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死者を操る者  作者: 海鼠
6/12

月夜の死闘

あんまりハイペースで書いてると長続きしそうにないですね。もっと時間をかけて捏ねくりまわしながら、一定のペースをかけたほうが良さそうです。というわけで次回からは更新は遅めに。

何だか初っ端から勢いつけすぎたかもしれません。後々大丈夫かなこの展開……って感じです。

楽しんでいただけるよう、もっと頑張って行きたいと思います。

 一際大きくカツリと鳴らした足音を残し、青年の歩みが止まる。先程の男と同じく、月明かりに口許を照らされながら。

「ヘッ。人がお楽しみ中だってのに。ちったぁ遠慮しやがれ」

 茶化した口調だが、男の表情から笑みが消えている。それ程までに緊迫した状況なのかと、己の今を省みずにそう思った。

「……」

 青年は何も答えない。静かに佇み、それだけで消えてしまいそうな、希薄な存在感しかなかった。あまりの静けさに場違い感すら浮かぶ。

 両の手は、やはり無手。武器らしいものはないが、男の警戒が緩む事はない。

「返事なしか。相変わらずつまんねぇ奴だ」

 男の様子から、喜ばしい相手でない事は読み取れた。滲む殺意を隠そうともしない。

 反して、青年からは何も感じない。そこに立つ筈なのに、気がつけば存在を忘れてしまいそうになる。


 先に動いたのは男の方からだった。

 私にそうしたように、腕を伸ばし、掌を突き出す。 危ない、と叫ぼうとしたが、弛緩した体では力が足りず、口から出たのはため息にも似た吐息だけ。

 再び息を吸い、力を込めるも、私が警告を発するよりも早く男の魔術が発動された。

 高圧圧縮された空気の壁。単純にして強力。

 さながらそれは、不可視の鉄塊。あらゆるものを弾き飛ばし、圧殺する。目に見えぬ致死の一撃は、間違いなく青年に深いダメージを与えるだろう。

 一瞬の風が吹く音と共に、姿なき殺意が駆け抜ける。青年には何が起こったのかわからぬままに、全てが終わる筈だった。


 そして、信じられぬ光景が我が目に飛び込んでくる。


 立ち尽くす青年がゆっくりと腰を沈めたかと思うと、半身を捻る。そしてついに風の衝撃波が、青年の眼前へと迫った。


 バチィィイン!!


