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死者を操る者  作者: 海鼠
12/12

ウォスク・ユフサーク

三ヶ月以上も放置してしまいました。例えアマチュアだとしても、物書き失格ですね。待っていてくれた人がおりましたら、この場を借りてお詫び申し上げます。

今回もまた無駄に長い上に、物語の進み具合はイマイチです。もうちょっとサクサク進めたかったのですが、マニアックな設定が仇となっております。とはいえ、現状把握の為の話も後一話程で終わりそうです。もう少しお付き合い頂けると有り難いです。

本来は後書きに書いておくべきですが、作中、「」内の台詞と説明文とで表記が異なっているものがありますが、決して脱字ではありません。

では、話の続きをお楽しみ下さい。


 音もなく、滑る様に扉が開く。ランプの灯火が揺らぐ部屋の中、彼は居た。

「ようこそ。来てくれて助かりました」

 お世辞にも綺麗とは言えない、老人の様に白くくすんだ髪と、日に当たっていないであろう不健康なまでに白い肌。線の細い、むしろ痩せこけたと表現した方が適う風貌。しかし、それらに反して黒い瞳は、黒曜石の如く美しかった。



 ベイルクーズにメモを渡された後、私は訓練区画にある森林地帯に足を踏み入れた。メモに記された通りに誰かが馴らしたらしい道があり、幾つかの目印と、複数に分岐した細道を歩いて、やがて辿り着いたのは小さな家。

