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07.『聖女』さまが死んだ

『聖女ユイ』が死んだ。


 この情報は取り急ぎ箝口令が敷かれたが、大掛かりに聞き込みがなされているので広まるのは時間の問題だろう。


 死因は毒で、お茶請けにした焼き菓子に混入していたのだが、この菓子はユイが自ら貰ってきたもので下手人は不明。

 ユイ本人が「貰った。これとお茶、食べる」と給仕に伝えていたことを複数人が証言している。ユイが疑うこともなく自ら貰ってきたもののため、毒見はされなかった。

 また即死の毒ではなく、苦しみが暫く続く毒が用いられたことにより怨恨が疑われている。


 灯花も容疑者の一人とされたが、ユイが焼き菓子を貰ってきたであろう時間の前後を含め、かなりの時間を使用人向けの図書室に滞在していたことを、多数の人間が目撃しているためすぐに容疑を外された。

 何より、灯花が真犯人だった場合は毒を入手するための伝が、まず後ろ盾である辺境伯しか浮上してこないのもあり、政治的な問題になることを恐れた担当者はすぐに灯花を無実だと認めた。


 それにより灯花のアリバイが確定したため、逆に何か異変はないかと『聖女ユイ』の持ち物の確認を求められることになった。


『スマホは電池が切れているし、衣装は担当者が管理しているから私が見るものといったら、彼女には申し訳ないけど日記くらい――ん?これ保険証……?』


 日記の栞代わりに挟まれていたのは、何故か彼女のものと思われる保険証。

 記載されている名義は湯井戸(ゆいど)花子(はなこ)、生年月日は――


『私のひとつ上……?』


 彼女は初対面のときに十七歳だと言っていた筈で、振る舞いも十代の若者のもののように思えた。

 ――別に異世界で年齢をサバ読みするなとは言わないが、もう少しなんとかならなかったのだろうか。二十五歳はまだ若い、灯花はそう思う。

 名前についても、これ以上何も思うまい。灯花は自分の名前にも『花』があるので、彼女が『ユイ』を名乗った理由について思うところはあるが。


 灯花は武士ではないし相手のほうが立場が上といえたが、これは武士の情けだ。

 彼女の年齢について何も公言しないことに決めた。


 気を取り直して、灯花は『聖女ユイ』の日記に目を向ける。日記は、向こうから持ち込まれた彼女の手帳がそのまま使われていた。


 手帳として使われていた部分には複数の日本人男性(パパ)と思われる名前と特徴などのメモが書かれていたので、灯花は何も見なかったことにした。

 この国に来てからの日記部分も似たようなもので、この国の王族・貴族の男性たちについてのメモが連なっている。特にまだ若い王太子やその側近の貴族子息らに対する書き込みが多く、強い執着が見て取れた。


 灯花のことを聞いたであろう時期も記載があった。

 どうやら漂流人であろう人間が現れたことと、灯花の名前だけはなんとか認識した彼女は対策を立てていた。

 男だった場合はどう自分に都合よく取り込むか、女だった場合はどうやって排除するか。

 ユイは自分がこの世の主人公(ヒロイン)で、その特別な自分は多数の男達に傅かれるべきだと信じていたようだ。


 そのハングリー精神は尊敬できる。だが灯花は一気に何もかもが虚しくなった。

 自分が懸命に学んで、懸命に教えている間、彼女はいったい何を考えていたのだろう。

 彼女が持つ癒しの力はなんのためだったのだろうか。


 ――ああ、帰りたい。


 エドガルドとラナと、懸命に生きる人達の気配がするあの辺境伯領に帰りたい。

 気がつけば、辺境伯領が灯花の心の帰る場所になっていた。



 騒ぎの翌日、ヴァリデガラート辺境伯エドガルド・ギリェルモ・ヴァリデガラートから、漂流人の久楽下灯花に面会の伺いが届いた。

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