 耳を劈くような炸裂音が走った。建物自体が震えるかのような大音響は、予想だにしていなかった私の耳を直撃し、一瞬のめまいで視界が歪む。

「チッ」

 苛立ち混じりの男の舌打ちが聞こえた。

 正常に戻った私の視界には、傷一つない青年の姿があった。拳を突き出し、その拳先から微かに白い煙りが立ち上っている。

 青年が無事だという事は、あの魔術を回避したという事だろう。

 でもどうやって? まさかあの拳で打ち壊したとでも言うのだろうか。

「ったく、このバケモンが……」

 憎々しげな言葉を呟きながら、男が私の肩から足を退けた。

 もはや私の相手などしていられないのだろう。それ程までの強敵なのだと、男の気配が告げていた。

 一瞬にして緊張した空気に、男の本気を窺い知る。 緊張の原因は、男が張り巡らした意識の糸。全方位へと伸ばされたそれは、身じろぎ一つ見逃さないであろう。

 例え今隙をついて魔術を仕掛けようとも、おそらく男は、私よりも早く私の命を刈り取る事ができる。彼我の実力差は、圧倒的なまでに大きかった。

 そんな相手が、余裕を捨て去る敵。青年のあまりに希薄な存在感に、私はどうしてもその光景を思い浮かべられなかった。


 やはり先に仕掛けたのは男の方からであった。

 一足で青年に肉迫し、空拳の腕を大きく振りかぶる。

 バシンと言う小さな音が鳴り、男の腕が止まった。

手にはいつ現れたか、月明かりで白く光る剣。それを、青年は素手で止めていた。

 現れた剣に驚きはしない。瞑想魔術によって生み出された幻影の剣だろう。ただ、いつ魔術を行使したのか。魔力の波動を感じなかったのは驚愕に値する。

 が、それよりも驚くべきは青年の方だ。剣を素手で止めるなど、果たして如何なる芸当か。

 見る限り、男の剣はなまくらには見えない。まるで本物のように、零れる魔力もなく、完全なる形として顕現していた。

 対する青年に魔術を行使した形跡はない。とするならば、彼の手は剣よりも硬いとでもいうのだろうか。


掴んでいた男の剣が露に消え、自由になった腕ですぐさま二撃目を放つ。二度、三度、四度と振るわれた剣は、青年に届く事はなかった。

 いや、届いてはいるのだ。だが、そのいずれもが、彼の手や腕によって一切のダメージなくせき止められていた。

 一撃目の信じられぬ現象が、現実を見せ付けるように幾度となく続いていく。

 まるでよく出来た剣舞のよう。

 男の体術は、決して低いレベルではない。寧ろ学生レベルなど足元にも及ばない筈だ。

 戦闘が本分ではない、戦いに於ては素人と言っても過言ではない私から見てもそう感じるのだから、その技術は相当なものだと思われる。

 しかしそれは男だけではなかった。鋭く繰り出される斬撃は、致命的な一撃を青年に与えない。時に避け、防ぎ、弾く。

 その危なげない体捌きによって、命を賭けた戦いが、一級の舞いのような幻想を抱かせるに至った。

 彼等は何度その手を合わせたのか。思わず見惚れていた私は、突如として広く間合いを取った彼等に我に返った。

「てめぇ……」

 攻めの手を休めたのは男の方だ。青年は一切の反撃を行っていない。全て防戦。故に、互いは今なお無傷で相対していた。

 男は憎悪と殺意を強め、未だ尻餅を付く私を正面から睨んだ。

 そう。男は私に背を向けているのではなく、『正面を向いて』私を見ていたのだ。

「やけに大人しいと思ったらそういう事か」

 対する青年が、今私に背を向けている。

 あの戦いの最中、彼は己の位置を変える為だけに動いていたのだ。

 男にとっては侮辱にも等しいようだった。命のやり取りが、ただ己が一方的に道化を演じていたというのは。

「舐めるんじゃねえ!!」

 膨れ上がったのは、男の殺意か。

 射殺さん程に鋭さを増した視線は、青年を貫いて私へも向けられた。

「アヴォート!」

 唱えたのは詠唱魔術の一文節。

 魔力を集め、魔術と成す為の最初の音。

「我、欲するは神の一針。かつての世に在り、かつての大地を穿った、神造の槍」

 唱えられた言霊に、私は息をのむ。

 それは、詠唱魔術において究極と呼ばれるもの。


 『現世召喚』。


 詠唱魔術が他の魔術と比べ精度、性質で劣るにも関わらず、魔術の一としての座を得る要因。それこそが、この現世召喚が存在する故である。

 詠唱魔術は他とは違う、世界に働きかける魔術。音をもって言霊を成し、言霊をもって世界を操る。

 そして、現世召喚が操るのは世界の記憶。

 連綿と続く時の流れを、世界は常に記憶し続けている。


「其は光の矢の如く。白き姿は闇を払い、その存在は尽きる事なく無限。されど我が求めるは無上の一振り」


 かつて存在した神の時代。魔力に満ち溢れ、幻想が幻想でなかった、そんな世界の記憶。

 現世召喚とは、今は失われし神代の世界で造られた武具を、記憶の中から呼び覚ます魔術。

 現代のそれらとは比較にもならぬ力を持った存在を行使するのは、魔術が求める到達点の一つでもあった。


「今代の主が命ずる。我が元に在り、我が敵をその絶対なる力をもって屠れ」


 無論、現世召喚は誰もが扱えるものではない。