 夢で見た不確かな光景ではなく、今目の前にある確かな現実の姿に感動すら覚える。

 そして私はやや緊張しつつ、家の中へと入った。



「どうぞ。席に着いて下さい」

 呆けていた私は、言われるがままに従い、小さなテーブルの前、空いている彼の正面の椅子へと腰を下ろした。

「まずは自己紹介を。僕の名前はウォスク、ウォスク・ユフサーク」

「あ、私は」

「ルマリア・ウィージニスさん。大丈夫、貴女の事は知っています」

 知られている事に不快感はない。私が彼の事を知らないのに不満ではあったが。

「さて、どこから話せばいいんでしょうか」

 視線を逸らした彼は、どこか遠くを眺める様な表情を浮かべた。その様子から、決して楽しい話ではない事が窺える。

「それなら……」

 知りたい事は山程ある。けれど、私が一番に知りたい事は決まっていた。

「今私の身に何が起こっているのか教えて」

 ここ数日の体の変調。そして神具を持つ男の不可解な言葉。先生の奇妙な態度。

 この答えが、全てに繋がっている様に思えた。

「そうですね。ではまずそれからお話しましょう」

 彼は少し深呼吸し、私と目を逸らさずに言った。

「ルマリアさん、貴女は一度死んでいます」

 驚きはない。やはり、という確信。やはり、という落胆があった。

「二週間程前です。居残っていた貴女は、ある者の手によって殺害されました」

 確かにその頃に帰りが遅くなった時がある。おそらく、夜の記憶がなかったあの日だろう。

「じゃあ、何故私は生きてるの?」

 胸に触れれば脈を感じる。思考も正常で、今もこうして日々を過ごせている。

「僕が蘇らせたからです」

 返ってきた答えは、およそ信じられないものであった。



 世界すら創造せんと研鑽を続けられている魔術だが、できない事は未だ数多い。

 その一つが、生命の創造。神にしか成し得ぬ、いや、それを成し得た時こそ人は神となる。

 魔術による生命の創造は現状、解明の糸口すら見つかっていない。それは魔術が『継続』を不得意とするのみならず、魂が魔力の根本に関わる要素だからだ。

 人々が扱う魔力とは、一体どこから現れるのか。とある学者が立てた仮説が最も有力であるが、簡潔に述べればそれは『魔力は魂によって精製されている』というものだ。

 しかしそこで一つの矛盾が生まれる。

『魔力を生み出す魂を、魔力によって創造する』

 そんな事ができてしまえば、世界の法則が壊れてしまう。

 幾許かの魔力によって生み出された魂が、やがて自身を超える量の魔力を生み出す。仮に可能であればそれこそ無限の魔力を手にする事が出来きてしまう。

 無論、夢物語であり、単なる妄想でしかない。

 更に単純な問題として、人は魂というものを認識できていない。

 知らないものを作り出す事などできる筈もなく、そうして人は未だ神の存在とは程遠い。


 もしかすると私はからかわれているのだろうか。仮に言っている事が真実とすれば、それこそ魔術理論が根本からひっくり返る出来事なのだ。

 訝しい私の思いを察してか、彼は苦笑する。

「信じられないのはわかります。僕だって、これが夢ならどれ程幸せか……」

 己の手を見つめる感情の読み取れない、あらゆる負の感情を混ぜ込んだ、故に何もない表情。

全てを諦めざるを得なかった、絶望のようなものを感じた。

 それを見た途端、私は彼を疑った事にひどい罪悪感を覚えた。

「ごめんなさい」

 気がつけばそう口にしていた。

 何が彼を絶望に追いやったのかは、私は知らない。けれど、彼はずっと苦しんでいる。

 きっと私が謝る事に意味はない。でも、彼にあんな表情を浮かばせたのは私なのは間違いなかった。

「謝らないで下さい。貴女に謝らせてしまうと、僕達はどうしようもない悪人になってしまう」

 苦笑する彼を見て、密かに安堵の息を吐いた。例え苦笑いでも、まだ笑っている方が、先のよりはずっと良い。

「むしろ謝らなくてはならないのは僕達の方です。本当であれば、貴女は死ぬ事はなかった。あの日は何事もなく帰宅し、変わらぬ日常を送る事が出来た筈なのに、僕達が巻き込んでしまったから」

「巻き込んだ?」

「貴女の命を奪った男、エストとの争いに、です」

 神具を持つ男の事だろう。最初にあの男から言葉を聞いた時は狂人の戯言かと思ったが、紛れも無い真実であったか。

「あの男の正体は何なの?」

 あれだけの腕と力を持ち、かつ神具まで備えた人物。そんな人間が世に知られる事なく存在しているなど、今でもまだ、夢か幻であったと言われても信じてしまいそうだ。

「詳しい正体は僕達も知りません。ただ彼は敵意を持ってトアの命を狙っている。それだけは間違いないですから」

「トア……?」

「あぁ、ベイルクーズ先生の事ですよ」

 愛称なのだろうか。あの無表情冷徹男と随分仲が良い様だ。

「質問してばかりで悪いのだけど、あのベイルクーズ先生とはどういう関係?」

「貴女と同じです。彼もまた一度命を落とし、僕が蘇らせたました。もう数年前の話ですが、以後僕の警護を買って出てくれています」

 そういう事を聞きたかったのではないのだけれど、どうもはぐらかされた気がする。まぁいい。

「話を戻すけど、蘇らせたっていうのは、一体どうやって?」

 魔術で命を作り出せないのは前述した通り。現在の医学でも、短時間の仮死状態からの蘇生ならば可能だが、それは単に一時的な復活に過ぎない。仮死となった原因を取り除かなくては再び死に向かうだけだ。

 私はエストという男によって命を落とした。それは何らかの殺傷を受けてのものだろう。死に至る傷を身に負って、仮に医学で蘇生出来たとしても、翌日までに傷を癒し、何事もなく過ごさせるなどどう考えても不可能だ。

「僕の魔力によって、ですよ」

 およそ私には考えつかない答えを、彼は平然と述べてくれた。

 人を蘇生する魔術など聞いた事もない。かつて述べた通り、魔術は人体の修復や補修などが難しい。よくて治癒能力の向上までしか至っていない。

 もしかすると、彼しか知らぬ魔術理論が……。

「っ!?」

 そこで漸く、魔術で人を蘇らせる可能性の一つにたどり着いた。

 だが、まさか、本当にそうなのか?

 そんなものが本当に存在するのだろうか?

「概ね貴女の考えた通りですよ」

 私の驚愕を読み取ったのか、彼が薄く微笑んで頷いた。自嘲にも似た表情だったが、それが私の考えを肯定していた。

「まさか、個性魔力……?」

 私の呟きに、彼が再び頷いた。



 この世界には、魔術を使える者、使えぬ者の、大きく分別して二種類の人がいる。前者は我々魔術師を含む、本当の意味での魔術を使える者達。

 しかし、後者は更に細かく分類される事がある。全く魔術を扱えぬ、本当の意味での使えぬ者達。だが、そのごく僅か、ある一点の魔術以外は使えない、という人間がいる。

 それが、『固有性魔力保持者』だ。

 固有性魔力とは、読んで字の如く、ある一種類の性質にしか反応しない魔力の事を指す。

 その限定された一種類というのは恐ろしい程に細分化されており、特定が非常に困難になっている。

 記録に残るかつての固有性魔力保持者は、『炎を生み出す事』が出来た。が、初期の頃は『炎の魔術を扱える』だけの固有性魔力だと思われていたのだが、詳しく調べて見れば、『炎の魔術』ではなく、『炎を生み出す事』しかできない、言ってしまえば保持者の魔力自体が炎そのものという、とても限定されている事が判明した。

