り出される連続突きを剣でいなし、時には躱し、攻撃を凌ぐ。
リヤの刺突を右へ躱し、次の刺突を左へ躱そうとした瞬間、ユーサの左腕にチッと微かな衝撃が走る。
―掠った!?でも、次の刺突はまだ来てない―
ユーサはその衝撃に驚きの余り左腕に目をやり、一瞬動きが鈍った。
そして、リヤはその一瞬を見逃すほど甘くはない。
「ハァッ!!」
と先程までの刺突よりも気合と力を込めユーサに突きを放つ。
一瞬遅れたユーサはすかさず剣で防ぐも、リヤの渾身の一撃に剣が弾き飛ばされてしまう。
「ぐッ」
ユーサが呻き、
「剣が!」
「飛ばされたぞォ!」
観客たちの盛り上がりも最高潮になり、
「もらったァァァ!!」
リヤはもう一度全力の突きを放つ。
そして、観客達もリヤ自身も、リヤの勝利を確信する。
だが、ユーサは左手に魔力を込め、次の瞬間リヤに向けて魔力を解き放った。
「吹っ飛べ!!」
全力の突きの為体重を前に掛けていたリヤは、踏ん張りが効かず何かに突き飛ばされたかのように後方へ飛ぶ。
それは魔法と呼ぶには余りにも稚拙で初歩的すぎるものの、人一人を吹き飛ばすには十分な威力を発揮した。
飛ばされつつもリヤは空中で体制を立て直し、ズザザァと地面に着地する。
「今の…魔法か?」
観客の一人が呟き、
「ユーサのやつちっさい火の玉以外も出せたのかよ!!」
と声が上がる。
「魔力をぶっ放しただけだが、いつの間にそんな事出来るようになってんだよ!ユーサァ!!」
リヤは口角を吊り上げ、叫ぶ。
そんなリヤを他所に、ユーサは先程自分の身に起こった事について思考を巡らせつつも、弾き飛ばされた剣を拾い上げ両手で握る。
―さっきの一撃、確かに一度は避けたはず。なら何で左腕に掠ったんだ…左腕…―
ユーサは先程見た自身の左腕を思い返す。
―あの辺り、確かリヤが一度突いた場所、空間が揺らいで…まさかあれか!!―
ユーサが思考している間にもリヤは次の行動に移る。
両者の距離が更に開いたのをいいことに、飛突の構えを取る。
一つの答えへと至ったユーサはリヤへと問いかけた。
「リヤ、お前…さっきの突き、それを置いたな?」
ユーサの問いかけにリヤは嬉しそうに答える。
「やっぱお前なら気づいてくれるか!」
飛突の構えは解かないまま更に続ける。
「そうだぜ、飛突の応用だ、突きを飛ばさずにその場に残した。答え合わせはもう良いだろ?続きやろうぜ。」
そう言い、リヤは飛突を放つ。
「ならこういうのも出来るって事だ。」
ユーサは両手で持った剣を魔力を込め水平に斬る。
だが、斬撃は飛ばさずその場に残す。
そして、水平な斬撃と十字になるように垂直に思い切り振り下ろし、飛ぶ斬撃を放つ。
二つの斬撃が十字に交わり一つとなり、リヤに向かって飛翔する。
リヤの放った飛突と、ユーサの放った十字の飛斬が衝突する。
その場の者たちは皆、先程の衝突のように互いの技がぶつかり弾けると予想した。
しかし、リヤの飛突が衝突の瞬間に霧散し十字の飛斬がリヤを襲う。
「チッ、くっそ」
リヤは魔力を込めた槍で防御を試みるも、槍は真っ二つにへし折れ、十字の飛斬が胴当てに当たりリヤを弾き飛ばした。
「だァァァ!!」
「名付けて「クロスエッジ」ってな。」
ユーサは右手で剣を担ぎ、格好を付ける。
弾き飛ばされたリヤは周りで観戦していた二人の隊員に衝突する。
「おぶッ」
「ぶへッ」
三人共が倒れ込み、周りの隊員達が駆け寄り、ユーサも
「やべっ、やり過ぎた!」
と言い、三人に駆け寄る。
「お、おい!お前ら大丈夫か?!」
駆け寄った隊員の一人が三人に声を掛ける。
「リヤ、重い…」
「い、意識はあります…」
「ユーサの奴め、あんなもん隠してやがって!」
と三人が口々に言う。
「もっかいだ!もっかい!次こそ負けねぇ!!」
リヤが勢い良く立ち上がり、そう吠える。
