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35.世界の穴

「暫く……森のほうが騒がしくなるから、あちらに詰めることが増えるだろう」


 手を重ね合わせたまま暫く他の話題に興じていると、エドガルドが言い淀む気配をみせつつも必要なことだと灯花に伝えてきた。

 実はここ数ヶ月の間、「山」から強い魔物が下りてきている痕跡があったらしい。


 辺境地方で「森」といえば、領に隣接する魔物が多く発生する原生林のことを指すことが多い。かの森に国としての正式名称はあるが、災いを固定することを避けるために敢えて森とだけ呼ぶことが多い。その森の奥にある山脈も同様で、そちらは「山」とだけ呼ぶ。

 それら「森」と「山」を総称して「世界の穴」と称することもある。その地が奈落まで続いているという意味であり、実際に穴があるわけではない。こういった理由で、辺境伯領そのものを忌避する人間も多い。

 魔物は魔石を食らうことで成長する。つまり「森」と「山」では魔物による一種の蠱毒のような現象がおきていて、森では守護兵団による頻繁な間引きが行われている。しかし山まで手を回すことができず、山のほうが強い魔物がいるというのが現状らしい。

 森の外へ出てくるのは、そういった生存戦争から逃げ出した魔物と推測されている。


「そう、なんですね……。わかりました、どうぞお気をつけて」

「ああ、珍しくはあるが初めてのことではない。心配するな」


 エドガルドはとても強いらしい。灯花は彼が実戦で戦う姿は見たことはないが、訓練で兵たちを相手取る姿は知っている。オスヴァルドもイルデフォンソも、彼の力を認めている。

 これまでも定期的に森へ赴いては無傷で帰ってきていることも理解している。それでも心配なものは心配なのだ。


「はい。……あの、王都行きの準備は進めておきますが日程に変更は?」

「今のところは変更無しだ。場合によってはトウカに先行してもらうことになるが……それは避けたいな」

「では、その場合でもお待ちしておりますね」

「そうならないようにするが、すぐに追いつくから出発しておいてくれ」


 少々酔いの気配を滲ませる灯花が、わざとらしくつんと澄ました表情を見せた。

 エドガルドは呆れた様子で幼い子どもにするように頭を撫でて軽く宥め、そのまま灯花の膝裏をすくい上げて抱き上げる。


「……子どもじゃないんですけど」

「ならこのまま隣に行くが?」

「駄目って言ったのエドガルド様じゃないですかー!」


 くつくつと笑うエドガルドが、拗ねる灯花の額に口づける。ここで言う“隣”とは夫婦の寝室のことで、今は扉にしっかりと鍵がかけられている。

 灯花が夫人の居室に移った頃、夫婦の寝室へ向かうコネクティングドアの鍵が渡された。それを見た灯花が「お互いにいい歳なんですし、別にいいのでは?」とうっかり溢すと、衝撃を受けたエドガルドにより取り上げられた。その鍵は現在、家政婦長(ハウスキーパー)が持っている。

 灯花にそういう面での信用がないのか、エドガルドが自身の理性を信用していないのか。灯花本人は前者だと思っているが、後者が正解であることを彼女は知る由もない。


「……でかい腹で式をする訳にもいかないだろう」

「確かに妊娠後期の無理は特にリスクありますもんね」

「それも大切ではあるが、そういう問題じゃない」


 若干の通じなさに長く重い溜息をついたエドガルドへ向けて、灯花はふにゃりと緩く笑った。

 彼の逞しい首周りに大人しく腕を回すついでにその頬に軽いキスを贈る。故郷と異世界の価値観の差異を感じながら、灯花はエドガルドの理性に敬意を表した。

 このまま子どものように寝台に寝かされたタイミングで悪戯を仕掛けたらどうなるかなと、酔いの回ってきた頭で考えながら。


 ◇


 それからの数日は、平穏に過ぎていった。


 毎年恒例の領主不在シフトを、その婚約者も不在となるものに少しずつ改めていく。色々と前倒しで処理していくものの、主にオスヴァルドから嘆きの声が湧いてくる。そんな状況に、灯花は事務方人材の補充について思いを馳せた。


 使用人の子どもたちに試してもらった簡易算盤は良い手応えがあった。エドガルドの許可も得たので平民学校側に試験導入してもらう調整にとりかからねばならない。大人向けの算盤塾のようなものもつくりたいが、様々な問題が思い浮かぶのですぐに取り掛かるのは難しい。

 ついでに言葉の学習方面も、いろは歌やABCの歌のようなものが作れないか検討中である。


 そして灯花のある種の現実逃避を横目に、可能なら来てほしくなかったその報せは遂に領主邸へ届く。




 ――――森の中部にてワイバーンの姿が確認されたという報せが。

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― 新着の感想 ―
[一言] ワイバーンなんて、どうやって退治するの!? こっわ。 近くがキジの狩猟区で、怖いのは猟銃の流れ弾でした。狩猟日は家から出ない。 今は禁止で、キジが増えてよく見ますがビジエだ~と捕獲したい。 …
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