 つまり炎の魔術として扱えていたのは生み出す過程の副次的なものでしかなく、真実は『生み出す事しか出来なかった』という訳だ。

 固有性魔力の細分化の法則は属性一つなどではなく、魔術を扱うまでの一肯定、場合によっては魔術の形にすら成り得ぬ程に細かい。

 この事実により、固有性魔力は魔術においては通常とは比較にならない程汎用性に乏しい事が明かとなり、『固有性魔力保持者』の保持特性の特定が非常に困難であるとの認識が広まる事となる。



「嘘よ、そんなの聞いた事もない……」

 呟く私は、しかし心の中では理解していた。

 彼の言葉は真実であると。私の中の彼の魔力がそう告げていた。

「命を特性にした……、個性魔力……?」

 自分が口にした言葉に、自分で怯えた。

 何故ならば、その事実は世界を壊す程の脅威でもあったから。



 細分化され過ぎて大半が役立たずの烙印を押された固有性魔力だが、一つだけ通常の魔力と比べ圧倒的な優位性を誇るものがある。

 それは、全ての魔力に等しく課せられる、対率変換効率ついりつへんかんこうりつと呼ばれるものにおいてだ。

 対率変換効率とは、魔力によって別の物質を生み出す際、物質に比例して必要となる魔力量を表す値の事。

 例えば、『1メートル四方の箱の中に水を満たすとして、必要な魔力が10であった』。これは『水を生み出す』事だけに必要な魔力量であり、一切の制御、操作を行わない事から、『1メートル四方の箱に水を満たすには、魔力が最低限10必要となる』と同意である。これが対率変換効率だ。

 仮にこれが他の物質であろうとも同様、『1メートル四方を満たすには、XY程の魔力が必要となる』のXYの数値が変わるだけだ。

 この変換効率は万人に適用されており、前述の方法で10以下で水を満たせた者はいなかった。

 だが固有性魔力は、この対率変換効率を完全に無視した法則を持つ。

 かつてヘヴン理論を提唱した魔術師、ウェイステン・ロンベリューは、自身の娘がこの固有性魔力保持者であった。彼は娘の魔力を研究し、この異常なまでの変換効率を持つ魔力を知ることによって、ヘヴン理論を提唱するに至ったと言われている。その恐るべき変換効率は、通常の魔力の優に百倍から千倍と推定された。

 彼の研究において幸を奏したのは、娘が大半の役に立たない固有性魔力保持者とは異なり、『炎を生み出す』事に特化していた事だ。この固有性魔力の特徴を解明することにより、あらゆる分野で革命が起こる事になると、彼は確信したのであろう。



 驚愕はやがて恐怖に変わる。私は、無意識の内に震える手を胸に抱えていた。

 命を作り出す魔力。そしてそれが固有性魔力であるならば、世界は必ず狂うだろう。

 不死は多くの者が望む奇跡でもある。手に入れる事ができるなら、争いさえ辞さないと考える者もいるはずだ。

 不死を望む者だけではない。親を家族を、愛する者を蘇らせたいと望む者は世界中のどこにだっている。

 事はそれだけでは済まない。

 何度でも蘇る事ができるのなら、人は死を恐れなくなる。それは戦争において、不死の軍団を持つのと同意だ。彼を手に入れた国が、世界を支配するといっても過言ではない。

 そこに彼の資質は関係ない。例え彼が聖人であろうとも、世界が彼を求め、奪い合う。

 彼が世界を狂わせるのではない。世界が彼を求めて狂うのだ。


「……本当に、いくら謝罪の言葉を述べても足りません」

 黙り込んだ私を見て、彼が言った。声には、苦渋が満ち満ちていた。

「誰も巻き込みたくはなかったんです。できる事なら貴女は、このまま何事もなく、一生を終えるまで知らぬまま変わらない日常を過ごす筈だった。知らぬままでいて欲しかった。

