戦闘魔術
また無駄に長くなってしまいました。書くべきところ、書きたいところ、書かなくていいところの選別というのが非常に難しい今日この頃です。
また前回と同じく、幾つか説明文が入った事で字数が多くなってしまいました。もっと上手くかけたらなと己の力不足を痛感しております。
そういえばPVアクセスが1000を超えておりました。この様な自己満足全開の駄文に目を通して下さった方々に感謝致します。またお気に入りに登録してくれた方にも、喜びを持って感謝の意を表します。今後も頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
では、どうぞ続きをお楽しみ下さい。
研究科のカリキュラムは、その殆どが詰め込みと言っても間違いではない。新たな理論を生み出す為には、それまでに培われた技術、情報を己の物としていなければ成し得ないからだ。
では、その知識の量とは如何ほどのものなのか。
研究科の修学期間は凡そ四年に及ぶ。一時限五十五分が一日七時限に割り振られた時間別の授業の中で、大まかに分けて六つの種目を学習する。
最も学習時間を必要とするのが魔術基礎理論と魔術概念だが、現在はこの二つが全カリキュラムの半分近くを占めている。約三千時限もの時間をかけて学習すると言えば、その分量も想像できるだろう。
一年365日。休みは週一日。必須習得魔術以外は定期的なテストなどなく、期間内にどれほどの知識を手に入れられるかは、生徒各個人の努力にかかっている。
だからこそ、本当に研究者を目指す者にとっては、無駄にする時間など一分たりとも存在しないのだ。
「という訳で、私に戦い方を教えて欲しいんです!!」
しないのだが、今の私は自らその無駄に取り掛かろうとしていた。
事件から翌日。その日の学業を終え、雑用を頼み込んでくる教師達を丁重に断り、バイトの時間よりも早く先生の元へ訪れて開口一番そう告げると共に頭を下げた。
突然そんな事を言い出す私に驚いたのか呆れたのか、いつものようにソファーでくつろいでいた先生は暫し無言で私を見遣った後、吸っていたパイプから口を離して煙りを吐き出しながら言った。
「めんどい」
「えぇ!?」
余りにも単純明快かつ一切の思いやりが感じられない答えだった。
もう少し考えてくれても、と思わなくはないが、相手が先生だという事を思い出して無理かと勝手に納得しておく。
「そんな、可愛い愛弟子がこうして頭を下げてるんですよ!」
「面倒なものは面倒なのさ。何が、という訳で、さ。あんたが目指してる分野とは全然違うだろう。一体何だっていうんだ」
「う……」
当然の事ながら、先生には事情の説明はしていない。そもそもこの問題は私個人の話だし、事が事なだけに、自分の都合で他人を関わらせるのも私の気が済まない。
いかな先生といえど、神具を持つ手練れを相手にして、無事に済むとも思いにくい。だからこれは、私自身で解決しなくてはならないのだ。
「大体、弟子が何をしでかすか知れないってのにほいほい教える師匠が何処にいる。後、あんたは愛弟子じゃなくて馬鹿弟子だよ。この馬鹿弟子」
「酷い!? 馬鹿って二回言った!」
天才じゃないのは自覚してるが、馬鹿は自信を持って否定させてもらう。
「いやぁ、師匠だったら案外ノリノリで教えてくれるかなと。人をいたぶるの好きそうで……って、いたたたた!?」
「あんたとは一回、互いの事をじっくり話し合った方がいいみたいだね。腹を割って正直に」
言いながら私の頭を割りにかかるこの行為が、如実に物語っていると思うのですが!? っていうか話し合うって、話だけで済みそうにな……
「拳でな」
やっぱり!?
