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37.狩人たちの長

 かの森深くの開けた場所で、複数の魔物の断末魔が響く。魔物に向かっているのは傭兵と守護兵の混合チーム。それぞれが慣れた連携で目先の獲物を屠っていた。

 手に持つ剣についた血を乱暴に振り払うと、エドガルドは長い息を吐いた。


「本当にキリがないな……あちらの罠に掛かった気配もないか?」

「ギリェルモ砦長側からの合図はまだ確認できていません」


 周辺警戒を続けてるクレトからの報告が直ぐに返ってくる。現在は、イルデフォンソと二手に分かれてワイバーンを釣る罠を張っている最中である。

 山から下りてきた魔物はいわば敗者だ。挽回の機会を得るべく、魔石を食らう機会を虎視眈々と狙っているはず。よって、適当な空き地――普段は砦所属の兵や傭兵らが狩場にしている場所――に魔石を抜いていない魔物の死骸を積み上げている。


「山から降りてきた奴は、だいたい非常に臆病になるか開放感で好戦的になるかの二択だが……今回は前者だったか。ああクソ、面倒だ。あと何日かかるんだ」

「ええ、長期戦は勘弁してほしいものです。関係ないのばかりが引き寄せられてきていますからね」

「まったく。さっさと終わらせないとトウカを先に行かせることになるというのに」


 ぶつくさと空を睨むエドガルドを見て、周囲の傭兵たちが色めき立つ。


「領主サマ、さっそく嫁さんに逃げられるって?」

「確か黒髪の乙女だったよな。羨ましいもんだねェ」

「かなり若えんだろ? お貴族様なのになかなか結婚しねえと思ったらそういう趣味だったか」

「聖女の幼妻って……領主サマは欲張りすぎんか? ズルくね?」

「そんな話はしていない、警戒をしろ警戒を! あと年齢差はほぼ無い!」


 大きな声でエドガルドを揶揄してくる傭兵の意識を警戒に促し、ニヤニヤとした表情と「ヘェーい」と表現できてしまうような緩い返事を受け取る。どこまでも無礼なようだが、ああやって遊んで過剰な緊張状態にならないようにしているだけなので、多少相手をしてやれば問題はない。

 万事この調子だが、ここまでこれで生き残ってきているので、彼らに合っているスタイルなのだろう。貴重な戦力である傭兵が万全のコンディションで挑めるようにするのも、面倒だが長の務めである。


 大陸を商隊や下位貴族の護衛として巡り、強敵を求めてこの国の辺境にまで流れ着いた彼らは実力者ばかり。ある程度の待遇ときちんとした成果報酬を約束すれば、よく働いてくれる。

 食い扶持とスリルを求めて傭兵になった他国貴族の次男以降の者もおり、それなりに魔法に長けていることもある。待遇や報酬が諍いの元になったりもするが、そこはお互いに調整していくしかない。


 なお、灯花は自身が傭兵に興味を持たれることをエドガルドが警戒していると思っていたが、実際のところは既に興味を持たれているので絶対に見せたくないだけである。交代休暇で街を訪れた傭兵たちが噂で領主婚約者の聖女の話を聞き、それが砦内に広がっている状況だ。

 

「――団長、十時方向上空に影! 大王鷲かもしれませんが……」

「ああ、わかった」


 樹上に身を潜め、上空を監視していた兵から報告があがる。大王鷲とは、その名の通り大きな鷲で、山から下りてくる代表的な魔物。

 ただ大きいだけで総合的な脅威は低いものの、巨大な猛禽類はそれだけで厄介。比較的簡単に刃が通るだけ、まだマシな方ともいえるが。


 影が近付くにつれ、ピリピリとした気配が肌をざわつかせる。これはあの影の正体が意識的に放つ魔力の圧ではなく、生物が持つ存在としての圧が迫ってくる感覚だ。

 これはただの巨大な猛禽類ではなく、もっと格の違うもので――――


 エドガルドはハンドサインで守護兵と傭兵らを下がらせ、自身も死骸の山から少し離れる。クレトはそれまで背負っていたずしりと重い巨大な刃の戦斧(バトルアックス)を、主に手渡しそっと後退する。

 それはワイバーンの硬い鱗を砕き、その首を落とすための装備であった。


 前腕を進化させた翼で空を飛び、硬い鱗を持ち、上空からの急降下で襲い来る恐ろしい怪物の影は、強風と共にエドガルドらの頭上の空に到達する。

 同時に空間を裂くかと思えるほどの咆哮が、この森深くの不自然な広場を震わせた。


 旋風を纏いながらワイバーンが魔物の死骸の山に降り立つと、周囲が緊張感で満たされる。

 弱者は呼吸さえ許されないようなこの感覚。「山」から逃げた敗者とはいえ、この個体とてこれまで山で生きてきた強者なのだ。この辺りの魔物とは、そもそもの格が違う。


 戦斧を構えたエドガルドとワイバーンが睨み合ったのはたった数秒。僅かな踏み込みでワイバーンの目前に肉薄したエドガルドは、常人が振り回すのは以ての外とも言えるほどの重量を誇る戦斧を短い掛け声のみを上げ、難なく振り上げる。


 戦斧の刃が反らした首元の鱗の表面を擦り、キィンと甲高い音を響かせて削る。弓を構えていた兵と傭兵たちの矢が、飛び立つために広げたワイバーンの大きな翼を狙ってその被膜に向かって撃ち出される。

 瞬時に発動したワイバーンの風魔法によって矢が勢いを失ったタイミングを狙い、背後から魔法兵たちが撃ち出した幾つかの氷の槍が被膜を突き破った。


「――――――フッ!」


 ワイバーンが怯み、次の手を思考するその一瞬をエドガルドが見逃すはずもなく、相手が矢と魔法に気を取られていた隙に移動していた死角から戦斧を勢いよく振り下ろす。

 エドガルドの繰り出す迷いのない一閃によって、支えを失ったその首はゴトリと地に落ちた。


 一拍遅れて胴体が音を立て崩れ落ちたのち、シン……と音が消えた一瞬の静寂がその場に満ちる。すぐに一斉にワッと湧く守護兵らの歓声と傭兵たちによる品のない口笛が、その緊張混じりの静寂を打ち破った。


 彼らは口々に勇敢な狩人(エドガルド)を称え、開始から終了まで一分にも満たない死闘は呆気なく幕を下ろした。

ワイバーン登場シーンに加筆しました(2023-12-22)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何かが来た→大王鷲の説明→いよいよ近づいてきた→武器の説明→ワイバーン登場の流れですが、ワイバーン登場が唐突に感じました >存在としての圧が迫ってくる ここで大王鷲ではなくワイバーンで…
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