リヤの飛突、ユーサの飛斬、クロスエッジを連続で見て、衝撃で固まっていた第一班長が
「勝者!ユーサ!!」
とユーサの勝ちを宣言した。
ユーサは隊員に群がられ、
「いつの間に覚えたんだよ!あんなの!」
「やるじゃないか!ユーサ!」
と質問と称賛を口々に送られる。
皆が皆、ユーサとリヤの模擬戦に高揚し騒ぐ中、
「皆!一度静まれ!」
と隊長の大声で場が一瞬で静かになる。
「あの戦いを見て騒ぎたくなる気持ちもわかる。だが、今が訓練中だということを忘れるでない!」
ユーサを含め、隊員達は思わずビシッと気を付けの姿勢になる。
「まずはユーサ、リヤ素晴らしい戦いだった、日頃の訓練の賜物だな。」
隊長からの称賛にリヤは
「はい!ありがとうございます!!」
と背筋を伸ばして言い、ユーサは
「フッ」
と自慢げに笑う。
「他の者達も二人に負けぬよう日々精進を続けることだ!」
「「「はい!!」」」
と隊員達が一斉に返事をする。
「ところでだが、リヤ、お前まだ戦い足りないのではないか?」
突然そう聞かれたリヤは、瞬間キョトンとするもすぐさま
「はい、今日はまだまだ足りないです!!」
と威勢よく答えた。
「ふむ、そうであろう。ユーサの方はどうだ?」
ユーサもそう聞かれ
「いや、いい。流石にあれで疲れた。」
と気だるげに言う。
「ふむふむ、よしッ!では今日の訓練の最後としてリヤとユーサの二人でワシにかかってきなさい。」
隊長の唐突な提案にリヤが
「マジですか!?よっしゃぁぁ!!」
と喜び、ユーサは
「は?いや、疲れたって言ってるだろこのクソジジィ!!」
と隊長に対して怒りを露わにする。
「であれば、その怒りを今ワシにぶつけてみなさい。」
「···は?」
「何いってんだよユーサ、隊長に相手してもらえる機会なんて滅多にねぇじゃねぇか。なッ?やろえぜ。」
ご機嫌に肩を組みながらそういうリヤに
「さっきのお前との一戦でヘトヘトなんだよ!やるなら一人でやれ!この体力お化けめ!」
と抵抗する。
「馬鹿言うなよ、オレ一人で隊長に敵うわけないだろ?な?な?」
「うっさい!馬鹿はお前だ!俺まで巻き込むな!!」
抵抗を更に強めるユーサに
「ガッハッハッ、いいではないか、ユーサ。」
隊長が笑いかける。
「ってか、ジジィが俺達の試合を見て疼いてるだけじゃねぇか!!」
「ガッハッハッ、いやぁ孫には隠し事はできんな。」
と更に上機嫌に笑う。
「それぐらい皆わかってることだろ!」
まだ必死の抵抗を続けるユーサに周りから、
「いいじゃねぇか!やれよ!」
「まだまだ隠し玉あるんじゃないか、ユーサよぉ。」
「いいぞ!もっとやれ!」
と野次が飛んでくる。
「うるせぇ!!!」
ユーサも吠え野次に対抗する。
「ユーサよ、皆も口言っていることだしなそれに、隊長命令を無視するとなると、今月の給金はどうなることやら?」
「あ、職権乱用だクソジジィ!!」
「それに、ユーエの奴にも真面目にやっとらんと伝えておこうかのぅ、学者の推薦の話はどうなるかのぅ?」
「こんのジジィ…父さんは関係ないだろ!!わかった!わかった!やってやる!!文句ないか!!」
ユーサがついに折れ、リヤも上機嫌に肩をバシバシと叩く。
「ついにやる気になったか!」
「痛い!やめろ、あぁもう!やるからには吹っ飛ばしてやるからなクソジジィ!!」
ユーサは怒りに任せ隊長にそう宣言する。
「その意気やよし!それでは皆の者、離れるのだ。リヤは槍を新しい物に変えてきなさい。」
隊長の号令で皆が再び模擬戦を観戦していた時と同程度の大きさの円を作り、リヤは
「はいっ!」
と返事をし保管庫へ駆け足で向かう。
戻ってきたリヤと肩を並べてユーサは隊長と対峙する。
「おいリヤ、お前も俺を煽ったんだから足、引っ張るなよ。」
自分を焚き付けてきたリヤに対してユーサは少し苛つきながら声を掛ける。
