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第一話 当たり前の日常

見渡す限りの火の海、燃えている、家が、人が、街が、無慈悲な炎の中で焼け落ちていく。

燃える街の中を彼は一振りの剣を引きずりながら歩く。

その顔に表情はなく、その目は虚ろに見つめていた。

大切な何かがあるその場所を目指し力なく一歩また一歩と歩みを進める。

目指すその場所さえも既に灰と化していると知りながら。


彼、ユーサ·ヒウロはゆっくり瞼を開け、どこも燃えていないことを確かめ安堵する。


まただ、また同じ夢、見知った覚えがある様な、そうでない様な街が燃える夢。最近同じ夢をよく見る、一体何なんだ…


額に滲んだ汗を袖で拭いベッドから降り靴を履く。


ユーサが自室を出ると階下からコトコトと朝食を準備している音が聞こえ、階段を降りるたび朝食の良い香りが強くなってくる。


「おはよう、母さん。朝ご飯なにか手伝おうか?」


ユーサは台所で料理をする母親にそう声をかけた。


「おはよう、ユーサ。ご飯もうすぐ出来るから、ミラを呼んできて。」


母親が優しげな声でそう言うと、ユーサは「わかった」と一言いい降りてきた階段を上がっていく。


ミラ、妹の部屋の前までくると扉を軽くコンコンとノックする。


「ミラ、朝ご飯もう出来るぞ、起きろー。」


扉の向こうにもしっかりと聞こえるように少し声を大きくして呼びかける。すると少しして、「あ〜い」と気の抜けた返事が聞こえ扉が開く。


扉から出てきたユーサより少し背の低い双子の妹は、肩まで伸ばした黒髪をボサボサにして寝ぼけ眼を擦っている。


「眠そうだな、あと寝癖付いてるぞ。」

「ユ〜サ、ご飯何〜?」


変わらず気の抜けた声で聞いてくる妹に対して呆れつつも返事を返す。


「今日はシチューだってさ。」


ユーサの返答を聞きミラはパチリと目を開け、嬉しそうに「やったー」と言いながら階段を駆け下りていく。


やれやれといった感じにふっと息を吐き、ユーサもミラに続き再び一階へと降りていった。


一階では既にミラがカチャカチャと朝食を机に並べている最中だった。


「ほら、ユーサも早く早く。」


朝食が好物だからと調子の良いミラに呆れつつユーサは食卓につく。


「いただきま~す。」と嬉しそうに言うミラに続きユーサも「いただきます。」と言い、スプーンを手に取る。


黙々と食べるユーサに対し、隣の椅子に座るミラはお構い無しに話しかける。


「ねぇユーサ、今日はなにすんの?」


ユーサは口に含んでいたパンをもぐもぐと咀嚼し飲み込む。


「ん、今日は警備隊の訓練があるから行ってくる。行かないとじいちゃんうるさいし。」


「おじいちゃんユーサの剣の腕にご執心だものね。」


と向かいに座る母親が言う。


「何だかんだユーサはじいちゃんの次くらいにはに強いもんね〜」


「この前だって、学者になるよりお前は警備隊に入れー!って言われてたし。」


とミラが祖父の言い方を真似てからかってくる。


「俺は警備隊には入らなって言ってるのにじいちゃんしつこくてさ、顔合わせるたびに言ってくんだよ。」


ユーサはハァとため息を付く。


「学者さんになるってことはお父さんみたいに央都に行くって事にもなるし、おじいちゃんも可愛い孫には近くにいてほしいんじゃない?」


そう母親は言うとふふっと笑う。


「可愛い孫って、それならミラがいるしいいじゃん。」


「えー、何?ユーサは央都に行くのにアタシは村に残れってこと?」


ユーサの言葉にミラが不満げに返す。


「お前村から出てやりたいことでもあるの?」


とユーサに聞かれると、

「別に無いけど…」

「でも、ユーサに置いてかれるのはなんかやだ!」


ミラはすねたように返す。


「え?じゃあお前も一緒に央都に行こうと思ってんの?」


