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短編(アヤナ2):大好き、アヤナ姫!

「んーっ!」

 アヤナは朝起きて。ベッドから降りると大きく伸びをした。

 部屋の中にはぬいぐるみが一つ。

 ベッドやカーテンも、いつものピンク色に近いものでなく、白いものだ。

 ……アヤナは。普段、彼女が住んでいた王都ガルディアではなく今は魔法都市ラクスの別宅。

 そう。落ち着いてきたので、これからはこの別宅で寝起きし魔法都市ラクスでの生活をおくるのだ。

 ラクスに到着した日は客室で眠ったが、これからはこの部屋を自分の生活拠点とする。

 魔法都市ラクスに到着して、色々とやることがあった。手続きもだ。正式な滞在許可やら重要人物に顔を出して挨拶やら。

 ここらへんの『交流』もアヤナの『仕事』であったが、アヤナは先天の朗らかさからどんな有力者とも仲良く出来た。


 しかし。『人生最大のミッション』は……初手から躓いた。

 『ウェイン・ロイスの一番弟子にしてもらう』……はずだったのに。書類が回っていないとかで、門前払いを受けた。

 そもそも、なんで『弟子入り』したいのかと言うと、本来はもともと『結婚』のはずだった。

 その結婚はもちろん政治的な意味のものだったが。まだ本人が結婚に乗り気でないことので、とりあえずは距離を縮めようと『弟子入り』の形になったのだ。

 最初に会った時は、彼はなかなか魅力的に見えた。普通に家庭を持ち、愛を育んでいける男性だと思えた。

 それに彼はそもそも魔法学院に在籍していて、普通に行動しているという事実は……最低限の社会性はあろうはずだろう、し。

 悪い話も聞かないし、周囲とも上手くやっている人のようであるし。


 アヤナは気を取り直し体勢を立て直す。

 今日は魔法学院に通い、これからの師匠となる『ウェイン・ロイス』のお手伝い……そう、助手のようなことをしようと思っていた。

 正直、魔法学院には政治力でねじ込んで貰った。その程度の低レベルの『魔法使い』が、あのウェイン・ロイスの足を引っ張ってはならない……そう思ったからだ。なので単純に雑用をする気で居た。