「誰に向かっていってんだよ。それよりも作戦あるから耳貸せ。」
「作戦って何だよ?」
「良いから良いから。」
そう言うとリヤはユーサに近寄りコソコソと話を始める。
「ふむ、作戦会議か、良いぞしっかりと作戦を練るが良い。」
隊長はそんな二人を見て、顎を擦りながら呟く。
「ホントに大丈夫か?それ。」
「いけるいける、隊長のド肝を抜いてやろうぜ。」
碌でも無い事を思い付いたときの笑顔を浮かべるリヤに、ため息をつきつつも今の自分達で隊長に対抗するにはこれしかないと納得する。
「分かった、でもこれで無理なら左右から同時に攻めるぞ。」
「それ、通じた試しがないけどな。」
「うるせぇ。」
とリヤに言い、隊長に対し
「こっちは準備完了だけどそっちは?」
と質問を投げる。
「ワシはもとより準備万端だ。第一班長、開始の合図を頼む。」
第一班長は
「はいっ!」
と短く返事をし
「隊長対リヤ、ユーサの模擬戦を開始する!それでは始めッ!!」
開始の合図とともにユーサが前に飛び出し飛斬の構えを取る。
「ハァッ!!」
水平と垂直に二度空を斬り、先程会得したクロスエッジを繰り出す。
「十字飛斬か、しかしそれでワシに届くと思っておらんだろうな。」
と隊長が呟き、腰に下げた木剣をシュッと右手で引き抜き、
「来いッ!!」
とユーサとリヤに告げ、左手で盾を構える。
クロスエッジ繰り出したユーサがサッと右後ろへ下がり、ユーサの後ろで構えていたリヤが続けて飛突を放った。
「そうきたか!」
二人の意図を読み取った隊長は盾に魔力を込め攻撃に備えた。
クロスエッジに飛突が追いつき、十字の交わる箇所に接触する。
そして、二つの技が融合し、三角錐の形となり隊長へと飛翔する。
「よっしゃ!上手くいった!」
ガッツポーズをするリヤの隣でユーサは
「名付けてトリニティエッジだな。」
と新技の命名をする。
「ふんッ」
隊長が更に盾に力を込めると、盾の前にそれよりも何回りも大きな魔力の盾が出現する。
ユーサの飛斬やリヤの飛突と違い、はっきりと形が分かるほどに、巨大な盾が実体化しているように見える。
「な、なんだよあれ!」
「リヤ!次だ挟み撃ちするぞ!」
呆気に取られるリヤに喝を入れる。
「リヤが右、俺が左から、分かったか?行くぞ!」
ユーサの指示を聞き、リヤもハッと我にユーサと共に走り出した。
と同時にトリニティエッジと隊長の魔力の盾がぶつかった。
衝撃でドゴォと重い音が響く。
「思ったより重い一撃だ、やりおるわ。」
若者達の成長の証を左腕に感じながら隊長はニヤリと笑みを浮かべる。
「だが、この程度で越えられるほど老いてはおらぬわ!!」
「ふんッ!」と気合とともに左手の盾を振るう。
するとトリニティエッジを構成していた魔力が解け霧散した。
次の瞬間、隊長から見て左からリヤが鋭い突きを放つ。
ユーサも少し遅れて右から突きを放つ。
「オラァ!!」
「ハァッ!!」
左右から同時に攻められるも隊長は慌てた様子もなく、サッと後ろへ下がる。
ユーサ達はそれを見てグッと足を踏み込み互いの衝突を回避し、正面から隊長と対峙した。
「二人共腕を上げたな。」
笑みを浮かべる隊長に対して
「笑ってられるのも」
「今の内だ!」
と二人は啖呵を切り正面から同時に斬りかかる。
「ほっ、ほっ」
二人をおちょくるように隊長は攻撃をいなしていく。
二人もただ馬鹿正直に正面から攻めるだけでなく、ユーサが隊長の背後に回り再び挟み撃ちを仕掛けるも、あっさり躱され薙ぎ払ったリヤの槍と剣がかち合う。
「くっそ!」
「守りは硬いわそもそも当たらないわでホントこのジジィは。」
悪態をつく二人に
「ハッハッ、笑みを浮かべていられるのはいつの内だったか。」
と隊長は笑いながら煽る。
「もう一度くらい当ててみんか。」
「やってやらァ!!」