思っても見なかった返事を受け、ユーサは驚きつつそう言う。


「あー、それいいかもアタシも央都に連れてってよ。」


妹の自由な発想に呆れユーサはハァっと息を漏らす。


「あら、ふたりとも居なくなっちゃうとお母さん寂しくなるわ。」


と母親に言われミラは「え〜ならやっぱ辞める〜」と言いシチューを頬張る。


「へも、つほいんだひひゃうひゃになるのはもっひゃいないんひゃない?」


とシチューを食べながら言うミラに対して、

「口にものを入れながら喋るなよ、行儀悪い。あと何言ってるかてんでわからん。」とユーサが叱る。


もぐもぐ、ゴクンと口にあるものを飲み込みミラが続けた。


「でも、そんなに強いんだから学者になるのはもったいないんじゃないの?っていったの。」


「学者って言っても俺がなりたいのは父さんと同じ神学者だぞ。」


とミラの質問に対して、今更何を言っているんだと言うように返す。


「神学者って強くなきゃだめなの?お父さんそんなに強くなさそうだけど。」


「あら、お父さんああ見えて結構体力あるのよ?」


と母親がそれとなく父親に対するフォローを入れる。


「お前…父さんの話何も聞いてないな?」


「そんなことないよ〜、なんかあれでしょ?なんかすごい道具達が勝手に動いて色んな事してくれるんでしょ?」


ふわふわな答えを返すミラに対して三度呆れつつもユーサは説明をする。


「あれはなんかすごい道具じゃなく機械っていいってな、人よりも精密な動きをしたり人に変わって力仕事をしたりとちゃんとした神代の文明なんだよ。まぁお前に言っても理解してくれないだろうがな。」


とハァと息を吐き説明を続ける。


「で、神学者が強い方がいい理由だが、それはもちろん神代の遺跡を探索するからだ。遺跡には侵入者を排除する機械だったり、瘴気が溜まっていたら瘴魔だっているんだ。そんなことに鉢合わせるんだから強い方が良いに決まってるだろ。」


と言い残りのシチューを掻き込み、パンを一口で頬張り水で流し込む。


「遅れるとじいちゃんうるさいしそろそろ準備してくる。」


そう言うとユーサは椅子から立ち上がり、食器を流し台に置き自室へと戻っていった。


自室へと戻るとユーサはタンスを開け、その中から青を基調として裾や袖、襟に白の線が入った警備隊の制服を掴み取る。


着ていたシャツを脱ぎベットに放り投げると警備隊の制服に着替える。


次は皮の膝当て、肘当て、胴当て、手袋と順に身にカチャカチャと着けていく。


次にタンスに立てかけていた剣を腰に下げ、最後は机に置いていた青い石があしらわれたペンダントを首にかける。


支度を終えたユーサは一階へ降り、食器を片付けている母親に声を掛けた。


「行ってきます。帰りは多分夕方ぐらいになると思う。」


「それじゃお昼ご飯はミラに届けさせるわね。」


「うん、わかった。」


と母親に返事をしユーサは玄関の扉を開けた。


外は雲一つない青空で、春先の少し暖かくなってきた風がユーサの頬を撫でる。


―この時期の風、上手く言葉に出来ないけど何だか好きだな―


そう感じつつユーサは村へと続く道を歩き出す。


ユーサの住む家は少し村から離れた小高い丘にぽつんと建っており、村の全体が良く見渡せる。


丘を下りながら村の様子を見てみると警備隊の訓練場に何人か集まっているのが見えた。


まだ訓練場までは遠いため誰が集まっているかまでは分からないが、恐らく何時も早く集まる面々だろうと、特に焦ることもなく訓練場へと歩き続ける。


丘の麓まで降りてくると石造りの民家も徐々に増え、そのまま歩き続け中央の広場まで出る。


広場は村の中でも数少ない石畳で舗装された場所で、中央に何か像や噴水がある訳では無いが外からの行商人が店を開いていたり、村人たちの待ち合わせ場所によく使われて村で最も人通りの多い場所だ。