 柔らかい、エメラルドグリーンのパジャマを脱いで。魔法学院の制服を着る。


---


 魔法学院の入り口に到着する。

 そこは確かに荘厳ではあったが……パン屋の出張販売なんかがあって、かなり庶民的な感じでもある。

 アヤナは魔法学院のラウンジを通り、階段を進んで。

 これから所属する『ウェイン研究室』の部屋と歩を向ける。

 彼くらいの実績やら能力があるなら、そんな研究室を持っていても不思議ではないけれど……しかしそもそもの相場がわからないので、よくわからい。

 でもアヤナは。ウェインが……『魔法使いとしてのウェイン』がどんな研究をしているのかも、まだ具体的には知らない。

 トコトコその部屋に歩いて行くと。

 彼。

 『ウェイン・ロイス』がその教室の中から顔を見せた。

 ……同じ制服なはずなのに、何となくダサいと言うか。明らかにオシャレに気を遣っていない人種である。

 彼はアヤナの顔を見ると、少し声を出して慌てている。

「アヤナ姫! こっちへ!」

「ウェイン様?」

「急いで!」

 言われるまま、小走り。

 彼はその教室にアヤナを招き入れる。

 そこには20人程の人間が、一方向に向いて席に座っていた。

 彼……ウェインは、教壇の方に小走り。アヤナも彼に続いて、小走り。

 ウェインはアヤナにペンを渡してきた。

「アヤナ姫、ここ、ここにサインして! 早く!」

「?」

「ヘンな壺とか売りつけるわけじゃないから! 早く!」

 と、そこで。


 きーんこーんかーんこーん。


 チャイムが鳴った。

 ウェインは軽く顔に手をやり、それからアヤナに軽く頭を下げた。

「ごめん、時間だ。流石に時間まで押し通すほどの寛容さはない」

「はぁ。……どういうことですか、ウェイン様?」

「申し訳ない。アヤナ姫は今回、試験を受けることが出来ないと言うことです。今度の試験まで待って下さい」

 少し悲しそうに顔を伏せてから、ウェインは受講生達に合図を言った。

「では皆さん、テストを開始してください」

 色々な人が、真面目な顔で書類か何かに取り組み始めた。

 アヤナはウェインに言う。

「ウェイン様」

「何?」

「先ほど……何か私も試験を受けるような口調でしたが」

 ウェインは少しポカンとしてから……


「受けないの?」


 と素朴な瞳で聞いてきた。

「え。えぇと、ですね。私は試験を受ける気持ちは特になくて……」

 ウェインはさらに、奇妙な表情でアヤナを見る。

「じゃあアヤナ姫は、何で学院に来てるんですか?」

 そう言われても、アヤナも困るが。

「いえ私は、ウェイン様の助手のような形でお力になれるよう、誠心誠意、全身全霊、粉骨砕身、清廉潔白、一所懸命、立直一発、清涼飲料、鎧袖一触、南斗虎破龍、全力でウェイン様の補佐を努めさせて頂きます」

 ウェインはその言葉に少し考えてから、

「……アヤナ姫は、何のために学校に来ていらっしゃる?」

 何のため、と言われても。

「えぇとウェイン様。それは……哲学的な意味でしょうか?」

「いえ、わりと。大雑把な感じで。履歴書的に、とか」


 アヤナは肯く。

「確かに履歴書的に見栄えはしますわ」

「そうです。アヤナ姫はフランソワーズ家のご息女。卒業すれば箔もつきます」

「はい」

「ご縁談なども、うまくいくようになるかと」

 その縁談を蹴ったのはアナタでしょ、とか思ったが。彼は『まだその気はない』というだけで、フランソワーズ家や、『女の子・アヤナ』は嫌っていないはずだった。そもそも知らないっぽかった。

「そうですね……確かに箔がつくと言うだけでも、良いことかもしれません」

 するとウェインは、少し真面目な顔で人差し指を立てた。

「アヤナ姫。箔がつくならば……履歴書的に、ですよ? 魔法学院『卒業』と『中退』では、どちらが箔がつくでしょう?」

「もちろん『卒業』です」

 そりゃそうだ。アヤナは正直、この人が何を言っているのか分からなかった。同年代……いや年齢は全く同じだったはず。今までの人生で、見てきたモノが違うのか。

 あるいは、彼は『アッシュの再来』だ。何か凄い考えがあるのか。


 ぼんやり思って、ふと見ると。試験を受けている人間が、持ち込んだノートや辞書を見ている。ああ、そういう系のテストなんだな……と思った。

 ウェインはまだ真面目な顔だ。

「アヤナ姫。魔法の訓練は自宅でできる。分からない時や『型』が必要なら手引き書がある。なのに。どうしてみんな、わざわざ『魔法学院』なんかに『来る』のか」

「そう……言われましても」

「言い換えるならば。こうではありませんか? 『彼らは、卒業するために入学するのだ』……と」

「はぁ。……えぇと、やっぱり哲学的な何かのような」

「違いますよ姫。そして、こうなる。彼らは入学した時点で、もう遅かれ早かれ卒業してる……と」

「……は、はぁ!?」


 彼は(まだ)真面目な顔で言ってくる。

「魔法学院の入学にはそれなりの魔法の試験があります。これはまあ……ぶっちゃけどうでもいい。大器晩成型とかもいるし。で、実際に入学したら。後は自らの術を磨くはずです。研鑽に研鑽を重ね、試行錯誤を繰り返し、高みを目指す……それはどんなレベルでも同じ。『卒業までやり続ける』んですよ。もっと言えば『死ぬまで』でしょう。だから『魔法学院の卒業』ってのは……どうでもいいんです。それが『早いか・遅いか』の違いだけ。だから『卒業』そのものは別に……どうでもいい」


