58.迷い子を導く灯火
本日三度目の更新です。
6日16時と18時にも投稿があります。
ルシアが土台を考えカイトが表面を整えた歌詞は、無事に披露の機会を迎える。
王太子がフロレンティナを休憩させるために、楽団に近いソファに座らせた。すると合図を受けたピアノの伴奏にあわせてルシアが歌を紡ぎ出す。
これでフロレンティナに、彼女を案ずる王太子の気持ちが伝わるかはわからない。けれどルシアが歌に込めた感情はしっかりと伝わるだろう。なにせ、ルシアは感情を伝えることにおいて天才的な能力を持っているのだ。
この世界を忘れないでほしい。
あの未来を恐れないでほしい。
隣に立つ人の手を離さないでほしい。
こんな公の場で不躾に事情を吐き出すことなどは出来ない。美辞麗句でかためられた遠回りで真っ直ぐな励ましだが、何かは届いているのではないだろうか。
フロレンティナは目を輝かせてルシアの新曲を堪能している。そんなフロレンティナを見ている王太子も嬉しそうな気配を滲ませていた。
この先のふたりがどうなるにせよ、あの依頼は無事達成となるだろう。
フロレンティナの反応もあってルシアの歌をよく聞いている者がいる一方、ただの背景音楽として処理をし一切気に留めていない者も大勢いる。
正直なところ、こんな盛大な舞台にルシアの歌う席を用意するのではなく、事前にフロレンティナのためだけに歌わせればよかったのではと思う。
婚姻の儀が近づくにつれ多忙を極めていたのがひとつ。マリッジブルーということなら、慌ただしいばかりの披露パーティーに上向きの印象がつけば良いと思ったのかもしれないが。
実際のところは不明ではあるが、なんにせよ王太子はなかなかのロマンチストなのだろう。フロレンティナの不安もじきに晴れるだろうと、なんとなくだか確信した。
「俺も灯花の生まれ育った世界というものを見てみたいものだ」
「ならエルドもカイトさんの舞台に参加してみます?」
「無茶を言うな」
ルシアの歌を聞いて思うところがあったのか、エドガルドがぽつりと零した。
それを聞きニヤニヤとした灯花による冗談に、エドガルドが苦い顔で返す。
エドガルドのバリトンが響く舞台というものには灯花も強い興味があるが、彼の性質を考えるとまず難しいだろう。
「それなら私が教えてあげます。色々なこと」
見せられないのなら、たくさん教えればいいのだ。灯花が生まれ育った家、街、国。家族や友人のこと。食をはじめとする様々な文化。
うまく話せるかは別だが、知ってほしいことは山程ある。
「…………そうだな。じゃあ『卒業式』ってなんだ?」
「あっ、それの説明忘れてましたね!」
扇を慌てて広げ、大きくあけた口を隠して灯花が笑う。エドガルドはずっと気にしてはいたものの、それを聞く機会を長い間伺っていたらしい。
歌が終わり、この華やかな場からルシアがそっと退出していく。
それを見送って灯花もホッと一息ついた。
このパーティーが終われば辺境伯家の面々は領へと帰ることになっている。
慣れない世界で奮闘するのは非常に疲れたが、得られたものも沢山あった。
ルシアのおかげでフロレンティナの笑顔も少し変化があったようで、灯花は心置きなく辺境伯領を想うことができるのだ。
◆ ◆ ◆
長旅の末に帰還した辺境伯領で、灯花は不在の間に催された花祭について知ることになる。
それは辺境伯領の花祭の夜のことであった。
聖殿前広場の夜が、シェード部分を花の形に切り抜かれた簡素な紙ランタンによって彩られたらしい。大量に置かれたそれはすべて、子どもたちを含む街の有志が手掛けたものであった。
想像すると確かにとても綺麗だが、派手ではなかったことに灯花は安心した。
火災防止のために小さな火の魔石を用いられた光の花のランタンは、この世界基準ではだいぶ派手で贅沢なものであると気づくのはもう少し後である。
そして、その美しい光景は次第に話題となり、辺境伯領の花祭の名物として定着していく。
やがて花の光のランタンそのものが辺境伯領の名産品のひとつとなると、逸話も付属していくようになる。
花の灯火は、辺境伯領の聖女の象徴である。
その「灯火の聖女」の加護は旅人を導くのだと、国内の商人や旅人を相手にする宿がお守りとして軒先に吊るすようになっていった。
辺境伯領の聖女の没後、いつか彼女の名前が失われる日がきたとしても「灯火の聖女」の逸話は大陸中に広がっていく…………のかもしれない。
番外編、完結です。お読みいただきまして、ありがとうございました。
王都で異文化に馴染もうと奮闘する灯花と、手助けしてくれる人々。
異世界人とそれに伴う色々のお話でした。
今回もたくさんのブクマや評価といいね、とても励みになりました。
感想も本当にありがとうございます。
とりあえず予定していたお話はおしまいです。
また何かお話が湧きましたら、その際もお付き合いいただけますと幸いです。
この番外編は文字数が増えに増え、一番長い一章に匹敵する量になりました。
お付き合い、ありがとうございました。