そんな広場から北側(今ユーサがいる位置から見れば右側)へ伸びる石畳の道を行けば村長の家や村の資料が保管された資料室に繋がっている。


ユーサはよく資料室に籠もり神学の書や各国の歴史書を読み漁っているが、今日は訓練の日だと自分に言い聞かせ反対側の訓練場へ続く未舗装の道に進む。


ちょうどその時、村の教会(になるはずだった建物)からゴーン、ゴーンと時を告げる鐘がなる。


―この時間なら多分8時の鐘だ、訓練は9時からだからまだ余裕あるな―


ユーサはそう思いつつ訓練場への道を進む。


程なくして「やー!」だの「はっ!」だのと威勢のいい声が聞こえてきた。


訓練場に集まった者たちが既に訓練を始めているのだろうと思い、駆け足で訓練場へ向かう。


訓練場に着くと、剣を人に見立てた人形に打ち付ける者、模擬戦を行う者など、思った通り早く着いた者たちが訓練を始めていた。


普段この訓練場は警備隊員の為に開放されており、各々が好きな時間に利用しているが月に2度、2班にわけ集団訓練を行っている。


ユーサは警備隊の正式な隊員では無いが隊長である祖父の強行で有事の際の予備隊員ということになっている。


普段は仕事をせず資料室か自室で本の虫になっているユーサは班に関係なく毎回参加するように祖父から言われていた。


15才から大人として働き始めるのがこの村の習わしだが、父親からの仕送りで問題なく暮らせており、ユーサは17才になっても職に就かず神学の勉強ばかりしている。


警備隊の予備隊員であることと、毎回集団訓練に参加することで何とか体面を保っているため致し方無しと思う反面、今朝妹に説明したように遺跡探索の際に活かせると思い訓練に参加している。


