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出会い

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 一人の青年が雄たけびを上げながら全力で疾駆する。


 これが魔物へ突貫なら勇ましさも出るだろうが、彼は雪崩の様な魔物の群れから絶賛逃走中だ。


 命を懸けた逃走劇の最中、彼の首に巻き付いたペンダントから声が響く。


『クルト、いくら君でもこの数を相手にはどうにもならないだろう。私と契約したらどうだ?』


「お断りに決まってんだろっ!」


『ならもっと気合を入れて走りたまえ、流石の私も魔物の胃袋の中で時を過ごすのは御免被る』


「クソがあああああああああああああああああ!」


 悪態をつく青年、クルト・ベルクマンが賢者を自称する悪魔のような石ころと旅路を共にする事になった発端は、今から数週間程前の事になる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クルトは冒険者ギルドから依頼を受けて山奥の村近くで魔物を討伐した帰りだった。


 整備も殆どされていない林道を歩いていると彼の視界の端に切り株に腰を下ろしている人影を見た。


 質の良さそうな汚れ一つないローブを着た白髪の人物は荷物も無くただポツンと座っており、不審に思いつつもクルトは話しかけてみる事にした。


「おいアンタ大丈夫か?」


 顔を上げた人物は、白髪故に老人かと思われたが、見れば顔立ちの整った年の近そうな青年だった。


 キョトンとした彼の顔を見て、クルトは僅かに警戒しつつも、努めて明るく声を掛ける。


「俺は流れの冒険者だ。荷物も何も無いようだが何かトラブルか?良ければ力になるぞ」


 そう言ったクルトをまじまじと見て、数秒静止した後、青年は表情を綻ばせた。


「いやぁ、実は少し困っていてね、相談に乗って貰えると助かるよ」


 警戒心を一切感じさせない青年に逆に若干面食らったクルトだが、それはひとまず置いて荷も無く佇む理由を問うてみる事にした。


「それで、どうしたんだ?」


「実は連れと喧嘩してしまってね、身一つで置いていかれてしまったんだよ。土地勘も無いのにね」


 青年は両手を広げて何もないとジェスチャーをした。


 この辺は殆ど魔物も出ず比較的安全な地域たが今回討伐依頼が出たように、出る時には出てしまう。


 それに初対面相手に非武装宣言もいささか不用心が過ぎるとクルトは思った。


 邪な人間だったら襲われて青年の上等な衣服と最悪命まで奪われるだろう。


 流石にこの不用心な青年を一人置いていくのは気が引けてしまう。


「それは災難だったな。俺はこのまま街道に出てから北上して街まで行くが一緒に来るか?」


「有難い話だけど見ての通り持ち合わせが無くて、冒険者さんに報酬として上げられるものは無いんだよ」


 バツが悪そうに頬を掻く青年。


 冒険者とは依頼への対価で日々の糧を得る職だ。


 そして青年の知る冒険者の大半は利も無く人を助けるような人種では無かった。


 自身を助ける益は無くても良いのかと、暗に青年は問いかけている。


「そんな事気にするなよ。元々行く予定の場所に行くだけだ。それでも気になるってんなら…歩きがてら話し相手にでもなってくれよ。生憎と一人旅でな、道すがらの話し相手は貴重なんだ」


 青年はクルトをじっと見つめる。


 クルトを見定めるような、真剣で、深く、見透かすような視線。


 それは一瞬の事で彼はすぐに笑顔を見せた。


「それじゃあ悪いけどお願いしようかな、僕はテオ・グラス、よろしくね」


 そう言ってテオは手を差し出した。


「おう、俺はクルト・ベルクマン。よろしくな」


 クルトは差し出された手と握手を交わし、再び林道を歩き出す。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 テオは魔法関係の品を扱う商人だそうで商品の話をしてくれた。


