02.おおきな偉い人
おそらく、今現在に灯花が滞在している場所の管理者か何かであろう男性と向かい合って座る。だが残念なことに、彼の言葉も今の灯花には理解ができなかった。
「あの、私、灯花です。久楽下灯花……あ、もしかしたら逆かも……。トウカ、トウカ・クラシタ」
自分を指差しながら、灯花はなんとか名前を伝えようとする。
正直なところ、灯花は異文化コミュニケーションに自信がない。海外旅行はしたことがあるが結局は観光地だったし、大学にいた留学生は日本語がすこぶる上手かった。
ボディランゲージの控えめな日本で生まれ育ち、それらが得意な人が近くにいたわけでもない灯花は色々と試すしかない。たぶん、あの元蝶の友人はこれも上手いんだろうなと思考を飛ばしながら。
「…………エドガルド。エドガルド・ギリェルモ・ヴァリデガラート」
「……!」
これは通じたぞ、と灯花が思わず笑顔になると、エドガルドがたじろぐ。
見た目だけでなく、声も名前もなかなかに厳つい……と灯花が謎の感心をしている間に、エドガルドは動揺から立ち直り次の行動に移っていた。
「ラナ、□□□□□□□□□□□□□」
「□□□□□□□□□、□□□□、□□□□□□□□□□□□□□」
エドガルドは、灯花の後ろに控えている女性に目を向け何かを尋ねる。
そういえば彼女の名前を聞いていなかった。おそらく初めに聞こえた「ラナ」が名前ではなかろうかと灯花は頭に入れる。それが正解かは不明だが、凛としつつもどこか可愛らしさのある彼女によく合う名前である。
「□□□□、□□□□□□□□□□」
「□□□□□□□□」
「□□□□□□□□□□□□、□□□□□□、□□□□□□□□」
「□□□□□□□□□□□□□□」
エドガルドとラナ(推定)の間で話が進んでいく。どんな会話なのか見当もつかない上に挟める言葉すらも持たぬ灯花は、ラナ(推定)が淹れてくれた美味しい紅茶を口に含むことしかできなかった。
「トウカ、□□□□□□□□□□□□、□□□□□□ラナ□□□□□□□□□□□□」
「あっ、はい……?」
話がついたのか、急に灯花にも話が回ってきた。相変わらず何を言われているかはわからないが、何らかの指示をされている気がする。
思わず後ろのラナ(推定)に目を向けると、にっこりと頷かれたので、きっと彼女と何かをするのだろうと灯花は当たりをつけた。
エドガルドが立ち上がると、彼が退出をするのかラナ(推定)が扉へと向かう。
灯花も座って見送るのは失礼かと立ち上がり、頭を下げる。
もういいかと顔を上げると、少し驚いたような顔のエドガルドがこちらを見ていた。目が合うとその表情が少し和らいだように見えたが――それ以上は何事もなく立ち去っていった。
「……わぁ」
ゴツいイケメンが見せるちょっとした可愛らしさが、既に疲労困憊の灯花の胸にじんとしみた。
扉から戻ってきた女性に、名前は「ラナ」かとさっそく確認してみると肯定されて安心する。
そのラナが待てというようなジェスチャーをしたので座って待つこと暫く、彼女が何冊かの薄めの本を持ってきた。パラパラと捲るとどうやら絵本で、これを使って言葉を学ぶということだろうと灯花は予想した。
ここはどこで、何故彼らがここまで良くしてくれるのか、わからない。
だが、言葉がわからないとお互いその事情の話すらもできないため、与えられる厚意に甘えることしか出来なかった。
まずは感謝の言葉を覚えたいと灯花は目先の目標を定めた。ラナとエドガルドに伝えるために。
そうしてラナに言葉を教えてもらう日々を送っていると、ある時なんとなくピンときた。
感覚としては文法などが英語に近いのかもしれない。
当然、英語のそれとは違う部分も多々ある筈なので油断は禁物だが、そう気づいてからは通じることが増えてきた。あとはひたすら単語を覚えていかなければならない。
しかし、ディスイズアペンを異世界語でやる羽目になるとは人生不思議なものであると、灯花はしみじみ思った。