ミシミシという音を鼓膜で聞きながら、そろそろ気持ち良くなってくる、人として危ない階段を渡ろうとした頃、ようやく先生の手が離れる。
見たことがない程に真剣な表情は、先程までの空気を一気に押し流した。
「何があったのかってのは聞かない。あんたが話す気になって、私に聞く気があれば、そんときゃ聞いてやるさ。でもね、何で戦う術が必要なのかは、聞いておかなくちゃならない。そんでもって、私が納得できる答えじゃなけりゃ教える気もない。
だから聞くよ。あんたは何で戦うんだ?」
凄みさえ感じさせる眼差しに、私は思わず尻込みしそうになる。けれど、あの時はもっと恐ろしい気配が漂っていた。
この程度、跳ね返せずに何が戦うか。
「喧嘩に負けたんです。それも結構情けないぐらいに。でも、今の私ではもう一度喧嘩しても返り討ちに合うのはわかりきってます」
あの青年は言った。忘れろと。忘れれば、元の世界に戻れると。
普通に考えれば、忘れる方が正解の筈だ。あれ程恐ろしい目に会い、それでも尚あの狂気に向かい合うなど、愚かにも度が過ぎる。
喧嘩なんて生易しいものじゃない。そんな事、考えるまでもなく理解できる。あれは命を賭けた戦い。間違いなく、あの時あそこは戦場になったのだ。
「ある人にも言われました。全てを忘れろと。出て来られても邪魔だと。でも……」
忘れるのが普通なのだ。事件が起き、被害に会い、苦しんだとしても、二度と出会わないと願うのが。
「でも私は、このままで済ませる気はないんです」
そう。全てはこの一言に尽きる。
あのままで終わらせるつもりはない。終わらせてはならないと、心が強く訴えて来ていた。
先生の視線は以前強いまま。内心、ダメかとも思っていた。事情を説明したとしても、私が再びあの場に身を投じる事に変わりはない。私がそうする理由も、他者からすれば理解できない筈だ。
暫くの無言は、私のなけなしの期待を削っていく。
先生に断られたらどうしようか。軍属科の知り合いに頼んだとしても、学生がどうこう出来るレベルの話じゃない。誰かに師事してもらうにしても、金銭的な余裕もないし。となると、後は独力で……。
「やれやれ……、概ね想像通りだね……」
これからを予想していた私の思考は、先生の小さな呟きに中断された。小さ過ぎてきちんと聞き取れなかったが、その声色は、何だか嬉しそうだった。
パイプを灰皿に叩き、先生が立ち上がる。
「いいだろう。あんたに戦いってものを教えてやろうさ」
「ほ、本当ですか!?」
流石にこうもあっさりと了承して貰えるとは思っていなかった。いや正しくは、了承して貰える理由というのが自分でも見つからなかったのだが。
駄目元だったので嬉しい事ではあるのだが、何だか先生の言葉がこの上なく怪しく思えてしまう。いや、確かにこれは有り難い事なんだけど、何だろう、後で物凄く無理難題を押し付けられるとか? 一生ただ働きとか。
「何だい。教えて欲しくないのかい?」
「い、いえ、是非とも御教授願いたいです!」
もうそんな事はとりあえず後回しだ。今は、このチャンスを掴み取らなければ。
軍属科には、軍事行動を主とした役割の魔術師である、戦闘魔術師と呼ばれる軍人を育成するカリキュラムがある。研究科とは内容が根本で異なる為、授業の大半が実技、実践だ。研究科が知識を求める場と言うならば、軍属科はさながら力を求める場であろう。
で、それがどうしたといったところだろうが、
「さて、あんたには今からあの薪を魔術で攻撃して貰うよ」
何故か私は学校に舞い戻り、その軍属科のテリトリーである屋外訓練場に佇んでいた。それも、普段戦闘魔術師が使う場所を。
先生が指差した先には小さな岩の上に薪が置いてあった。
「ただし、魔術で攻撃していいのは薪だけだ。他には一切外しちゃ駄目だよ」
他科から軍属科への施設使用要求なんて滅多にない。元々軍属科自体が軍隊という一般的な職種とは大きく異なる部類に入るのだから当然といえば当然だ。だから私もこうして立ち入るのは初めてなのだが、問題はそこじゃない。
「攻撃方法は問わん。自分の好きなやり方でやってみな。言っておくがこれは実戦だと思ってやるように。私も手加減抜きでビシバシいくからね」
何故この人が私の学校に来て、うちの教頭に一声かけただけで即座に使用許可が下りたのかが、どうしても納得出来なかった。
当然、まだ残っていた自主訓練中の生徒達からの視線が痛い。
「ボッと突っ立ってるんじゃないよ。ほら、さっさとやりな」
あまりにも普段通りの態度で、私の後ろへ一歩下がる先生。
何だか今更ながら先生の正体の方が気になり出すも、そんな事よりと気を取り直して薪へと意識を集中する。
そうして私は自身に埋没する。
想像するは嵐の渦。吹き荒れる風は、吸い込むものを舞い上げ、切り刻む。我が望みしはその欠片。吹き抜ける一陣の鋭き刃。
――顕現し
「遅い!」
カコンと小気味よい音を鳴らして、私の頭に激痛が走った。
「いったぁーーー!!?」
その突如の衝撃に、思い描いたイメージは霧と消えた。
頭を押さえて振り返ると、恐らく魔術で具現化したものだろう杖を片手に、呆れ顔の先生がいた。
「何すんですか!!」
「遅いんだよ。欠伸が出ちまう。やり直し!」
痛む頭をさすりながら、再び正面に向き直る。
そして、イメージを練り直すが、
「遅いっつってんだろが!」
という怒声と共に、ポコンと音を立てて私の視界がまたもやブレた。
「〜〜〜っ!!」
あまりの痛さに頭を押さえてうずくまる。
くっそ、このババア同じ場所を叩きやがったな!