「そんな……無気力主義みたいに言われても」

「いえ本人は勝手に努力するでしょ。本当にやりたいなら」


 そこで試験を受けている人が手を上げて、声を上げた。

「ウェイン先生」

「何です?」

「ここの術式がわかりません。答えはどういうものでしょうか」

「ツーで良い。フォーが望ましいが、安定性を考えると、ツーで良いし普通はそちらだ」

「ありがとうございます」


 今のやり取りに。アヤナは少し違和感を覚え……一秒後、ぶっ飛んだ。

「うぇ、ウェイン様! 今、答え! 答えを!?」

「ん? あぁ、はい。もちろん」

「どうしてです!?」

「え。わからない、って言ったから」

「教えたんですか?」

「はい。……何か問題だった?」

 ウェインは不思議そうな顔だ。アヤナは言う。


「いえ、あの。テストって……私が普通学校で受けたのと違うな、って……」

「へぇ。アヤナ姫は家庭教師ではなく学校で勉学を?」

「ええ、はい。いえ、それより……今、答えを!?」

 ウェインは不思議そうに呟く。

「だって、わからないって言うから」

「そんな、それじゃテストの意味は……!?」

「いえアヤナ姫。さっき言ったのと同じなんですよ。試験に通るのも『早いか・遅いか』の違いでしかない」

「え? え!? でも、そんなので、魔法学院卒業生だとは……」

 するとウェインの目が鋭く光ったように見えた。


「姫。私の教えで最大のモノがあります。それは『自分の実力をわきまえろ』と言うもの。ウチの研究室から出て行った人間で、まだ色々と『モノ』にできていない場合……『わきまえろ』、と言ってあります。わきまえてない人間を、俺は絶対に守りません」


「『わきまえろ』……?」

「はい。そんな人間は。学院を卒業しても履歴書に書くな、ってことです。もし何かが足りないなら、後は自分で修練すればいい」

「……」

「背伸びして、職場なり何なり他の環境に行った場合。挫折も『早いか・遅いか』の違いです。やっぱりどうでもいい。自分を磨きさえすれば。やり続けさえ、すれば」

「で、でもウェイン様……。逆に、他の環境で伸びるとかも……」

「はい。でも、もちろんその成長も、『早いか・遅いか』の違いです。やっぱりどうでもいい。自分を磨き続けるのであれば」


 アヤナは奇妙な感覚で、ぽかーんと口を開いていた。


 そこで、また他の試験生から、別の声が上がる。

「ウェイン先生、この術式について教えてください」

「何です?」

「ここの術式。これとこれ、どっちがいいんですか? 教えてください」

 ウェインは考えて……

「それぞれの利点と欠点は」

「はい。それは把握しています……が、決め手に欠けます」

「安全性の問題は」

「基本はどちらも安全ですが、後はつぎ込めるリソース次第。しかしここを、どこまで突き詰めるかは別問題です」

「コスト的な問題は」

「いえ、それも決め手に欠けます。個人で習得する場合も大規模施設で配備する場合も。イニシャルコストはともかく、ランニングコストまで考えてしまうと」

「政治的な問題は」

 その試験生は少し虚を突かれた感じで。

「今現在、一般的にはこっちです。確かによく使われてます。が、しかし、それが全てではないはずです。単純に発注側のニーズに応えた……というか、たまたま都合が良かったのが、こっちの術式だと言うだけで」


「それでもなお、選べない?」

「……はい」


 するとウェインは肯いた。

「キーニ先生の研究室に興味はあるかな?」

「え?」

「後でキーニ先生に推薦状を書いてもいいよ」

 するとその受験生は立ち上がり、頭を下げた。

「ありがとうございます、ウェイン先生! お願いします!」

「おっけー。キーニ先生にも後で言っておくよ」

「本当にありがとうございます!」



 アヤナは呟くように、言った。

「なんか、さっきの人と親切度が違うと言うか」

「そう?」

「今の人は、なんかこう、親身と言うか……」

「だって、どっちがいいか分からないって言うから」




 ぼんやりと、そんなウェインを見るアヤナ。

 その『面白い』存在? 考え方? に一層の興味を持ったのは事実だった。



 しかし、それだったら。




 この時点で

『アナタ、私と結婚する気、あります?』

 と聞いておけば手っ取り早かったのでは……と、後になって思った








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