隊長の挑発にユーサが乗り、一人特攻をかける。
「あ、あいつ、意外と短気なんだよな…」
リヤもあとに続く。
「ウオラァァァ!」
ユーサはガンッガンッガンッと怒りに任せて何度も隊長の盾を叩きつける。
隊長はユーサの猛攻を受けても涼しい顔で防ぎ続ける。
ユーサが攻めている間が好機と見たリヤが、左に回り込み、飛突を放つ。
隊長はユーサの剣を弾くと当たり前のように魔導を施した盾で飛突を受ける。
一瞬抵抗するものの、飛突はあっけなく霧散する。
盾が飛突に向き、ユーサがすかさず追撃をかけるが剣で軌道を逸らされ、地面を叩く。
「くッ」
とユーサが悔しそうに声を漏らす。
「ふむ、確かに二人共腕を上げている。だがまだまだワシには及ばぬな。それで、どうする?まだ続けるか?」
隊長は二人に問いかける。
「オレはまだお手合わせ願いたいですけど…」
とリヤが言葉を濁して答える。
「ハァァ、疲れたもういい。」
冷静になったユーサが大きく息をつき心底疲れ切った様子で答えた。
「すまんなユーサ、ワシの我儘に付き合わせて。」
「いや良いって、最初にリヤが言ってた通りに、じいちゃんと手合わせするのはいい経験になるし。」
謝罪する隊長に対して少しバツが悪そうに言った。
模擬戦の終わりを見計らってか、観戦していた周りの隊員達から拍手が起こる。
「やるじゃねぇか二人共!」
「隊長相手にそこまで食い下がれるのはお前らぐらいだ!」
隊員達からの称賛にリヤは槍を掲げて答え、ユーサは照れた様子で頭を掻く。
「ふむ、時間も頃合いだな。諸君、本日の集合訓練は以上とする。」
隊員達の輪の中心にいた隊長が声を上げる。
「各々疲れが明日に響かぬようしっかりと休息を取るように!以上、それでは解散!」
解散宣言の後、隊員達はぞろぞろと保管庫に武器を片付けに行く。
他の者達に続き保管庫へ向かおうとするユーサに
「今日もお疲れ様だぜ。」
とリヤが声をかけ肩を組んでくる。
「おう、ホント疲れた。」
ユーサは立ち止まりそっけなく返す。
「悪かったって。なぁ今晩もあそこ、行くだろ?」
「当然、最近はほぼ日課になってるしな。」
「帰りにユミにも言っとくから遅れんなよ。」
リヤは今晩の約束をし、保管庫へ槍を片付けに行った。
ユーサも続き保管庫に木剣を片付け、代わりに自分の剣を腰にかける。
そしてユーサは早々に家へと帰った。
「ただいま」
玄関の扉を開けると既にミラが食卓についていた。
帰ってきたユーサを見るなり、
「お帰り!いつもより遅かったじゃん。」
と声をかけてくる。
「今日はいつも以上にじいちゃんにしごかれたんでな。」
ユーサは疲れ切った様子でドカッと食卓の椅子に座る。
「それはそれは、お疲れ様でした。お母さ〜んユーサ帰ってきたよ〜。ご飯食べよ〜。」
ミラは大きな声で母親を呼んだあと食事の支度を始めた。
「あ、悪い俺もやるよ。」
そう言い立ち上がろうとするユーサを手で制し、
「大丈夫、疲れてるでしょ?見ればわかるよ。おとなしく座ってて。」
と言い一人で手早く支度を済ませた。
「あら、ユーサお帰りなさい。」
食卓の奥の部屋から出てきた母親もユーサに声をかけ、食事の支度を手伝う。
「うん、ただいま。」
とユーサが短く返したタイミングで
「はい、お待たせ〜」
ミラがシチューの乗った皿とパンの乗った皿をユーサの前にコトッと置く。
「ありがと。」
「はい、お母さんも。」
「ありがとね。」
「あとはアタシの分。」
三人の食事が机に並び、ミラも椅子に座る。
「それじゃあ、いただきま~す。」
「いただきます。」
「いただきます。」
ミラの声を合図に母親とユーサもシチューを食べ始める。
「ユーサ今日は特に遅かったわねぇ。」
と母親が口を開く。
「今日はいつもの訓練の後に、じいちゃんとも試合したからな。」
「え!?うっそ、おじいちゃんと試合したの!?」