 魔法の知識が浅いクルトには彼の話は新鮮で面白い。


 その中でも特に興味を惹かれたのは魔導具についての話だった。


「最近帝国領の賢者が古代文字の解読に成功したそうだよ、それを応用して魔法陣の魔力効率が上がるみたいだね。同じ魔力でも魔導具がより長く使えるようになりそうだよ」


「へぇー」


 魔法に詳しくないクルトだが、魔法がもたらすその便利さは理解していた。


 魔石等に込められた魔力を用いて人の生活を助ける利器、魔導具。


 クルトの持ってるランプも魔石に込められた魔力があればいつだって明かりを灯せる。


 そんな便利な品を使うコストが下がるなら有難い事だ、魔石の値段も安くはない。


「まぁ手頃に買えるならランプ位は買い換えたいな」


「帝国主導で量産するらしいから、出回るまで時間は掛かるだろうけど値段は手の届く範囲だろうね」


 商人の見立てなら信用できそうだと、満足そうに頷くクルトを見てテオは話を続けた。


「でも冒険者ならそれより良い話があるよ」


「良い話?」


「儲け話さ、何を作るにしろ量産するなら相応の材料が必要だし、未踏域の開拓や物流の護衛、冒険者として腕に覚えがあるなら帝国領はこれから良い稼ぎ場になると思うよ」


「それは…確かにいい話だな」


「だろう?さっき流れの冒険者って言ってたし、場所に拘らないなら少し遠いけど行ってみるといい。今から行ってもいい稼ぎになるだろう。僕も今後暫くは帝都で商売するつもりなんだ」


 クルトは少しの逡巡の後に返答する。


「そうだな、稼げそうなら折角だし行ってみるか、為になる話をありがとうな、テオ」


「なに、護衛代みたいなものだよ」


 と言いながらテオは穏やかに笑った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それから暫くして、目当ての街に到着した。


「いやぁ、助かったよ。ありがとうクルト君」


「いいって、俺も楽しかったしな」


「…そうだ。良かったらこれを貰ってくれないかな?」


 そう言うとテオは懐から小ぶりな赤い石のペンダントを取り出した。


 差し出されたそれを受け取ってかざして見る。


「ルビー?一度約束したんだ。儲け話も聞かせて貰ったし、金目の物は要らないぜ?」


 そう言ってテオに返そうと差し出したが、彼はそれを受け取らなかった。


「申し訳ないけれど、金目の物って訳じゃ無いんだ」


 こんな美しい宝石が?と内心理解できないクルトは首を傾げた。


「オリハルコンという鉱石を知っているかい?」


「途轍もなく希少で高価だって話位は」


「魔力を込める魔石としても、魔法の触媒としても、鋳造して武器にしても、あらゆる使用法で一級品、別名『全能の石』この大きさなら王国首都の一等地に家が建てられるかもね」


「話の流れ的に…これがそうだって?」


「察しがいいね」


 そう言ってテオはニコリと笑った。


「滅茶苦茶金目の物じゃねぇか…」


「事情があってね、売り物じゃないし、売るにしても商品価値はあまり無いんだ」


「というと?」


「既にエンチャントされている。それも非常に高度な。一流の付与魔法使い(エンチャンター)でも解除できず、どんな魔法が入っているかも分からない。魔石として使おうにも余程エンチャントに容量を使っているのかミスリルとかのそこそこ良い魔石程度にしか魔力も込められない。付与魔法の効果か知らないが鋳造もできない。だからこれは少し良い魔石程度の物でしかないんだ」