内心でそう叫びながら、恨めしげな視線で先生を睨んだ。
「ビシバシ行くって言ったろ。この程度でへこたれるんじゃないさ」
「だからってそんなもので人の頭をポコポコ叩かないでくださいよ! 私の頭は打楽器じゃないんです!」
「打楽器の方がまだいい音がするだけマシさ。幾ら叩いてもろくな音が出やしないんだから」
だから私の頭は楽器じゃないって言ってるのに。
ビシバシの意味がこういう事だとは思ってなかった。もっとこう、過酷な鍛練を想像してたのだけれど。まあ、確かに苛酷ではあったが。
「やれやれ。確かに素人なのは間違いないけど、ここまでとはねぇ」
呆れ混じりにそう言って、先生が私の隣に立つ。
徐に人差し指を一本立てた。
「いいかい。戦場ってのは一秒で生死が別れる世界だ。場合によっちゃあ、敵味方入り乱れて戦う事もある。そんな時に、ただ攻撃するだけなのに一々時間なんてかけちゃいられないんだよ」
言い終わるのと同時に、先生が薪に向かって腕ごと指を振るう。
シュッという音と共に何かが放たれ、薪の中心を射抜いて転がった。
まるで手品のようだ。何もない虚空から突然矢が飛び出し、瞬きをする間もなく薪を撥ねる。魔術の波動も、魔力の零れも一切なく。
突き刺さった矢は、やがて光を放ちながら次第に透けて、世界に溶けた。あの消え方は間違いなく、瞑想魔術によって具現化されたもの特有の消滅の仕方だった。
「魔術による戦い方はこれが基本さ。『魔術を扱う』んじゃない、手足のように『魔術を使う』んだ」
「……違いがよくわかりません」
「理解するんじゃないよ。感覚的なものさ。あんたは自分の体を動かすのに一々理解しながら動かしてるのかい?」
手足と魔術は全然違うものだと思うんですが。
要するにもっと上手く扱えという事なのだろうととりあえずは納得し、見事に穴の開いた薪もう一度岩の上に乗せた。
そして三度目の魔術を練る。
――パカン。
三度目の音が高らかに響くのであった。
涙目で痛む頭をさする。さするのにも痛みが走るが、触らずにはいられないのが人間の性ではないだろうか。
あれから二度、頭を叩かれた。この人は乙女の頭を何だと思っているのか。歪んだらどうする。馬鹿になったらどうしてくれる。
「全く……」
溜息混じりでそう呟くのは、他でもない先生。
今私達は、この学校の職員棟にある応接間のソファーに、深く腰を預けている。
室内には私達だけで、あまり華美にならないように配慮された内装は、入る機会のなかった筈の私を緊張させる事はなかった。
「ここまでセンスのない弟子は初めてだねぇ」
言いながら、テーブルの上にわざわざ私が用意した紅茶を口にする。
ていうか、貴女は私以外に弟子を取った事はなかったんじゃ?