ミラが驚き声をあげる。
「どっち?どっちが勝ったの?」
「勿論じいちゃんだ、あと俺一人じゃなくリヤも一緒だった。」
ユーサの話に
「へぇ~、やっぱまだ二人がかりでも勝てないんだ。」
ミラが驚く。
「だからこんなに疲れた様子なのね。」
「ホント、じいちゃんが張り切りすぎてクタクタだよ。」
そう答えるとユーサは黙々とシチューを食べ進める。
「そういえば、今日もあそこ行くの?」
ユーサより先に食事を終えていたミラがそう聞いてくる。
「あぁ、もちろん」
そういった後ユーサは残りのシチューを掻き込み
「ごちそうさま。まぁ、でも疲れたから時間まで寝ておくかな。」
と続ける。
「寝過ごしてリヤ君たちに迷惑かけないようにね〜」
ミラはそう言いながら空になったユーサの食器を片付ける。
「おっと、ありがと。寝過ごしてたら起こして。」
軽く言うユーサに
「もう、うちの兄は仕方がないなぁ〜」
とミラは芝居がかって言う。
「おう、悪いな。」
ユーサはそれだけ言い自室へと戻ると、剣を腰から外してタンスに立てかけ、ベットに倒れ込む。
そうすると直ぐに強い眠気に襲われユーサの意識は眠りへと落ちていった。
「むかしむかしの事です。」
意識がぼんやりとするユーサの耳に声が聞こえてくる。
「私達人間は神様が造った楽園で、神様、天使、悪魔と仲良く暮らしていました。」
―母さんの声…小さい頃に読んでもらった昔話…―
「でもある日、天使と悪魔がケンカをしてしまいます。」
ペラッと本を1ページめくる。
「一人の人間がそのケンカを止めようと間に割って入りますが、大きなケガをしてしまいました。」
「それに見た他の人間達は天使と悪魔に怒ってしまいます。」
「三種族に仲良くしてほしい神様は、ケンカを必死に止めようとしましたが、ケンカはさらに大きくなってしまい、戦争になってしまいました。」
ペラッ
「争いをやめない三種族に神様もとうとう怒ってしまい、楽園を追い出してしまいます。」
「天使は光の界セレスティアルへ、悪魔は闇の界インファーナルへ、そして人間はその間の世界イーソレイティアへと追い出されてしまいます。」
「三種族をそれぞれの世界に分けたことにより、戦争はやっと終わりを迎えたのです。めでたし、めでたし。」
―懐かしい…―
そう思ったのを最後に、ユーサの意識は再び眠りの底へと落ちていった。
「……て!起き…!」
「ユーサ!起きろー!」
大声と頰を引っ張られる痛みにビックリしてユーサは飛び起きる。
「痛った!何するんだよって、起こしてくれたのかありがとう。」
「ホントだよ、心配した通りじゃんか。リヤ君達待ってるんだから早く行ってきなよ。」
「悪いな。」
ユーサはそう謝り、
「よっと」
とベッドから降て、一階へと降りていく。
玄関のドアを開けようとして、自分がまだ警備隊の制服を着たままだということを思い出したが、まぁいいかとそのまま外へと出る。
すっかりと日が落ちた外は満月の明かりに照らされ、灯りが無くとも歩くには問題なさそうだった。
「暖かくなってきたとはいえ夜は少し冷えるな。」
ユーサは呟きながら幼馴染達との待ち合わせ場所へ走り始める。
途中の分かれ道を村へと続く道とは別の道に入った。
村郊外の畑地帯を抜け、目的地である頂上に木が一本生えた丘を目掛けて走り続ける。
丘に近付くと木の根元が橙色の灯りで照らされているのが見えた。
―リヤ達待たせちゃったな―
待たせていることを悪く思い、ユーサは丘を全速力で駆け上がった。
「ぜぇ…はぁ…」
「おい、大丈夫かよお前。」
「ユーサ大丈夫?」
全力で走り息を切らすユーサに先に付いていた二人が心配そうに駆け寄ってくる。
片方はリヤ、もう片方の少女はユーサとリヤの幼馴染のユミ·アチヤ。