 けれど、そうできなかったのも全て僕のせいなんです。僕のこの魔力が、貴女を貴女でいさせなかった」

 やはり、彼は自身の力を嫌っている。

 彼の悲痛な思いが、彼の魔力を通して私に訴えかける。

 彼がいかに私を関わらせまいとしたか。彼がいかに私を日常に留めたかったか。

 彼が、いかに己の存在を疎んじているか。

「僕の魔力は、吹き込まれた者の意志を束縛します。おそらくは、蘇った者が僕自身に害を成さない為の安全装置の様なものでしょう。

 それは本人すら意識できない程に、心の奥底に作用します。吹き込まれた僕の魔力が多ければ多い程、強ければ強い程、比例して蘇生者の意識は強く影響されるでしょう。そして束縛されている本人は、その影響を自身の幸せへと結び付けられるのです。

 わかりますか? 僕の魔力を受けた者は、僕に仕える事を至上の幸福だと錯覚するのです。それが卑怯にも、本人の知らぬところで……」

 あぁなるほどと、かつての私を思い浮かべた。

 何かに導かれる様に、争いの道へと身を投じた私。行かなければならないという焦燥感は、そのせいだったのだろうか。

 そして彼と相対し、感じた喜びと、己を疎む彼の言葉に身を切る様な辛く悲しい思い。

 おそらく私が否定したところで、彼は信じはしないだろう。全ては、操られた私の魂が成した事と。

 だから言葉ではダメだ。否定でも肯定でも、今の彼にはなんら耳に、心に届かない。

 俯き、謝罪と自分への呪いを吐く彼に、私は静かに歩み寄る。元々小さな家だ。数歩で彼の傍らに立てた。

 はっとして顔を上げた彼の頭を、抱える様にして抱きしめる。

「確かに、貴方は許されない事をしたのかもしれない。私の人生を狂わせ、不幸な道を歩ませているのかもしれない」

 そう口にはしたが、今の私は不幸は感じているわけではない。むしろ、彼を抱きしめる事ができて幸せすら感じている。

 なるほどこれが魔力による影響かと、頭の片隅で思い浮かべたが、そう悪くないじゃないかとすんなり受け入れている。もしかするとこれも魔力によってそう思い込まされいるだけかもしれないが。まぁ、小難しい事はこの際どうでもよかった。

「これからも貴方が生きていく上で、こんな事が幾度もあるかもしれない。もっと酷い事だって。

だったら、貴方は強くなければ。そうならない様に。そうさせない様に。

 過ぎた時間は戻せない。そりゃ遠い未来で時を巻き戻す魔術が編み出されるかもしれないけれど、現実に今はそんなものは存在しないから。もう私は戻れないなら、そんな私を利用するぐらいの強さを持って。私の様な人を増やさない為に。

 私は、ちゃんと手伝うから」

 言い終え、頭を包む腕に力を込めた。突然の抱擁に、最初は固まっていた彼も、次第にその力を緩めていった。

 彼は多分、過去ばかり見ている。どんな過去があったのか、どれほど辛い思いをしたのか、私は想像でしか知り得ないけれど。

 だからこそ、彼に伝えたかった。前を見ないと、と。

 後ろばかり見ていれば、また誰かにぶつかるかもしれない。そしてぶつかった人を見て、また誰かにぶつかる。それじゃあ救われない。

 私に何ができるのかはわからない。でも、振り返りそうになった時、前を見るように言うぐらいはできるんじゃないだろうか。

 この程度で彼の悩みが解消されるなんて毛頭も思っていないけれど、少しはマシになった様だ。それは魔力越しにも感じられた。こういう時は便利かもしれない。

 どのぐらい経ったか、やがて彼が居心地悪そうにモゾモゾと動きはじめた。名残惜しさを感じつつ、腕を緩める。

「その、ありがとう。少し楽になりました」

 この高さだと、私の胸に彼の頭が来る。我ながら随分と大胆な真似をしたものだと思いながら、私を見上げてはにかむ彼と目が合った。

 ドキリと胸が高鳴る。黒曜石の様な瞳は、魅入ってしまう程に美しい。見た目はどう見てもみすぼらしい彼だが、その瞳だけが相反している。どうしても目が離せない。

 私はゆっくりと腰を曲げる。近づく顔は、互いの息がかかるまで縮まった。

 自分が何をしようとしているのかは自覚している。

 キス。微かに記憶にあるだけで二回。これで三回目になるのかな。

 こんな行動全く自分らしくない。異性になんら興味を持たず、恋なんて時間の無駄だと思っていた自分が、今進んで口づけしようとしてるなんて。でも仕方がない。だって私は彼の魔力によって影響されているのだから。これは自分の意志じゃなくて操られてるんだから。決して私が彼にキスしたくてやってるんじゃなくて、魔力が私を操ってキスしたくなっているだけなんだ。そう。だからいいんだ、キスしても。

 間もなく唇が触れ合おうとして、私は瞼を閉じる。訪れる甘美なる感触を期待して胸がさらに高鳴った。

「……ただ今戻りました」

「ひゃあぁっ!?」

 しかし、それは背後からかけられた絶対零度を誇る声によって遮られてしまった。

 慌てて振り返って見れば、あのにっくきベイルクーズが睨みつける様に私を射抜く。

「あ、あぁ、お帰り、トア」

「な……、あ……」

 なんたるバッドタイミング! もうちょっと空気を読めないのかこの男は! っていうか気配消してやがったなこの野郎!