集まっている顔ぶれを見て、今日は警備隊の第一班と第二班の集団訓練だったと思い出す。


―てことは今日の警備は三班か四班か―


ふとそう考えていると、訓練場の中央から威勢のいい声が聞こえてきた。


「そらそら、どうしたァ!守ってばかりじゃ勝てないぜ!!」


と、声のする模擬戦を行っている2人の方へ目を向ける。


2人ともユーサと同じ様に警備隊の制服と防具を着用し、片方は右手に訓練用の木剣、左手に木の盾を、もう片方は訓練用の木槍を手にいていた。


剣士の方は金髪碧眼で端正な顔立ちをしている。


村の中でも女性たちから何時も黄色い歓声を浴びている警備隊第二班のエースで20才のイケメン、ケインだ。


相対する槍使いは短く切った茶髪を後ろに流し、赤い石があしらわれたペンダントを首から下げている少年み、というよりも悪ガキみの残る顔立ちをした青年。


ユーサと昔から仲が良い幼馴染で警備隊第一班のエース、リヤ·ランサ。


戦況としてはケインがリヤに押され、盾で防戦一方となっている。


―ケインが決して弱い訳じゃないが今回は相手が悪いな―


そう思い、ユーサは2人の戦いを見守る。


ケインはリヤの上下左右に突き出す槍を的確に盾で防ぎあるいは躱し、凌いではいるが、リヤの猛攻と剣と槍のリーチの差によって未だ攻めに転じることはできていない。


しかし、次の瞬間リヤの突きに合わせ、ケインが槍を盾で大きく振り払った。


カコンッという音とともに、完全に虚を突かれたリヤは体制を大きく崩て後ろに仰け反り、隙ができる。


ケインはその隙を逃さず距離を詰め、リヤの腹に木剣を突こうとするが、リヤはくるりと体を回し突きを避ける。


回転の勢いそのままにケインの右膝を石突(本来ならそうだが木槍の為付いていない)で叩き地面に片膝を突かせる。そして、槍をクルッと回して穂先を右の首筋に当てた。


「ほら、これで終わりだ。流石に今回はヒヤッとしたぜ。ははっ!」


リヤはそう言い笑いながらケインの首筋に当てていた槍を引き地面にトンっと突いた。


「上手くいったと思ったけど、やっぱりリヤ君は強いね。」


そう爽やかな声でケインは言いリヤが「ほいよ」と差し出した手を「あぁ、ありがとう。」と言い掴み立ち上がる。


「流石にリヤ君との一戦は疲れるね、隊長が来るまで休ませてもらうよ。」


ケインはそう言い近くのベンチにドカッと座り込む。


「よう、朝から元気だな。」


ユーサはリヤに声を掛け、肩をバシッと叩く。


「やっと来やがったなユーサよぉ。」


リヤが振り向きざまに言う。


「やっとって何だよ、まだ訓練は始まってないだろ?じいちゃんも来てないし。」


「今日は新技をお前で試したくてうずうずしてんだ、早く来てくれなきゃ困るぜ。」


リヤは右腕を回しながらそう言う。


「血気盛んだなぁ、訓練が始まるまでの楽しみにさせてもらうか、それまで俺は素振りでもして待ってるよ。」


ぽんっとリヤの肩を叩きユーサは訓練場の保管庫へと向かう。しっかりとした木造の保管庫の扉を開け、いつも使っている木剣を掴み軽く振る。


木剣の振り心地を確かめ「よしっ」と言うと、腰に下げていた剣を木剣と入れ替わりに置き、保管庫を後にして訓練場の隅で素振りを始めた。


まずは右足を少し前に出し、両手で柄を握ってへその高さで構える。そこから剣を振り上げ「ハッ!」と気合と共に振り下ろす。


振り下ろした剣を、下から上へと振り上げる。

次は剣を体の左で肩の高さで構え、右へと切り払う。


そこからは思うがままに剣を振り、徐々に雑念を振り払う。斬り上げ、斬り下げ、水平斬り、刺突、斜め斬り、時には身体全体を使った回転斬りなど、思いつくままに剣を振るいその速度は徐々に増していく。


ユーサの剣が最高速に到達したその時、「集合ッ!!」と渋く低い声で号令がかかり、ハッと我に返り周囲を見渡す。


訓練場の中心では警備隊の制服と鉄の胸当てや、篭手、具足を着用し左腕には盾を括り付けた老齢の男が剣を地面に突き立て、柄頭に両手を置き仁王立ちをしていた。


男の前には既に警備隊第一班、第二班合わせ20名の隊員たちが集まり整列をしている。


「じいちゃんもう来てたのか。」

とユーサは焦り隊列の隅に加わる。


「うむ、第一班、第二班皆揃っているようだな。」


とユーサの祖父であり警備隊隊長が声を発する。


「それではこれより集団訓練を開始する!まずは素振りからだ、位置につけぃ!」


隊長の号令で隊長、班長、副班長以外の隊員達が素振りをしても互いの剣の当たらない距離に広がった。


ユーサもそれに習い距離を取る。


全員が広がりきったのを確認し再び隊長が号令をかける。


「素振り始めぃッ!!」


号令と共に剣を振り上げ、振り下ろす。


隊員達の素振りを各班の班長、副班長が隊列の中を通り確認していく。


やる気のない者を叱咤し、型が崩れている者は指導し、ユーサのもとには素振りの型には一番厳しい第二班の班長が様子を見に来る。


平時の訓練で型も遵守できない者が有事の際に動けると思わない事です、が口癖の長身で周りの隊員と比べると少し線の細い第二班長だが、ユーサの素振りを見て「相変わらず良い動きですね。」といい満足気に去っていく。