可愛らしい顔立ちをしており、茶色い髪を真っ直ぐに背中まで伸ばして、彼女のお気に入りの黄色の長そでのワンピースを着ている。
首にはユーサ、リヤとお揃いの装飾で黄色い石があしらわれたペンダントを下げていた。
三人がお揃いで付けているペンダントの製作者でもある。
「ね、寝坊して走っていただけだから大丈夫。」
息を荒くしつつも答え、ユーサは木の根元に座り込んだ。
「ハハッ、お前制服のままじゃねぇか。訓練終わってから昼寝でもしてたか。夕方からだから夕寝か?」
そう笑うリヤは昼間の青い制服とは違い、赤い長そでのシャツをきていた。
「どっちでも良いじゃない。三人が揃ったんだから、ほら、今日は星が綺麗だよ。」
ユミに言われ、ユーサは顔を上げる。
雲一つない空には星々がキラリキラリと美しく光り輝いていた。
「やっぱ、ここからみる星はちがうよね。」
「いや、どこから見たって星は星だろ。」
「ほら、村より空には近いし何か良いなぁって思わない?」
「高さならユーサん家も大して変わらないだよ、何なら二階建ての分ユーサん家の方が高いまであるぞ。」
「リヤは風情ってものを分かってないなぁ。ねぇユーサ?」
ユーサは二人のやり取りを聞いて、
「ハハハ」
と笑う。
「うん、高さもあると思うけど、やっぱり一番は周りに灯りがないからだと思う。ほら、村って夜でも警備で灯り焚いてるし。ここは周りに灯りが無い分、星が際立って見えるんじゃないか?」
「あぁー確かに。」
「そんなもんかねぇ。」
ユミとリヤがそれぞれの反応を返す。
「こんな風に一緒に星を見るのもあと数ヶ月か。」
とユーサが呟き、二人がユーサの方へ振り向く。
「え、何それ?」
「俺、夏に父さんが帰ってきたとき、一緒に央都に行く予定なんだ。」
「ハァー!?」
「えぇ!?私そんなの聞いてないよ!?」
思いも寄らないユーサの回答に二人は驚きの声を上げる。
「だって、今初めて言ったからな。」
涼しい顔で言うユーサにリヤが、
「お、お前なぁそういう大事なことはもっと早めに言えっての!」
と言いながらユーサの肩を掴みグワングワンと揺らす。
「だって、言ったらお前ら止めるだろ?」
リヤにされるがままユーサは答えた。
「いや、まぁそりゃ…」
リヤの手が止まりユーサを解放する。
「ユーサが居なくなるとリヤも寂しいもんね?」
「そんなことはねぇよ、ただオレと互角にやれんのユーサぐらいだし、居ないとつまんねぇってだけだ。」
リヤはそう言いバサッと地面に仰向けに寝転ぶ。
「でもよ、遺跡の研究ってんなら村の周りにも遺跡いっぱいあるだろ?なら村に居ても出来るんじゃないか?」
「まぁ、研究だけならな、俺だってそのうちこの村に研究の拠点ぶっ立ててやるつもりだし。」
とユーサも地面に寝転び続ける。
「でも、勉強もするってなったら央都じゃないと。あそこなら世界中の知識が集まってくる、だから央都で勉強するのが手っ取り早いんだ。」
「だったらいつかは帰ってくるってこと?」
リヤの隣でいつの間にか寝転んでいたユミがそう聞いてくる。
「もちろん、そのつもりだぜ。」
その言葉を聞きリヤがガバッと起き上がった。
「ならよ、ユーサが帰ってくるまでに、絶対お前よりも強くなっておいてやるからな。」
リヤは拳をユーザに向けて突き出してくる。
「遺跡探索で実戦を積む俺のほうが強くなってるかもな。」
ユーサも体を起こし、リヤの拳に自分の拳を合わせる。
「うんうん、私達にしんみりしたのは似合わないよ。」
「そういうユミはユーサが帰ってくるまでになにするんだ?」
リヤに聞かれ、ユミは少し、
「うーん」
と悩んだあと、ユーサとリヤの間に移動し、
「なら、私は家の畑をもっと大きくする、それでついでに小麦や野菜ももっと美味しくする。」
そう言って二人に両の拳を突き出した。
二人もユミの拳に自分の拳を合わせる。
「オレ達の目標、決まりだな。」
