プロローグ 命を無くして
足を踏み入れて来てくれた方に初めまして。海鼠です。
初投稿ということで、拙いながらも頑張っていきたいと思います。
誤字脱字、矛盾などのご指摘を頂けると有り難いです。
ゴポリと口から何かが零れた。温かいそれは、口だけでなく胸にあいた穴からも流れていく。
生命の赤い水。人にとってなくてはならぬもの。
それが、私の体から零れていく。
もはや手は動かず、否、動いたところでこの致命傷ではなんの意味もない。
体が凍りついたように冷え、五感の機能が次々と停止する。
即死ではなく、失血によるゆるやな死。
避けられぬ運命として、目の前に訪れた悲劇は、間もなく私の人生の終わりを告げる。
数多に在る悲しき出来事の一つとして、誰にも知られる事なく終わるはずだったこの時を、見守る観客がいた。
「……トア、相手は?」
ため息混じりな、酷く疲労感を漂わせた声色が、星が瞬く夜に響く。
「逃げられました。おそらく、向こうにとってもイレギュラーだったのでしょう」
観客は一人じゃない。先よりもさらに低いの声色を持つもう一人の人物。
少なくとも今ここに二人の人物が、灯が消え去ろうとする命を眺めていた。
「……お知り合いですか」
「ルマリア・ウィージニス。研究科の生徒の一人だよ。彼女は僕の事を知らないだろうけれどね」
少年らしさの残る声色が、私の名を呟いた。
けれども、私にはもう考える力は残っていない。
唯一残った耳だけが、彼等の言葉を『音』として聞いていた。
「畏れながら申し上げれば、これは不運な事故です。貴方様が責を負う必要はありません」
「だめだよトア。どうであれ、彼女は巻き込まれたんだ。そして巻き込んだのは他でもない僕なんだ」
「しかし……」
「トア」
「……承知しました」
足音が遠ざかる。それは一つだけであり、まだ一人はここにいた。
「……ごめんね」
謝罪の言葉は、まるで懺悔のようだった。
これから起こる、否、これから起こす絶望の奇跡に対しての。
「全ての責は僕が負う。だから、例え仮初めであっても、君は生きる権利がある」
そっと、もはや何も感じない筈の唇に、微かな温かさと感触。
それを最後に、私の意識は完全に闇に没した。