視界の端では既に我流の振り方に変えていたリヤが第一班副班長に叱られていた。


そうこうしているうちに「素振り辞めぃッ!」と隊長からの号令がかかる。


「次は2グループに分かれ模擬戦を行う!本日もいつもと同じく、各グループの一戦目の勝者、敗者の結果から二戦目の組み合わせを決めていく。

それでは各員班長の指示に従い行動するように!!」


と第一班長がグループ分けが書かれた紙を持ち、名前を読み上げる。


「最後にユーサ·ヒウロ、以上の者は第一グループだ、オレのもとに集まるように。今、名前が上がらなかった者は第二班長の第二グループだ。」


その言葉を合図に各々がグループに集まっていく。


名前を呼ばれたユーサは第一班長のもとに向かう。


第一班長はガッシリとした体格の男性で、鍛え抜かれた筋肉が服の上からでも常に激しく主張している。リヤも所属している村の精鋭達を集めた第一班を率いるほどの実力者だ。


「最初の試合はケインとユーサだ、休憩の後、準備をするように。」


第一班の声を受けユーサは近くの椅子に腰を下ろし木剣を椅子に立てかける。


額に流れる汗を服の裾で拭いふぅと息を吐き、太ももに肘をつき前かがみになり目を閉じる。


訓練前の自主練習と先ほどの素振りで火照った体を春風が柔しく撫でる。


その姿勢のままユーサが休憩しているとぽたんという音とともに後頭部に何か柔らかいものが置かれる。


「ユーサ、水筒忘れてんぞ。」


聞き慣れた声がし、後頭部の物を両手で受け取り頭を上げる。


「ん、うっかりしてた、ありがとミラ。」


その感謝の言葉を聞きミラはユーサが何時もするようなやれやれといった仕草をする。


「全くしょうがないなぁ、お母さんに買い出し頼まれてなきゃ、お昼までにカラカラになってたんじゃない?」


そうクスクスと笑うミラの手には籠が握られていた。


「お昼ご飯の買い出しだよ、これから言ってくるの。今日はあたしも手伝うから期待しててね。」


ミラはそう言うと「またお昼にねぇ〜」と言い残し去っていった。


ユーサは「おう」とだけミラに返し、見送ると皮でできた水筒の線を開けグイッと一口水を飲み込む。


少しひんやりとした水が喉を潤し腹の中へ流れていく感覚を味わいながら立ち上がると水筒を右腰の後ろ側に下げ、木剣を左腰に下げた鞘に収めて模擬戦の位置につく。


ユーサが位置につくのを見て今回の対戦相手であるケインも位置につきユーサと相対する。

そんな二人を第一グループの面々が見守り、第一班長も声を掛ける。


「二人共もう休憩はいいのか?」


その問いかけにユーサは「はいっ!」と答え、ケインは「体が冷めないうちに始めたいので。」と答えた。


二人の回答を聞き第一班長は「よし!」と言い、

開始の合図をかける。


「勝利条件は相手に先に有効打を与える、又は相手を降参させた方の勝利とする。それでは模擬戦、始めッ!!」


合図とともにシュッと音をさせ両者が剣を引き抜き構えた。


ユーサは素振りの時と同じ構えで、剣を両手で持ち右足を前に出す。


ケインもリヤとの模擬戦時と同じ、剣を持つ右手を引き腰に添えるようにし、盾を持つ左手を前に構える。


ユーサの盾を持たない攻撃的な戦い方は警備隊で推奨されているものではなく、使い手は少ない。


それに対するケインの構えは警備隊で最も主流の構えで防御的な構え方だ。


隊長の教える警備隊の戦い方は、一人で敵を倒すのではなく、少しでも時間を稼いで味方の到着を待つというもので、この構え方はその教えを忠実に守ったものになる。


ケインから攻撃を仕掛けてこないだろうと推測し、ユーサはダッシュでケインとの間を一気に詰める。


その動きを読んでいたケインは盾を持つ左手にグッと力を込め、ユーサの目線と剣の動きを注視し攻撃に備える。


ユーサは剣を上に構え勢いそのまま「ハァッ!」という気合とともにケインへと叩き込む。


ケインはその攻撃を腰を落とし盾で受け止める。


ドゴッと鈍い音を響かせ剣と盾がぶつかりケインが「グッ」と声を漏らす。


ユーサはすぐさま剣を左へ引き次の攻撃を繰り出そうとするが、間髪入れずケインが右手に持つ剣で突きを放つ。