とリヤが言い、
「うん。」
とユミが頷き、
「期待してるぜ。」
とユーサが言う。
その後三人は再び丘に寝転がり、星を眺めながら他愛のない話をして過ごした。そして…
「雲、出てきたね。」
とユミが呟く。
「まぁ、そこそこ時間経ったしそろそろ帰るとするか。」
よっ、とリヤが立ち上がり伸びをする。
「うん、私もそうする。」
ユミもリヤに続き立ち上がる。
「うーん、俺はもう少しこうしておこうかな。」
「灯りオレしか持ってないけど、帰り大丈夫か?」
心配するリヤの問いかけに対し、
「大丈夫、いざとなったら魔法で火でも灯して帰るから。」
とユーサは寝転びながら天に上げた手に小さな火の玉を灯す。
「ま、確かにお前のしょっぼい火魔法でも明かりくらいにはなるか。」
「お?魔法が使えないくせに言うねぇリヤ君。」
「ハァ」
煽り合いをする二人にユミがため息を付く。
「ユーサは大丈夫そうだし、リヤ行こっか。」
「おう、ユーサ、暗いからって転んだりすんなよ。」
ユミに促されたリヤはランタンを持ち上げる。
「大丈夫だって、それに二人だけの時間有ったほうが良いんじゃないか?」
ニヤニヤと笑うユーサに二人は、
「もうっ!」
「うるせぇ!」
と言い、照れたような反応を見せる。
「じゃあ、遠慮なく先に帰らせてもらうぜ。じゃあな。」
「じゃあね。」
二人は仲良く手を繋ぎながら丘を降りていった。
二人を見送ったユーサは雲に覆われ始めた空をぼうっと眺める。
しばらく一人でそうしていると、空は完全に雲に覆われ、月明かりも遮断されて辺り一面が闇に包まれた。
―流石に晴れるまで待ってたら何時になるか分からないな、そろそろ帰るか。―
そう思い、ユーサが体を起こしたその瞬間、シュンっと何か光るものが空を流れていった。
「今の!流れ星!?」
驚き凝視すると、空は雲に覆われたままであるのに、幾つもの光が瞬き夜空を駆けていく。
「雲は晴れてない、だったらなんで?」
ユーサが驚き硬直していると、輝きの一つが他からそれていくのが見えた。
その輝きは少しずつ大きくなり、まるでユーサの方を目掛けるかのように落下してくる。
「あれ、何かこっちに向かってきてないか!?」
それに気づいたユーサは慌てて輝きが落ちてくる方向の反対側の坂を駆け下りていく。
丘の麓まで降りてきたとき、ドッカァンと途轍もない衝撃音と地面の揺れがユーサを襲った。
「うぉわ!」
揺れの強さに思わずふらつき、地面に片膝をつく。
揺れはすぐに収まり、ユーサは辺りを見回す。
自分の周囲には変化はなく、恐らく丘の反対側に落ちたのだろうと当たりをつけ、丘を登る。
丘を登りきり、もう一度辺りを見渡すと、先ほどユーサのいた側とは反対側の地面で何かが光っているのが見てた。
空から落ちてきた謎の光る物体に対して恐怖があったが、好奇心が勝ちユーサは少しずつ「それ」に近付いていく。
近付く事に「それ」のが何なのかハッキリと見えるようになった。
「光る、剣?」
地面に一振りの剣が突き刺さり、眩く光を放っていた、まるでユーサに見つけてほしいかのように。
その刀身は薄く青みがかった金属でできており、鍔には四芒星の装飾のみが施されたシンプルな剣。
ユーサはそれを父親から貰った本に載っていたことを思い出し、更に驚愕する。
それはかつての大陸統一大戦の時代、大戦を終わらせた英雄が用いたという、神代から受け継がれる神器。
「聖剣イーソレイティア…」
ユーサはその剣の名前をポツリと呟いた。
第二話を読んでいただきありがとうございます。
第二話でやっと物語が動き出しそうです。
次回以降は短めにして投稿頻度を上げられればと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
それでは、また次にお会いするまで。