かつて先生が言っていた言葉を思い出しながら、心の中で呟く。
ああ、こんな言いたい事も言えない世の中。私の立場ってばなんて弱いんだろう。
表には出さず、さめざめと涙を零す。
「不出来なのは否定しません」
エミリアに以前言われた言葉を思い出してしまった。
『ルマリアって実はドジッ娘属性持ちよね。なんていうのかな。大きな失敗はしないんだけど、意味のないところで意味のない失敗をするタイプ。正直狙ってるの? って思った』
うるせーよ。狙ってるって何をだよ。
思い浮かべたあの時のエミリアのニヤニヤとした笑いに悪態をつきながら、さっさと記憶の奥へと押し流す。
「でも今日のあれは初歩の初歩だよ。あれが出来て初めて戦場に出られるっていっても間違いじゃないね」
その言葉で流石にへこんだ。確かに戦闘魔術師は私には向いていないと思っていたが、そこまではっきり言われると……。
私は元々分析は得意だが、即座の判断と反射というものに弱い。事実、昨日の出来事も、咄嗟の事には対処出来ずにいたし。
「どうにかならないものでしょうか……?」
藁にも縋る思いで先生に尋ねる。しばし無言で思考を巡らせた後、先生は口を開いた。
「あんた、魔術を使う時にどうしてる?」
漠然と、そんな問いが飛び出してきた。
瞑想魔術は以前にも述べた通り、自身の内なる想像を具現化するものだ。具体的な形と成す事が出来るならば、外の世界、つまり現実への顕現が可能となる。
では、想像出来るものならば如何なる幻想も生み出す事が出来るのか。
答えは否だ。
瞑想魔術にもやはり一定のルールが存在する。それは制限というよりも束縛に近い。そしてその束縛を課すのは世界そのものだ。
束縛とは二つ。世界のバランスを崩しかねない存在と、世界を超える存在。この二つを、世界は許容しない。
これが、瞑想魔術における絶対のルールなのだ。
だが逆に言えば、その二つにさえ抵触しなければいい事になる。
例えば、地中深くに渦巻く灼熱の世界を。
例えば、海中深くの闇に覆われた世界を。
例えば、氷に包まれた無慈悲なる世界を。
それらは確かに、この世界に存在するのだから。
瞑想魔術で自然現象を模倣したものが多いのは、つまりはそうした理由からだ。それならば、世界を壊すことなく確かな事象を顕現出来る。
「どう……、と言われても、普通にですが」
瞑想魔術は基本にして根幹。研究科ではまず最初に学習する分野だ。
「だからどんな風に?」
「えぇと、まず行使したい魔術の属性を決め、その属性の元となる世界を構築。作り出された世界から、必要となる分子を抽出し、具体化する為に再構成。構成物に魔力を与えて実体化し、現実世界へと……、て、何ですか……?」
学習した瞑想魔術の基本理論をそのまま記憶の中から読み上げていくと、先生の表情が何とも言えない、呆れたような馬鹿にしたような、そんな顔になっていた。
「あんた、もしかしてさっき魔術を使う度にそんな事してたのかい?」
「そんな事って、これが基本なんじゃないんですか?」
ここではそう教わった。魔術を行使するには、行使される現象を知らねばならない。ならばこそ、世界を作り出す事でその現象を自在に操れるのだと。
「そりゃあ遅くもなる筈さね。ちっとも手抜きが出来てないだなんて、馬鹿正直も度が過ぎると害悪か」
「え、ち、違うんですか?」
もしかして、今までずっと間違えていたと?