ユーサは左へ引いた剣をすぐさま戻してケインの突きを反らし、柄頭で腹を打つ。


しかし、ゴンッという音をさせ盾がそれを阻みそのまま押し返される。


押し返される勢いを利用しユーサは後ろへ飛び退き距離を取った。


「今の止めれたの初めてじゃないか?」


何時もケインが防げないでいた一撃を初めて防ぎ嬉しそうにユーサが言う。


「ふふっ、何時も何時も同じ手を喰らう程愚かじゃないさ。僕は常に成長しているのだから。」


ケインはそう言い、剣を一度グルっと回すと構え直した。


「そうでなくっちゃ。」


ユーサもそう言い、構え直す。


今度はケインから仕掛け、右手を振り上げ斜め上から切り込んでくる。


ユーサは左前に一歩動きそれを避け、がら空きなケインの背中に剣を振り下ろそうとするも、振り返りながら横薙ぎを放ったケインの剣とぶつかる。


ユーサはケインを押し潰さんと両手に力を込め体重を掛ける。


ケインも左膝を地面に突きながら負けじと盾を刃に添わせ押し返す。


少しの間、両者拮抗するもやがてユーサが押し始める。


―このまま押し通す!―


ユーサはそう考え体重を掛け続けると、いきなりケインからの抵抗が無くなり振り下ろす勢いのままに体制を崩した。



ケインはあえて力を抜くことでユーサの剣を受け流した。


そして、右前に前転しユーサから距離を取り体制を立て直す。


距離を取り、構え直した二人は再び見合う。


先ほどのお返しとばかりにユーサが駆け、距離を詰める。


ユーサの振り下ろす剣をケインが盾で受け止め、切り返すがユーサの剣でケインの反撃を防ぐ。


そこからは激しい攻防となり試合は続いた。


そして、再びユーサはケインから距離を取り、突進をかける。


それを見たケインは盾を構えユーサからの攻撃に備える。


ユーサは剣を自身の左側に持ち上げ横薙ぎの構えを取る。


「うぉぉぉ!!」


と声を上げながら突進してくるユーサの様子を見てケインは違和感を覚えた。


―ユーサがなんの考えも無しにただ突進してくるか?―


ケインは注意深くユーサを見て気付く。


―剣を振る気配がない!そのまま体当りするつもりか!―


咄嗟に左へ飛び退こうとするも時すでに遅く、盾にユーサの肩がぶち当たる。


ケインは盾でユーサを受け止めようとするが、避けようと重心を崩した事が災いし、自分と同程度の体格のユーサを左手だけで受け止めきれず後ろへ倒れた。


すかさずユーサは倒れたケインの腹に座り首筋に剣を添えた。


「そこまで!」


と決着の合図を第一班長が発する。


ユーサは立ち上がりケインの上から退く。


「お疲れ様、何時もよりやるじゃんか。」


と言いケインに手を差し伸べた。


ガシッとその手をケインが掴むとそのまま引き上げる。


「ありがとう、リヤ君といい相変わらず君等は強いね。僕なんてまだまだだ。」


ケインは自嘲気味に言う。


「そんなことないって、リヤと一戦やってからこれだろ?まぁでももう少し攻撃にも気を回した方がいいかもな。」


「そうだね、守ってばかりだと何時も決め手にかけるしね。そうだ、ユーサ君今度攻め方のコツを教えてよ。」


と笑顔で言うケインに対しユーサも

「うん、また時間がある時にでも。」


と笑顔で返し、元いた椅子に腰掛けた。


そこからは他の隊員達の試合が続き、全員の一試合目が終わる頃には日も頂点に達し、時を告げる鐘の音が村に響く。


「集合!!」


との隊長の号令で隊員達全員が再び集合する。


「午前の訓練は異常だ!皆、午後の訓練に備えしっかりと昼食を取り、1時間後この場に集合するように!解散!!」


隊長の号令で隊員達は三々五々に散っていく。


恐らくは皆、自宅か村の食堂で昼食を取るつもりだろう。


ユーサはそう隊員達を眺めながら一人長椅子に腰掛けた。


そろそろミラが来る時間かな。そう思いぼーっと空を見上げる。


ザッザッザッと足音が聞こえそちらの方に目を向けると、警備隊長ことユーサの祖父がこちらへ向かい歩いてきていた。


ユーサの祖父は齢80でも未だに現役で村の中でも最強の人物だ。


