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27.不可解な行動

 デシデリアが本棟の客室に泊まりたいと急に言い出し、エドガルドに叱責されること数分。騒ぎの様子を見に現れたオスヴァルドが見かねて別邸に誘った。

 しかし「お兄様の石頭!」と何故かエドガルドが罵倒され、彼女はオスヴァルドの誘いを蹴って宿に帰っていった。


「……あいつ、もうすぐ十六なのにあんなガキで大丈夫か?」


 エドガルドによる本気の心配である。彼にとってデシデリアは今も昔も庇護すべき子どもでしかないのだろう。十以上も離れた従妹なのだから当然といえば当然だ。

 それに灯花がそれくらいの年齢だと誤解されていた頃、エドガルドは自らの感情にひとりで悩んでいた。それを考えると、デシデリアが好意を素直に表現していたところで、受け入れられる可能性は高くない。

 よってデシデリアがエドガルドと共にありたいのなら、なんらかの理由による政略という形をとるのが最短であったのかもしれない。


(――まさか、ねぇ……)


 ふとよぎった邪推に蓋をして、灯花は巡る思考を切り上げた。


 ちなみに、本棟にある客室とは「特別な客」をもてなすための、いくつかの部屋のことだ。それは高位貴族だったり、家族の婚約者だったり。

 灯花も本来はまずそこに行くはずなのだが、飛び越えて領主夫人の居室に住まっているという事実は彼女に知られないほうがいいだろう。


 ◇


 その翌日も、デシデリアは何故か領主邸に現れる。


 灯花の仕事場でもある政務棟のエドガルドの執務室の窓から、エドガルドが警備の守護兵と何らかの打ち合わせをしている様子が見えた。打ち合わせが一段落した頃、灯花が見ていることに気がついていた彼がこちらに手を挙げる。

 それに手を振り返そうとした直後、エドガルドがすっと身体を翻した。


 灯花の視覚外から、エドガルドの背後にむかって飛び出してきたのはデシデリアだった。突進を躱された彼女は守護兵に支えられ、間一髪で転倒が避けられる。

 エドガルドに何かを指示された守護兵はデシデリアを連れてどこかへ移動していった。おそらく強制的に退去させるのだろう。


 あの場は部外者であるデシデリアが入って良い場所ではないため、誰かが手引きをした可能性が高い。親戚であることを勝手に忖度した誰かか、子爵家に縁のある誰かか。いったいどういう事情かは不明だが、なんらかの処罰があるだろう。

 彼女は自分の我儘によって誰かが罰を受けるという事実を受け止められるのだろうか。


 そうしてデシデリアは、階上の灯花を睨みながら連れられていく。

 灯花はあまりの理不尽さに『何故なのか 私は何も 悪くない』と、思わず日本語で一句を詠むことしかできなくなった。


 そもそも彼女は何をしたかったのか。「戯れに飛びついて、それを振り払われない親しい間柄」でも周囲に見せつけたかったのか。

 そうであった場合、戦士であるエドガルドの背後を取れると思う浅はかさを哀れめばいいのか。エドガルドと灯花が、抱きつく以上のこと――婚姻前なので口付け程度だが――を日常的にしていると予想もしない青さを微笑ましく思えばいいのか。

 何にせよ、エドガルドが婚約してしまったので、慌ててアプローチを変えてみたというところだろうが、あまりにも遅きに失している。


 デシデリアには常に敵意を向けられてる所為か、彼女の行動について考えると元々善良とは言い難い自分の性格が更に悪くなっていく気がする。彼女の敵意をなんとかしたいだけで、別に貶めたい訳では無いのだと自らを戒め、灯花は思考を止めた。


『なんだかユイさんのことを思い出すなぁ』


 ユイも頻繁にマウントを取ってくるタイプだったが、どこかカラッとしていたのでまだ対応が楽だった。あれは灯花を完全に下に見ていた余裕もあっただろうが。

 盛大に溜め息をつきつつも王城時代を懐かしみ、処理を待つ紙の束に向き合った。



 そしてそのまた翌日、領民の出入りが自由な役場区を訪れていた灯花はデシデリアに捕まった。


「……貴女、もう指輪を貰ったの?」

「指輪?」

「知らないの? じゃあ、あれはわたしのものなのね! お兄様ったら言ってくれれば良いのに」


 敵意を隠すどころか、表面上の敬意すらも剥ぎ取ったデシデリアによって唐突に問い詰められる。話の流れが掴めない灯花はうっかりオウム返しをしてしまったが、その反応を気に入ったデシデリアは満面の笑みになり去っていった。

 まさか、エドガルドが灯花のために秘密裏に用意していると思われる指輪を、自分のためのものだと勘違いしたのだとでも言うのか。




「………………いや、それは無理があるでしょう?」


 呆気にとられた灯花の呟きは、護衛と頷くラナの耳にだけ届いて消えた。

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