羞恥で顔に熱が集まる。研究科に所属する生徒が、そんな初歩的な部分を誤解していたなんて恥ずべき事だ。
「間違っちゃいないよ。けど、事戦いに関しちゃ正解でもない」
そう言うと先生は掌を上にし、魔術を行使する。先程とは違い、今度は魔術の波動を感じられた。
掌の上に現れたのは、小さなガラス細工。大雑把に鳥が形作られた、周囲に透ける透明な置物。
「今あんたが言った工程で具現化したものさ。まだ曖昧で、歪さが目立つ」
テーブルに置くと、やがて光に溶けて消える。
「そしてこれが、さっき私が使ったやり方で具現化したもの」
再び掌にガラス細工が現れた。しかし、今度は魔力の波動を感じずに。さらに、先程の置物とは明らかに違う。細部までが精巧な、まるで今にも動き出しそうな程の緻密さだった。
「これっ……!?」
瞑想魔術で武器や防具、そしてその他の様々な道具を呼び出す事は、さほど難しいものではない。だが、呼び出したものをより詳細に実体化させようとすれば、その分難易度は数段跳ね上がる。
それが剣や矢など、意匠が少なく構造の単純なものであれば、正確なといってもたかが知れているが、これ程までに細かい細工が施されているものになると、自分では到底無理だろう。
テーブルの上に置かれた鷹のガラス細工は、しばらく経っても未だ消える気配はなかった。
私はガラス細工を手に取り、あちこちから眺めてそれを調べる。少しひんやりとした感触が、手を伝ってきた。
「凄い……」
思わず感想が漏れた。
魔力の零れもなく、確かな存在としてここに在る。それこそが、瞑想魔術の頂点と言われていたから。
「そう難しい事じゃない」
「いやいや、十分難しいですって!」
だと言うのにこの人は、あっさりと人の常識をぶち壊してくれた。
「ま、近頃は目立った争いも特にないから、軍事関係者以外が知らなくて当然さ。いや、今じゃ軍事関係者でもどうだろうかね。
だってこれは外法。『我等が至る場所』には程遠い手法なんだから」
「そう、なんですか?」
これ程の優れた具現化が、『我等が至る場所』とは異なるという事に私は首を傾げた。
この世に存在する全ての魔術師は、ある一人の魔術師が放った言葉を目指している、といっても過言ではない。
それが『我等が至る場所』である。
かつては絵空事、空想世界、夢見話、愚者の妄言等など、様々な雑言を用いて否定されてきた、魔術の究極。
つまりそれは、『人の手によって作り出される新たなる世界』。
人が神となり、そして神すらも創造できる世界。それこそが魔術の、本当の到達点なのだ。
「戦うのに理論だ技法だなんて話は邪魔になるだけなんだよ。確かに瞑想魔術の根本はあんたの言った通りなんだけど、戦場じゃ有効な手段を如何に手の内に用意出来るかが鍵になる。となれば『我等が至る場所』なんてほっといて、どれだけ早く、どれだけ無駄を省けるかに注力する。だからこんなやり方が編み出されたのさ」
私の手によって玩ばれていたガラス細工が、今になって漸く消えていった。物質の実体化で、持ち主の手から離れてこれ程の持続時間は驚異と言っていい。
なるほどこれならば戦いおいて有効なのも頷ける。
「つまり戦闘魔術師ってのは、魔術を行使する上で効力を残しつつ如何に手抜きが出来るかって事に尽きる」
「じゃあ先生のそれを使えるようになれば、私にも光明はある訳ですね!」
「あ、それは無理」
「何でですか!?」
人に期待させておいて叩き落とすとか、この人は鬼か。いや、悪魔だった。
「一言で言うなら、あんたにはこのやり方は向いてないからだよ。だってこの外法は、六法顕現には使えないんだから。あんた、前衛魔戦士にでもなる気かい?」
前衛魔戦士とは、最前線で武器を振るって戦う職業だ。戦闘魔術師が戦闘、防衛、支援という三つの作戦に従事するのに対し、前衛魔戦士は戦闘のみを対象としている。その性質上、近接戦闘の頻度が高く、魔術師といえど戦士とほぼ同等の訓練が必要とされた。
ちなみに六法顕現とは、火、水、土、風、氷、雷の六属性を用いた魔術の事。
「戦闘魔術師ですら向いてないと思うんですから、それより上なんて絶対無理ですよ」
「だろう? だからあんたはあんたなりの外法を見つけなきゃならないのさ」
瞑想魔術で思い浮かべるイメージは、個々人で大きく異なる。単純に『黒』と言われて想像するもの、連想するもの、大きさ、形など、イメージ故に種類は無限と言える。詠唱魔術や紋様魔術と違って、これといった形式が存在しない。あくまで前述した理論も、万人が扱いやすいように形作ったものでしかなかった。
「どっちにしろ地道に頑張るしかないって事だね」
そう言ってケラケラ笑う先生にため息を零す。
あまり進展がないようにも思えたが、とりあえず進むべき方向性は理解できた。とはいえ、再びあの場所へ足を踏み入れるのは何時の話になる事だろうか。