肉体は衰えることを知らないのかガッシリとした筋肉質な体で、唯一老けを感じさせる顔もシワや白髪交じりであること以外は本当に80歳なのか疑わしくなる。


その顔には傷も多く、歴戦の戦士であることを物語っている。


55年前に終結した大陸統一大戦で活躍したという自慢話も真実味を帯びる説得力がある。


「今日もいい動きをしていたな、ユーサ。」


祖父はそう声をかけユーサの隣にドスンと座る。


「やはりお前はワシの後を継ぐべきだな!」


ガッハッハと笑いユーサの肩を叩く。


「ちょっと、じいちゃん痛いって。それにじいちゃんの後を継ぐなら班長達で良いだろ?なんのための役職だよ。」


祖父の手を鬱陶しそうに退け、ため息をつく。


「何時も言ってるだろ、俺は央都行って学者になるって。」


「お前というやつは、その剣の才がありながら学者に成ろうとは、宝の持ち腐れだろうが。」


と言うと祖父は腕を組みフンッと鼻を鳴らす。

ユーサも説明を諦めやれやれといった風に頭を振る。


しばらく二人がそうして沈黙していると、

「お~い、ご飯持ってきたよ〜。」

と聞き慣れた声が聞こえてきた。


声のした方を見るとミラが布をかけた籠を持ちこちらへ歩いてきていた。


「おぉミラか、よく来たな疲れてないか?」


祖父は椅子から立ち上がりミラへ声を掛ける。


「大丈夫だって、いつも来てるじゃん。ほら、お昼ご飯だよ。」


ミラはそう言い、手に持った籠を見せびらかすように持ち上げる。


「おう、ありがとう。今日は何作ってきたんだ?」


「今日はね〜、ユーサが好きなお肉たっぷりサンドイッチです!」


じゃ〜ん、と籠に掛けていた布を取る。


中には分厚いベーコンと申し訳程度の野菜を挟んだサンドイッチが鎮座していた。


ユーサはつい「おぉ~」と歓声を漏らし、

祖父も「うまそうじゃないか。」とつぶやく。


「ほら、二人共早く食べよッ」


とミラが二人の間に割って入り長椅子の真ん中に座る。籠は自分の右側に置き、左右に座るユーサと祖父にサンドイッチを取り分ける。


「いただきま~す。」


と言いミラが真っ先にサンドイッチにかぶりつく、ユーサも遅れてサンドイッチにかぶりついた。


ユーサはそのまま一気にサンドイッチを平らげ、水をゴクゴクと飲み「ふはー」と息を吐く。


「ごちそうさま、美味かった。」


サンドイッチをもぐもぐごっくんと飲み込んだミラが、「おそまつさま」と返す。


二人より遅れて平らげた祖父も、「また腕を上げたんじゃないか?」と上機嫌にミラを褒める。


「えへへ〜そうかなぁ」とミラは照れながら片付けを始める。


「そうだ、じいちゃん今夜のご飯はどうするの?」


とミラが昼食を片付けつつ問いかけた。


「今日は村の集まりがあるから、残念ながら晩ごはんを一緒にはできんな。」


残念そうにする祖父に対して再び問いかける。


「ばあちゃんは?」


「あぁ、ばあさんも一緒に出るから行けないんだよ。」


「ふ〜ん、残念。」


とミラも残念がりながら片付けを終え立ち上がる。


「それじゃ、じいちゃん、ユーサ、午後からも頑張ってね。」


そう言い残しミラはたたっと走り去っていった。


「さてと、ワシも午後からの準備をしておくか。」


どっこいと言い立ち上がり、どこかへ歩いていく。


ユーサは横目で祖父を見送ったあと、ぼうっと空を眺める。


朝よりも増えた雲たちが姿を変えながら空を泳いでいく。


暖かな春の陽気に包まれながら、ユーサは訓練再開の時間までゆっくりと過ごしたのだった。


はじめまして、闇鶴 彗と申します!


この作品が初投稿となります。


なので温かい目で見守っていただけますと幸いです。


初投稿で連載ものですがゆっくりでも完結まで走り切れればと思います。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


それでは、また次にお会いするまで。

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