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22.蕾たちの小さな楽園

「ねぇ、お聞きになって? 魔王閣下がご婚約なされたとか」

「ええ聞きましたわ、あの魔王閣下よね?」

「まぁそうなの、お相手はいったいどんな方かご存知?」

「お相手は……なんと、聖女様なんですって!」

「聖女様ってあの、おとぎ話の?」


 ヴァリデガラート辺境伯領から遠く離れた王都の一角。外は肌寒さが増した季節だが、ほどよく暖められたこの真昼のサロンは賑わいを見せていた。そこではケーキスタンドと温かい紅茶を囲み、開花を待つ蕾たちが楽しそうにうたっている。


「もしかして少し前に現れたあの漂流人の……でも、あのお方はお亡くなりになったでしょう?」

「セイジョユイ様のオマケのほうですわ。居座っていた王城から去った後に奇跡(ギフト)が発現されたとか」

「後でなんて……そんなことがありますのね」

「それで魔王閣下が絡め取ったということかしら? なんて恐ろしいのかしら……」


 嘘か真かも曖昧な話題を微笑みで転がし、勝手に真実へと落とし込んでいく。この場で真偽など重要ではなく、いかに楽しく美味しく、お茶とケーキを楽しめるかが最優先だった。


 そこへ新たな蕾が姿を見せた。彼女はエリファロス子爵家の長女デシデリア・カシルダ・エリファロス。話題の魔王閣下――ヴァリデガラート辺境伯のことである――の従妹として知られていた。


「あらデシデリアさん、ごきげんよう。ちょうどよかったわ!」

「皆様ごきげんよう、どうなさいましたの?」

「ご存知だとは思いますが、魔王閣下がご婚約されたとお聞きしましたの」

「よかったですわね、デシデリアさん。もう議会派から魔王の生贄だなんて言われなくなりますわ!」

「……えっ?」

「あら、もしかしてこの渾名のことはご存知ありませんでした? ごめんなさい。余計なことを申しましたわ、どうぞお忘れになってくださいまし」


 思いもよらなかった情報に、デシデリアの思考は急速に巡りはじめる。出掛ける前に確認したが、領地にいる両親や執事から手紙などは何も届いていなかった。

 最近のエドガルドについていた女の影なんて、セイジョユイ様のオマケの漂流人くらいしか思い当たらない。だがアレ(・・)は無能のオマケで、常に領地最優先の生真面目な堅物エドガルドが選ぶわけがない。


「……いいえ、どうぞお気になさらず」

「でも本当によかったですわ。これでようやくご自分のお話を進められるんでしょう?」

「まったく花の盛りの乙女を留め置くなんて、酷いことを……」

「あ、あの、わたくしったら驚きすぎてなんだか具合が……お邪魔したばかりですけど今日はお暇いたしますわね」

「まぁそれは大変ね。休憩室でお休みになった方がよろしいのでは? 案内を……」

「……ありがとうございます。馬車に乗るくらいでしたら問題ありませんわ、それでは皆様ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう」

「ごきげんよう、デシデリアさん」


 訪れたばかりのサロンを辞し、デシデリアは無様にふらつかぬよう背筋を必死に伸ばし、降りてきたばかりの馬車へと続く通路をゆっくりと進む。別室で待機していた侍女と合流し事情を説明しながらも、デシデリアはひたすら現状を整理する。だが、何も理解できなかった。


(――――どういうこと?)




 ここは王都にある下位貴族の未婚の令嬢が集まるティーサロンのひとつで、社交シーズン内外で彼女らの交流目的によく用いられている。遊びの場、そして社交の練習の場として大多数の大人達には認識されていた。

 しかし、このサロンに集う蕾にとっては、この場こそが戦場、この場こそが舞台。ここで自らを研鑽し、仲間(取り巻き)を作り、この先にある華やかな舞台(社交界)で咲き誇るのだ。


 はじめは眩い希望を語るだけだった未熟な蕾は、いつしか欲に濁った花弁をちらりと覗かせるようになる。



 この陽だまりの小さな花園は、いつのまにか毒の花で満ちていた。

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