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39.この身の証明

 ――――――私も現場へ行きます。


 灯花の思わぬ言葉に息を呑んだラナとタデオは、強い意志を秘めた瞳を見せる目の前の主に対して言葉を探す。説得のために先に口を開いたのは、護衛であるタデオだった。


「トウカ様の現在のお立場は婚約者ではありますが、領主夫人と同等の扱いをせよと我々は厳命されております。よって避難に支障はありませんので……」

「あっ、違う違う。そこの心配は全くしていません。私は聖女と呼ばれてるけど……ただの漂流人だから、守られているだけじゃ駄目なんです」

「それこそ、その心配は御無用です!」

「かもしれない。……でも、それに胡座をかいてはいけないでしょう?」


 灯花がいま、何を思ってわざわざ危険に飛び込むことを決意したのかに思い当たったタデオが押し黙る。一般的には聖女も漂流者もおとぎ話の存在であり、この社会で何らかの確固たる地位を保証されたものではないのだ。

 持てる力を示しすぎれば国に無駄な警戒をされるリスクが発生する。しかしわかりやすく有用な奇跡(ギフト)を持たぬ漂流人は、ただの流民と変わらない。どちらにせよ不安定な存在である。


 そんな中、奇跡(ギフト)の発現前に過ごした王城での扱いがあの程度で済んだのは、ひとえに灯花がエドガルドの庇護の下にいたからだ。癒しの力を前面に押し出していたユイとて、彼女自身に問題はあったにせよ結局は軽んじられていたのに。


「聖女であることを証明し続けなければ、エドガルド様の荷物でしかないから……私は行きます」

「私は貴女様に救われた者です。その崇高な志の妨げになりたくはありません……しかし、それは……」


 タデオはあの事故の後から、ずっと灯花に付いている。助けられたことに恩義を感じているため、細やかに対応してくれている。

 但し「今後は護衛の自分に何かあっても、護衛対象である自らを損なう形で助けようとしないでほしい」と力強く“お願い”をされている。わざわざ「自らを損なう形で」という言い方をしていることに、彼の恩義と矜持のせめぎ合いと灯花を尊重する心意気を感じ、それを受け入れた。


「崇高なんかではなくて私の我儘で、迷惑な話だと思う。だからこれは全部自分のためで、そのせいで貴方を巻き込むけど……そこは処罰がないように全力で頑張りますから」

「………………いえ、いいえ。私は自分の意志でトウカ様に従います」

「……うん、ありがとう」

「では、すぐに厩舎に行きましょう」


 タデオの説得は済み、次はラナだと思ったら前のめりで出発を提案してきた。複雑そうな表情を見る限り、今の灯花を止めることは無理だと判断したらしい。


「あのね、ラナは本棟に……」

「トウカ様がおいでになるのに、私が付いて行かぬ道理はございませんので」


 自分の我儘を通すのに、ラナのこの言い分を通さないというのはどうも厳しい。説得の言葉を見つけられぬ灯花は諦め、結局三人で向かうことになった。

 ラナはタデオに、灯花からいくら頼まれようが自分を守ろうとしないで欲しいと言い含めていたし、タデオもそれを了承していた。そのやりとりを否定することは、彼らの矜持を否定することだ。

 自分の決断はそういうことなのだと、灯花は苦い気持ちで唇を噛んだ。



 牧場は領主邸敷地の最端にあり、その裏の外城壁に付属する物見塔は更に遠い。移動には何らかの足が必要なため、足早に兵団本部の厩舎へ向かう。道行くさなかの普段より警備兵の少ない光景が、緊急事態であることを否応なく突きつけてきた。


「馬は……残ってはいますが、流石に一頭ですね。ああ、こいつは人の選り好みが激しい奴なんで……」

「その馬なら私が乗れます」

「あれ……そういえばラナ、乗馬できるの?」

「この様な緊急時のために練習してきました。トウカ様もお乗せできます」


 兵団の厩舎を覗くと、ぽつんと一頭だけが馬房に納まっていた。どうやら問題のある馬のようで、どうしたものかとタデオが思案していたが、ラナがすっと手を挙げた。

 いつの間にか改造されていたラナのお仕着せは、乗馬仕様であったらしい。素早くボタンを外したロングスカートの深いスリットから覗く脚は、乗馬服のようなものを穿いていた。


「素晴らしいですね、ラナさん。では私は周辺警戒をしつつ併走します」

「……馬と併走!?」

「これでも血筋は男爵家ですので……牧場裏の物見くらいなら往復走りますよ」


 爽やかに笑うタデオに、流石に灯花は開いた口が塞がらなかった。

 これは後に聞いたことだが、タデオは生まれも育ちも領都ではあるが、血縁上は辺境地方に属する男爵家の庶子にあたるらしい。庶子ではあるが魔力に恵まれたらしく、体力には自信があると言う。

 異世界の人間って凄いなと、灯花は改めて遠い目をしかけた。


 選り好みが激しいらしい馬は、あっさりと灯花を受け入れる。馬に対する女好き疑惑を残しつつ、まだ慣れぬ馬の揺れと風を感じながら敷地内を疾走する灯花は、舌を噛まぬよう口をぐっと閉じて必死にラナにしがみついていた。

 そうして体感では何時間も乗っていた感覚だが、馬の激走によりあっという間に到着すると、外城壁の内側に負傷兵が集められているのが少し遠くからも見て取れた。



「――ポーションでも治せない重症者はいますかっ!?」

「えっ、聖女様……!?」


 馬をラナに任せ、流石に息を切らせたタデオを連れて負傷兵らの元へ走り寄り状況を尋ねる。

 担当の衛生兵によると、多くは状態が悪くともポーションで治療が済む範囲だった。しかし物見塔が破壊された当時の担当警備兵のうち一人の意識が、まだ回復していない状態であるらしい。


 少々無理を言って患者を見せてもらうと、ポーションのおかげで外傷は見当たらない。纏う衣服や髪にも血がこびりついているので、頭を含めて全身を瓦礫などに強く打ちつけたのだと思われる。まだ息はあるものの顔は青白く、いつかの光景を思い出した灯花はこれを放っておくリスクを懸念する。


「聖女様、いったい何を……?」

「……祈ります」


 訝しむ衛生兵に対し、この期に及んではっきりしたことを言うのを恐れてしまった灯花は言葉を濁す。けれど、これから行うことをもう恐れはしないと自らに誓いを立てる。


 傷があったであろう場所にそっと手を触れ、目を閉じる。

 集中して自身と世界との繋がりを感じ取ると、灯花はただ祈った。



 外城壁の外側からは、まだ戦闘音が続いている。

 しかし、ふわりと淡く光りながら祈る「辺境伯領の聖女」の姿は、いま自らがどこに居るのかも忘れてただ見入ってしまうほどの清廉な光景だった……と後々語られるほどのものであった。

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