48.花を護る焔
大晦日なので早めに。21時の更新はありません。
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王都の邸に戻り、湯を使い身体を清めてから居間で軽食をつまむ。夜も遅い時間で身体に悪いが、碌に食べられていないので仕方がない。夜会なんてそんなものだとエドガルドもぼやく。
「あの場では間者と仰っていましたが、あの女性はなんだったんですか?」
「あれは西の工作員だな。俺を取り込んで腑抜けにし、その隙に聖女を奪うつもりだったそうだ」
「まずエルドをなんとかしようとするあたり、目の付け所は悪くないですね」
ここで彼が言う西とは、西方にある緩衝地帯を挟んで隣接するひとつの国のことである。
その緩衝地帯には昔……といっても前国王時代まで、好戦的な蛮族が住まっていた。度々あちらこちらの国にちょっかいを出してきてはあしらわれていたが、あるとき西の国に盛大な喧嘩を売ってそのまま全部族が散り散りになって消滅した。
その緩衝地帯をそのまま西の国が占領しようとしたが、もともと複数の国が睨み合う地帯でもあったため、結局は国境線を少し動かすだけに留めていた。
「膠着している状況打開のために、聖女を旗頭にしたい……とかなんとかだが」
「えぇ……もしかしてどこぞの地方貴族が勝手にやってる、とかですか?」
「その可能性が非常に高い」
国だろうが貴族の独断だろうが、あまりにも杜撰な工作に思わず呆れ果てる。
なお、伯爵代理のほうは女優を騙っていた工作員に唆されていただけらしい。伯爵が病に伏せているための代理ということだったが、その病とやらも怪しいところだ。毒などではないことを祈りたい。
「当然、西には抗議するが……灯花も気をつけるように。外出時は護衛から離れるなよ」
「はい、わかりました」
護りの奇跡はあるが、過信は禁物。
灯花の無茶はラナの危険にも繋がるので、気をつけようと改めて決心した。
好奇心かつ参考程度に、女性のどのあたりで工作員だと判断したのかを訊いてみたら、まず動作の重心移動が訓練を受けた者のそれだったこと、次に言葉に隠しきれない西方の訛りがあったこと、最後に妙齢の女性が自分に言い寄ってくるのは不審だからという返答だった。
前の方はともかく最後の理由に悲しくなった灯花は、暫くエドガルドに抱きついたまま離れられなかった。
とはいえ他国ではエドガルドのようなタイプが好まれることもあると思うが、それはそれで嫌だなと灯花は思う。
彼が自分しか見ていない自信はあるが、他人にちょっかいをかけられているのを見れば不快になるのは当たり前なのだ。
◇
翌日、公爵家からすぐに歌姫の出演スケジュールが届く。
フロレンティナの素早い手配に苦笑しつつも、エドガルドの都合を合わせて希望の日程を劇場に連絡をすると、公演の後に作家と会う場を整えてくれるとの返答がすぐにあった。
それはさておき、先の予定はひとつ決まった。そして本日は王城主催の夜会の翌日のため、議会もまだ無い。時間のあるふたりはかねてからの予定通り、王都の宝飾工房へ足を運んでいた。
「うわぁ……これは凄い綺麗」
訪れた宝飾工房で見ているのは、灯花の指輪に付けるための裸石。
これはエリファロス子爵家の領地で採れるもので、かつてデシデリアが勘違いしたアレである。
石の名はエリファガーネット。色味は落ち着いた深い赤でパイロープガーネットを思い起こすが、内包物の影響なのか星のような煌めきが目に入る。しかし、その宝石全体の透明度はかなり高い。そんな代物がいま目の前に、ふたつある。
ひとつは元からエドガルドが頼んでいたもの。もうひとつは同じ原石から採ったもので、エリファロス子爵からの祝いの品だということは事前に聞いていた。
「エリファガーネットには旧帝国の竜退治の逸話がございます。竜の血が山へ降り注ぎ、石に染み込んだその魔力がこの星の煌めきを作り出している……物騒なお話ではありますが、竜の力が他の魔を退けるとも言われています」
完全に眉唾とも言い難いもので、天然石ではあるが魔石としての能力を兼ね備えているらしい。採掘された段階で魔力が含まれているため、魔力枯渇時の充填に使える……という程度ではあるが。
「星というより、花のようにも見えるな」
「確かに……見ようによってはそうですね」
よく見ると、ふたつとも一般的な星彩効果のようなシャープな模様ではなく、ふんわりとしている。どこか嬉しそうなエドガルドを眺めながら、灯花もふと思う。
(これは、花が炎に包まれているような――――)
気づいた途端に、灯花の頬が一気に染まる。火照る頬を両手でゆるく仰ぎつつ横目でエドガルドを見ると、嬉しそうな顔のままこちらを見ている。
目の前の宝飾デザイナーも温かい目でこちらを見ている気がするし、居た堪れない。
灯花が頬を冷ますまでの間に、エドガルドは指輪についての話を進める。昨今では婚姻のための指輪は基本形が決まっており、土台の素材と石で個性が出るらしい。
腕のテクスチャーは麦の穂か蔦の模様がどこかにあれば、あとは自由。国と家の繁栄を願う、実に貴族の結婚らしいものだと思う。
土台の素材は高位貴族なら概ね金で、石との兼ね合いや着用者の趣味によって白金を使うこともある。下位貴族は家の財政によって銀を使うこともあるが、様々だ。
石は王族ならカラーダイヤモンドが一般的だというので、今後もっと親しくなれたのならフロレンティナの指輪も見せてもらえないだろうかと好奇心が湧く。昨日は手袋をしていたので、チャンスすらなかったのだ。
なお、灯花の場合は土台が金で、石が目の前のエリファガーネット。そして選んだテクスチャーは蔦。
婚約者持ちや既婚の女性たちの間では、この指輪による格付けが発生することもあるので気が抜けない所だというのだから、恐ろしい世界だ。
ちなみに、まだドレスを殆ど持っていない灯花はそちらも急いで揃えている最中である。一般的な貴族の女性たちよりも披露の機会は少ないため数も少なく済むが、辺境伯家の格のためには流行に沿ったものを誂えなければならない。
少し前まではフープで膨らませていたようだが、今の流行はAラインやフープのないバッスルパニエなので、スカートの膨らみが比較的抑えられているのが幸いか。一昨年まで日本のカジュアル服を着ていた頃から一転、急にかさばるフープを着用するのはあまりにもしんどい。辛いのはコルセットだけで十分だ。
辺境伯領では事務仕事があるし、人の目も然程気にしなくて済むので庶民的なデザインの身軽なワンピースを着ているのだが王都ではそうもいかない。今もシンプルで手堅いデザインのデイ・ドレスを纏っている。
着てきた外出用の外套も、流行の毛皮のもので重い。いつかダウンを流行らせてやると、灯花は堅く決意した。




