04.せめてスーツがよかった
社交シーズンに合わせてエドガルドは王都へ行かなければならないらしく、灯花はそれに同道することになった。道中はラナも一緒で、辺境伯領を去ることに寂しさを抱えつつも初めての異世界旅を満喫することに決めた。
エドガルドは馬上の人になり、灯花とラナは馬車の中。
ラナとおしゃべりをしながら引き続き単語などを教えてもらったりするが、荷物だけでなく人が乗る馬車を使うということは通常より移動時間が延びているのでは……と灯花は懸念する。しかし灯花がわざわざ謝罪するのも、エドガルドとしては不本意な気がしたので感謝だけをすることにした。
感謝を伝えると、いつものようにふっと笑いながら追加で大雑把に頭を撫でられたので、子ども扱いに灯花は少しだけ拗ねる。
こんなあたたかい時間はあと少しで終わるのかもしれない。
旅程は順調に進み、王都に到着する日が迫っていた。
王都外壁の閉門前に無事到着し、予定通りヴァリデガラート辺境伯家の王都邸に一泊。
先に話は通してあったということで、翌日には王城へと上がれることになった。
登城のために着せられたのは、旅装でもいつものシンプルなワンピースでもなく、綺麗に洗濯してもらっていた日本の衣装一式だった。ちなみに灯花の通勤服は、量販店のもので適当に揃えたオフィスカジュアル。
こんなことになるならもうちょっといい服を着てこっちに来られればよかったなぁなどと、詮無いことを現実逃避に考えてしまう。
エドガルドとラナに連れられて馬車で王城へと向かう。元々大きく見えていた城がもっと大きく見えるにつれ指先がどんどん冷えてきた灯花は、自分が緊張をしていることに初めて気がついた。
王城でなんらかの職の斡旋でもしてもらえないだろうか、下働きあたりだったら確固たる身分のない自分でもなんとか雇ってもらえないだろうか。
緊張している彼女を心配そうに見る二人に灯花は気づかぬまま、馬車は城に到着した。
先に降りたエドガルドの大きな手を借りて、灯花は馬車を降りる。
使用人であるラナは、専用の待機室で待つため別れることになり心細くなったが、エドガルドがそのまま手を引いてくれたので灯花はなんとか前を向いた。
「大丈夫だ、すぐに取って食われたりはしない」
「そのうち食べられちゃう言い方!?」
エドガルドの軽口でようやく気を抜いて、灯花はゆるめの笑みが溢れた。
役人の先導で豪奢な廊下を進む。辺境伯家の邸は領地も王都もシンプルだが質の良いものが揃えられている印象だったが、流石に王城となると見た目が強くて怖い。
不用意に何かに触れないように気合をいれたら、ついエドガルドの手を強く握ってしまい、また笑われてしまった。
なんだか最近はエドガルドを笑わせてばかりいる気がする、と灯花は内心で苦笑した。
「漂流人のセイジョユイ様をお呼びしてまいります」
応接室といったような設えの部屋に通されると、役人がそう言い残し退出したが、言葉の意味がよくわからなくて灯花は首を傾げた。
「エドガルド様。セイジョユイ、何?」
「さあ……個人名か何かか?」
(なるほど、仮にセイ・ジョユイさんとするなら中国系の方だったりするかも?私の英語が通じるといいなあ)
この世界の言葉らしくない単語に混乱してしまったが、漂流人ということは確かに個人名かもしれないと納得する。
他に漂流人がいるとは聞いていなかったエドガルドは訝しむが、灯花は「セイジョユイさん」の想像に気を取られていた。
エドガルドと灯花が言葉の勉強を兼ねて雑談しつつ少し待たされると、乾いたノックの音が部屋に響く。扉の脇に控えていたメイドが取り次いで、ゆっくりと扉が開かれた。
『――はじめまして、聖女ユイです』
勝手に中華美人を想像していた灯花の前に、しずしずとゆっくり現れたのは想像通りの女性ではなく、豪奢なドレスを身に纏い、日本語を話す女性だった。