「どんな魔法か分からないのは怖いな」


「そうだね、ただ、これをくれた魔法使いは言っていたよ『これには魂が入っている』って」


「魂?喋りだしたりでもするのか?」


「どうだろうね?結構長い間持っているけれど…10年程は喋ったりしていないね」


 10年持っていて喋らないなら魂が入っているというのは眉唾なのだろう。


「そ、そんな物を…どうして俺に?」


 当然の疑問がクルトの口から出た。


 それに、待っていましたとばかりにテオは頷いた。


「正直持て余していてね。手放したかった」


 『人の魂が入っているという曰く付きのペンダントを持て余していて手放したい』


「滅茶苦茶呪われそうじゃねぇかっ!?」


 そしてクルトはハッと何かに気付いたかのようにテオの頭を見た。


「お…おおま、おま、わ、若いのに白髪って珍しいと思ったが…ば、婆ちゃんに聞いた事あるぞ…お、お化けに襲われると…寿命を吸い取られて…し、白髪になんだろぉ!?」


「プフッ…クククク」


 クルトの全く的外れな言葉に思わずテオは笑った。


 調子を戻すように一拍置いたテオは言う。


「僕の白髪は元々だよ。持て余すというのは…そうだね…ペンダントの元の持ち主から手放して欲しいと言われたから、貰ってくれる人を探しているんだ」


「…それで何で会ったばかりの俺なんかに渡すんだ?」


 理由を話す際に少し考える間のあった事に引っ掛かったが、とりあえず話を深堀する事にした。


「君が良い人だからさ。ペンダントの持ち主の希望は『善人の手に渡る事』。そしてそれは僕の願いでもある。これに魂が入っているのなら優しい人に持っていて欲しい」


「俺のやった事なんて道案内くらいだ。んな事誰だってするだろ?」


「もう一つ大きな理由は君が冒険者だという事さ。どうせなら広い世界を見てもらいたいだろう?でも僕の知る限り冒険者という人種は何というか…その、粗野な人が多い気がしてね。君の様な人となりは珍しいと思った」


 クルトはその言葉にフォローを入れようと今まで出会った同業者に思いを巡らせて、濁して言えば粗野な人物が多い事は否定できないと思ってしまった。


「あー、まぁ、そうだな」


「別に活動範囲の広い人なら行商人とかでも良かったんだけど、君と話していたら…なんとなく君みたいな人だと嬉しいと思ったんだ」


 そう言うとテオは屈託なく笑う。


 クルトも臆面無くそう言われると悪い気分では無かった。


「……本当に呪われたりしないよな?」


「ハハハ、少なくとも僕が知る限り、所持者が実害を被った事は無いよ」


「まぁ、そういう事なら受け取っておくよ。もし本当に魂が入っているなら、侘しい一人旅のいい相棒になるかもしれないしな」


「ありがとう、そう言って貰えると嬉しいよ」


「そういや、街まで着いたはいいが、行く当てはあるのか?貰うもん貰っちまったし今日の宿代くらいなら出すけどよ」


「気持ちは有難いけれど、早く帝国に行きたいし、丁度出発する隊商に知り合いが居るはずだから乗せて言って貰うよ」


「そっか、気を付けてな、もし帝国で会えて商売再開できてたら何か買わせて貰うよ」


「フフッそれなら帝都に来れば新型の魔石ランプを用意しておこう。それじゃあ友人達、良い旅を」


 そう言うとテオは手を振って大通りの雑踏に消えていった。


 友人達、テオからしてみれば魂が入っていると言われて十数年持っていたペンダントだ。思い入れもあるのだろう。大雑把な性格を自負するクルトだが、このペンダントは大事に扱おうと思った。


 しかし首に掛けるのも何だか怖かったクルトはペンダントをそっとポケットに入れ、その場を去った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ギルドへの依頼報告や日用品の購入を終え、宿で眠っていた時の事だった。


 微睡の中じゃらじゃらという金属音が聞こえた気がした。


 そして、目を覚ますと、クルトの首にはサイドテーブルに置いたはずのペンダントが掛かっていた。


 しかも何だか念入りに二重に巻かれている。


 緩めて外そうとしたが何故だか鎖の長さが足りずにどう足掻いても外せない。


「やーっぱり呪われてるじゃねぇか…」


『呪いではない』


 どこからともなく聞こえるその声にクルトの顔はサーっと青くなった。


「お、お化け!?」


『お化けでもない、昨日も思ったが君はどうにも臆病なようだな』


 固まって動けないクルトを他所に呆れるようなその声は話を続けた。


『とりあえず、説明せねばなるまいな。我はこの石に宿る―――』




                  『賢者の意思だ』

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