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53.その世界の実在証明

本日二度目の更新です。

4日16時にも投稿があります。

 灯花にとって世界とは大地のことでもある。足元から伸びた光がカイトをうっすらと包み、そこからルシアへ――おそらく他の演者の下へも繋がっている。


「…………これは世界が保持している記録をどこからか引き出している? 紐付けられた個々の領域があるなら、それが『魂』と呼ばれるモノでは――」

「――――――灯花!」


 得られた情報の読み解きに集中していると、エドガルドの叫びによって急に引き戻される。気づけば部屋にいる全員が、強張った表情で灯花を見ていた。


「……ごめんなさい。集中しすぎて……何かありました?」

「何かも何も……いや、いい……無事ならそれでいい」


 エドガルドに両肩を掴まれていたが、上半身を強く引き寄せられる。彼は詰めていた息を大きく吐くと、灯花の肩に顔を埋めたまま動かなくなった。

 状況の説明を求めて対面のカイトとルシアに少しだけ顔を向けると、カイトが説明を加えてくれた。


「その、久楽下様が呟いていたら、貴女を包む光が強くなって……」


 彼が言うには、灯花の存在が徐々に希薄化していったようで――表現が難しいがとにかくそういった状態だったらしい。焦ったエドガルドが軽く名を呼ぶが反応はなく、肩を軽く揺さぶってようやく光が治まったという。

 かつて灯花に拒絶されることを恐れたエドガルドは、今でも灯花を失うことを何よりも恐れている。無意識だったといえ、「無理をしない」という彼との約束を破るところだった。


「エルド、ごめんなさい。大丈夫……大丈夫ですよ、私はここにいます」

「…………ああ」


 エドガルドは迷子の子どものような心細さを隠すことなく、更に力を入れて灯花を抱きしめる。灯花の息が一瞬ぐえっと止まるが声を出すまいと耐える。

 崩れた姿勢のまま抱きしめられている灯花は、整えられたドレスの腰回りが崩れることを気にもせずエドガルドの背に腕を回した。



 エドガルドが落ち着くのを待ってから、四人は改めて向き合った。

 当のエドガルドは決まりが悪いのか、少しむすっとしている。全面的に灯花が悪いため窘めるのも難しく、対面のふたりにこれは大丈夫なのだと苦笑いを向けることしかできない。


「多分、あくまで多分なのですが。おそらく奇跡(ギフト)に似た現象だと思います。カイトさんの強い望郷の念を、世界が哀れんだように私は思えるのです」

「世界の哀れみ……僕にですか?」


 灯花は奇跡(ギフト)について、漂流人がこの世界との繋がりを得るための仕組みなのではないかと考えている。同じように、カイトのような転生者が元の世界の記憶に振り回された結果、この世界からはじき出されてしまうのであれば……というセーフティーネットのようなものだと思ったのだ。


「私の奇跡(ギフト)は、願った私に必要だと思うものを世界が選んだもの……のような気がするのです。それなら、カイトさんが元の世界との繋がりを願った結果がこの現象なのかもしれません」

「なるほど……ああ、そうか……」


 どうやらカイトは腑に落ちたようで、すっきりとした表情になっている。この推察が真なのか偽なのかを確認する手段はないが、彼の気持ちに区切りが着いたのならそれで良いのではないかと灯花は思う。


 そんな彼曰く、結局のところ自分が強く望んでいたのは「前世世界の実在証明」だったという。自らの奥底に潜む記憶が妄想などでは決してなく、本当に存在していたのであれば幾分かの救いがあるのだとずっと思っていた。


「確かに僕を理解してくれるであろう周囲の人たちも同じことを知れば、それはひとつの世界だとも言えるかもしれません。……でも数多の人間が表現する幻想だって、形を持ったひとつの世界だと今の僕は思うんです」


 だから彼はもっと物語を作っていくのだという。

 あの記憶が幻想なんかじゃないと示すために。

 あの世界の物語を、今度は前向きに取り入れていきたいと言った。


「ほら『リスペクト』とか『オマージュ』とか、言うじゃないですか」

「物は言いようですね」


 カイトがイイ笑顔で開き直り、灯花は感心してしまった。 

 彼のプチ奇跡(ギフト)とも言える現象がどうなるかはまだわからない。けれどもう、この一連の現象は落ち着いていく気がする。

 きっと彼にはもう、世界による奇跡は必要がないはずだから。


 ちなみに歌姫ルシアが見た異世界の証明としてひとつの歌があるという。カイトの提案により、折角なのでそれを聴かせてもらうことになった。


 元は歌ではあるのだが、夢では歌詞の理解ができないということなので鼻歌の状態だとあらかじめの断りがあった上で、ルシアの控えめな歌声が応接室に響く。

 メロディのみで紡がれるそれは、おそらく日本で一番知られているであろうあの賛美歌だった。カイトの前世の人間が好きな歌であったらしく、ルシアも夢でよく聴くため覚えたのだとか。


 せっかくなので、これを今作っているものかその次の作品で活かしてみたい……と言うカイトの振り切ったたくましさが羨ましい。それはそれとして、この世界の歌詞が付いたその歌を聴いてみたいとも素直に思う。

 ルシアの澄んだ歌声によって、灯花もよく知るこの旋律がこの世界に生まれる瞬間が楽しみだ。



 双方の要件がある程度の解決を見せたため、面会は終了。そうして帰り際にカイトが灯花に日本語で話しかけてきた内容が、驚くべきものだった。


『久楽下さん……この世界には化石燃料がなさそうなんだ。【世界】信仰において生命は世界に還るというけれど、それはかなり正解に近いものなのかもしれない』


 転生に気づいてから、カイトはこの世界のことを調べ回った。邸にある書物は勿論のこと、貴族の生まれを利用して何人もの学者に会いに行ったらしい。一部には子どもと侮り適当な対応をする者もいたが、大半は誠実に対応してくれたという。


『だから僕がこの世界で死んだ時は、この魂も世界に還って散逸するのかと……ずっと考えていた。けれども僕のこの意識の根元に何かがあるのなら、きっとそれが僕ら(・・)の魂なんだと思う……それが知れてよかった、ありがとう』


 カイトは日本人がするような礼を灯花に見せる。その表情に陰はなく、穏やかで晴れた微笑みだった。

 灯花がかつて星空を恐れたように、カイトは魂の往く先を恐れていたのだろう。

 エドガルドという温もりを知って灯花の恐怖は遠ざかった。

 カイトの恐怖もまた、魂の所在をよすがにして癒されていくのかもしれない。同じ幻想世界を作り上げる、仲間たちの存在とあわせて。


 日本語による会話を訝しむエドガルドを、あとで説明をすると伝え宥めてこの世界の作法で別れを済ます。


 次の作品の舞台が整った頃にまた会えるだろうか。

 灯花は同郷の友の華々しい活躍を祈った。

たぶん、6日21時に完結にできる…と思います!(執筆中)

4~6日はいつもの時間に1日2回更新の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 讃美歌なのかわからないけど、ぱっと浮かんだのが歓喜の歌とアメイジンググレイス 歌ったのが何かは明記されてないけど、読者が思い浮かべたそれが正解なのだ…たぶん
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