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30.蕾の再生計画

 デシデリアが帰らなかったことが判明した前日のうちに、エドガルドはエリファロス子爵家に使者を出していた。

 そのため、少しだけ落ち着いたデシデリアを客室棟に案内してから数時間後に、父である子爵が到着する。娘に会わせる前に事情を説明すると、顔色を真っ青に染めた子爵は膝を突き、頭を垂れた。


「娘のしたことは、詫びる術のない程の愚行でございます。そしてそれは監督を怠った私の不徳。御慈悲を賜われるのならどうか……どうか罰は私に」


 当主の立場でいえば、ここでデシデリアを切り捨てるのが正解だろう。格上の貴族を陥れていたのだ、擁護のしようもない。けれど子爵は娘を守ろうとしている。実際、娘の管理をできていなかったのが原因のひとつなので、無理筋でもない。

 まだ日本の感覚が強い灯花にとって、デシデリアにはやり直しの機会が与えられるべきだと思う。しかしエドガルドの心境や立場のこともあるため、ほぼ無関係の灯花が口を挟むのも憚られる。


「……エリファロス子爵令嬢に何も無し、ということにはできない。今後三年間、ヴァリデガラート辺境伯領への出入りを禁ず。また、エリファロス子爵家は来年及び再来年の巡回兵向けの供出を増やすように」

「――御厚情、感謝いたします」


 甥と叔父ではなく、ただの貴族として話が進む光景を、エドガルドの隣で眺める。

 灯花はまだ勉強中だが、下位貴族から高位貴族への侮辱などを含めた加害に対する罰則は被害者にかなりの裁量が認められていると学んでいる。

 もちろん、その権力を行使するにも面子としがらみや責任などがつきまとうので、高位貴族とて慎重になる。過剰に罰した下位貴族と懇意だった高位貴族とうっかり敵対してしまった、みたいな事例も過去に多々あるらしい。

 それを考えると、オスヴァルドとフロラが出会うきっかけになった事件のピンクの男爵令嬢は、案外バランス感覚に優れていたのかもしれない。最終的に駄目ではあったが。


 そしてもうすぐ十六歳になる令嬢の三年間の出入り禁止は、辺境地方からの事実上の追放宣言ともいえる。婚約したと、地方の主に挨拶に行けない令嬢を誰が娶りたいと思うのか。

 とはいえ、デシデリアとその相手が望むのであれば、三年経った後に婚約をすればいいだけである。婚約期間を置く必要があるため婚姻時には最短でも二十歳手前になるものの、貴族令嬢の婚姻としてはまだ許容範囲内だったはずだ。

 長年やってきたことを考えれば、確かに相当に軽い処分でまとまった。あとは彼女の気持ちや、子爵家の事情次第になるだろう。


 ところで、政務棟の禁止区域に侵入したデシデリアを手引きしたのは、子爵家の縁で兵団に入った青年だったという。彼には数日間の謹慎と減給が科されたと子爵に伝えられたため、デシデリアにもいずれ伝わるはずだ。今の彼女なら、受け止められる。灯花はそう思う。



 貴族としての話が終わり、甥と叔父の関係に戻ったエドガルドと子爵はデシデリアの話を続けていた。


 実は王都での彼女は不品行な場へ赴くことはなかったものの、生活態度が良好とは言えなかったらしい。

 特に見守りの姿勢をとっていた両親と違って口うるさい嫡男である長兄を疎み、その兄が王都の邸に滞在する際は無視をし、説教ばかりの手紙は読まずに破り捨てていたりしていた。

 今は順調な宝石産業に続く何かを領民と模索する子爵は忙しく、子爵夫人も怪しげな場で悪い友人を作るわけでもないデシデリアならそのうち落ち着くだろう、と刺激することを控えていた。

 執事も教育係も、雇用主の意向に従って過干渉を避けていたのだろうと子爵は予想している。


 エドガルドも令嬢のお遊びの陰口など些事だと侮ってきたため、中央での評判を許してしまったことを反省している。少しでも気にして探ってみれば、デシデリアのやっていたことは早いうちに露見しただろう。


 詳しい聞き取りの結果次第ではあるが、デシデリアは王都郊外にある聖殿施設へ住み込みの見習いとして赴くことになるらしい。これは一種の行儀見習いで、若い令嬢の教育先としては珍しくはないという。

 ただし十代前半で入ることが多いため、先輩の多くは年下。完璧な淑女を自認していた彼女には屈辱かもしれない。期間は最短一年で平均二年、頑張ってほしいなと灯花は思う。


 ◇


「――トウカ様、娘の非礼を改めて御詫びいたします。そして娘を諭していただけましたこと、お礼の申し上げようもございません」

「私は諭したというほどでもありませんが……彼女とどうか、お話をしてください」


 彼らの去り際に、灯花は子爵から改めて謝罪を受ける。子爵の後ろに佇むデシデリアはずっと顔を俯かせているが、もうあの敵意は感じられなくなっている。

 そうしてエリファロス子爵家の父娘は邸を後にして、年の瀬の領主邸がふたりの手許に戻ってきた。


「蛙は大きな海を知ったかな」

「……それはなんだ?」

「故郷……のことわざです。井戸の中の蛙は大きな海を知らない。自分の小さな世界に囚われると、周りに他の世界があると気づきもしない、みたいな意味でしょうか」


 作り上げた自分の理想の世界を失ったデシデリアは、外側の広い世界を認識して今どう思っているのだろうか。今後は両親と、彼女のことをおそらく一番心配していたであろう長兄と話して、色々なことを考えてほしい。


「ああ、鶏舎を抜け出した鶏は魔物に食われる……か。辺境地方(このあたり)でもよく子どもに言い聞かせる」

「たぶん少し意味が違うし、こちらのことわざ物騒ですね?」


 気を取り直して詳しく意味を聞けば「外を知らずに無策で飛び出すのは危険」というものだった。

 灯花はつい、彼女が食べられませんようにと願ってしまった。

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