「あ、えっと、ご苦労様だったね」

「は、有難うございます。やはり本日も襲撃がありました。深手を追わせたので、しばらくは手を出してはこないでしょう」

 労う彼も、どこと無く気まずさを滲ませていた。そんな様子を敢えて無視し、ベイルクーズは淡々と報告した。

「そ、そう、本当にご苦労様。今日はもう休んでくれていいよ。いつも有難う」

「……一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「えっと、何かな?」

 ベイルクーズは、私とは反対側まで歩み寄る。

「先程の戦闘で、かなりの魔力を消費してしまいました。ついては魔力の補給をお願いしたいのですが」

「なんだ、そんな事か。わかった。後で――」

「申し訳ありません。いささか消費した量が多く、直ちに補給して頂きたいのです」

「え、いや、でも」

「可及的速やかに魔力補給を行う為、緊急時の対処法を取らせて頂きます」

 へ――、と戸惑いの息を漏らした彼の顎を掴み、嫌な予感がした私はしかし止める間もなく、ベイルクーズの頭が彼の顔に覆いかぶさる。

「んぅっ!?」

 くぐもった悲鳴は、彼の口が塞がれている事の証左だった。

 何にって? 考えるまでもないだろう!

「ち……、ちょ、ちょっと、何してんのよ!?」

 いや何してるとかは見ればわかる。すぐ目の前、特等席だし。

 でも駄目でしょう? だってそんな、男同士だなんて、……ねぇ?

 背徳というか、禁断というか、薔薇っぽい雰囲気漂う空間は、ベイルクーズが顔を上げるまで続いた。

「無論、魔力補給だが?」

「しれっと答えるな変態野郎」

 今のどこが補給だ。捕食の間違いじゃないのか。やたらでぃーぷだったぞ。見ろ彼を、なんかもうヨレヨレじゃないか。

 っていうかあれか。キスが魔力補給って、相手の性別が同性だともはや拷問にしかならないんじゃないか?

「と、トア? 急にどうしたのさ。いつもは儀式で間に合ってるのに、なんで」

「……儀式?」

「申し訳ありません。何分急を要したもので」

 一歩下がって恭しく頭を下げるベイルクーズ。その動作は見事なものだったが、申し訳なさは微塵もなかった。むしろ晴れ晴れとしてやがる。

「儀式って、なに?」

 彼の言葉に重要な単語があった。魔力補給は儀式なるものでも可能という事なのか。

「普段は口づけの魔力供給はやってないんです。儀式とは、便宜上そう呼んでいるだけで、実際儀式らしい事は何もやりませんけれど」

「……例えば?」

「魔力を渡す相手の背中に手を当てる、ぐらいです」

 あ、そんなのでいいのか。びっくりした。もしこれがむさ苦しい相手だったら、トラウマになるんじゃないかと思ったところだった。

「って、いやいや、それじゃあ……」

 つまり、キスじゃなくても魔力供給は可能?

 思わずベイルクーズの方を見遣る。

「なんだ?」

 相変わらずの無表情だった。

 それじゃあ、さっきのキスはなんだ。いや、なんとなく予想はついてる。

「……キスじゃなくてもいいんだ?」

「そうだが、急を要したと言っているだろう」

 そうかぁ? なんとなく胡散臭えぇ。

「でもトア、供給した魔力は殆どなかったけど」

 あ、ベイルクーズが顔を逸らした。しばらく何かを考えた様子だったが、やがて向き直る。

「おかしいですね。上手く補給できなかったのでしょうか。ならばもう一度」

「通ると思うか変態野郎」

 やっぱりかこいつ。単に私の邪魔して、自分がキスしたかっただけか。

 再びキスの態勢に向かおうとしたベイルクーズを、私が阻む。途端に睨みつける視線に戻り、彼に向ける視線に比べたらなんと刺々しい。やっぱり私はこいつが嫌いだ。

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