 操るものは世界。呼び出すは神の武具。

 それを成し得る者など、果たして世界に何人いよう。


「――顕現せよ。神槍アリュシオン!」


 想像を絶する魔力の高まりと共に、光を伴ってそれは姿を現した。

 身の丈を超える純白の槍は、確かにこの世に在り、男の手に握られている。

「こんな依頼に使いたくはなかったがな。虚仮にされたんじゃあ黙ってられねえ」

 重さを感じさせる事なく軽々と振るう男は、やがて腰を下げ、肩の上へと槍を構える。

 あの槍はどうやら投擲に用いるものらしい。

 神具といえど、その全てが世に知られている訳ではない。

有名な、この国の王が持つ、王剣と言われているアールケイオンでさえ、神代では数多にある武具の一つにしか過ぎなかったのだから。

「こいつは手加減しねえからな。生き延びたけりゃ、てめぇでなんとかしやがれ」

 吐き捨てるようにそう言って、男は腕に力を込めた。

 青年は佇んだまま動こうとしない。現世召喚に怯えをなしたかとも思ったが、彼の気配は姿を現した時のままだった。

 諦めたのか。そう思える程の静けさだったが、やがて彼が小さく呟いた。

「エヴエット」

 呟いたのは魔力除去。そして感じる魔力の波動。

 間違いなく瞑想魔術の波動だった。


 瞑想魔術にとって、己以外の魔力は不純物に過ぎない。空間に満ちる魔力が、術を行使する上で障害となるのだ。

 だからこそ魔術師は、瞑想魔術を行う前に魔力を取り払う。呼び出すものを、より強固な形と成す為に。


 微かな光と共に現れたのは鋼の右篭手。銀に輝き、無骨な容姿は確かに頑強な気配を漂わせる。

 しかし、それだけでしかない。そんなもので、神具の槍を防ぎきれると思っているのか。

「ククッ」

 男が笑い声を上げた。

 それは、無謀な行いを自覚していない青年への嘲笑か。


 そしてついに、男は必殺といえる一撃を放った。






 出来事は一瞬。

 男の手から離れた槍は、光の一筋となって青年を穿つ。

 瞬きよりも早く飛来した白き刃に、青年は驚くべき行動を取った。

 前進。そして握りしめた右拳を、ただ愚直に突き出すのみ。

 想像したのは青年の敗北。鋼の篭手を砕かれ、拳を破壊した後、心の臓を貫かれる。

 だが、その光景を見る事はできなかった。

「なぁ……!?」

 驚きの声。多分に呆れも含まれた私のそれは、彼の、青年の鋼の篭手が、純白の槍の尖端を間違いなく受け止めていたこの現実に対してだった。

 見れたのはほんの僅か。衝突は凄まじい音と共に爆風を生み、目も開けていられない強い風が私の視界を塞いだ。

 そして再び瞼を開いた時、勝敗は決していた。


 青年は生きていた。五体を保ち、その背中を私の視界に収めている。

 衝撃に耐え切れなかったか、青年の居場所を中心に廊下が大きくえぐれていた。

 崩れた壁は、もはや隠す事ができなくなった月明かりで青年の全身を照らす。

「クハハハハ!」

 場違いな笑い声。男が、我慢出来ないと手を叩きながら笑っていた。

「すげぇすげぇ! あれを防ぐか!」

 何がそんなに嬉しいのか、殺気も敵意もどこへと消え、ただ無邪気に喜んでいた。

「最初はつまらない仕事かと思ったが、意外とそうでもなかったな」

 つい先程まで、全力で殺しにかかった相手へ親しげに話し掛ける男に、寒気すら感じる。

 理解は出来ない。だが、おそらく、とは推測できた。男は殺す事を望んではいない。殺し合う事を望んでいるのだ、と。

 青年はやはり答えず、静かに佇んだまま。

「今日はここまでだ。まだまだ楽しみたいからな」

 そう言って男は踵を返した。廊下を歩き、その姿が闇に紛れる。

「俺を虚仮にした分はそれで勘弁しといてやる。今の俺は気分がいい」

 だんだんと薄れていく男の気配は、その声を最後に完全に消えていった。

 男の言葉が何を意味するのか、最初は私にはわからなかった。


 ――ピチャリ。


 と、水の滴る音で全てを理解した。

 それは青年の右手から、零れるように流れ出ていた。ひび割れた床に染まる、黒い斑点。

 やはり彼は、あの一撃を防ぎきるには至らなかったのだと。

「あ……」

 青年は、未だ呆然として床に座り込んでいた私に歩みより、左手を差し出してきた。

 もしや彼も敵なのでは、と疑っていた自分を叱咤しながら、その手を取ろうとするも、その手は素通りして……。

「え……?」

 胸倉を強く捕まれた。

 そのまま力一杯持ち上げられ、視線が青年の目の高さまで引き上げられる。

 私を見る眼差しが、強い怒りと敵意に染まっていた。

 内心またなのかと、妙な度胸がついた心を冷静に自覚しながら、さっきから意味のわからない理不尽な状況に、今更ながらこっちにも怒りが生まれてきた。

 私を睨む青年に、負けじと視線を返していると、やがて青年は口を開いた。

「何故貴様がここにいる」

 その言葉の意味をどうこうよりも、喋った! と微妙な感激を味わっていたりする私だった。

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