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19.漂流人と【世界】

 騒ぎを聞きつけたエドガルドが到着するまで、灯花は腰を抜かしていたラナに泣きつかれ、護衛に守られつつ距離を保って民衆に囲まれていた。彼らはおおいに興奮していたが、エドガルドに気がついた途端に人波が割れた光景を灯花は暫く忘れられないだろう。


この件(・・・)については、調査ののちに発表がある。残りの足場が再び崩れないとも限らず危険なため、今日のところは皆ここから離れてほしい」


 エドガルドの落ち着いた声が小聖殿前の広場を覆い、事故のためのものではなく既に「聖女様」を見るためのものと化していた人だかりはじわじわと散開した。それでも遠巻きに見てくる民衆から灯花の姿を隠すべく、迎えの馬車を待つ間に近所の詰め所の一室を使うことにした。


 なお小聖殿には既に担当者が向かっているらしく、一度崩壊した足場が気になって仕方ない灯花はやっと一息ついた。


「――任務、ご苦労だった。何があったかの報告をせよ」

「はっ」


 護衛の男性は机を挟んで向かい合うエドガルドと灯花の横に立ち、敬礼ののち簡潔に報告を行った。

 籠は無事に返却を終え、観光がてら徒歩で小聖殿へ向かう。その外観を眺め、参拝のため内部に入ろうとしたら上空から異音を感じ作業足場が崩れてきた。崩壊した足場が突如光に包まれ緩やかな落下になり、その間暫くは灯花が淡く光っていた。


「下から観察した段階では足場の状態に異常は確認できなかった、ということか?」

「はっ、周囲に不審な人物の気配などもありませんでしたが、不徳の致すところでございます」

「わかった。下がってくれ」


 再度敬礼をした護衛は扉の横に移動し、任に戻った。


「トウカ、疲れているだろうが、今の報告に補足したいことがあれば教えてくれ」

「あ……はい、えっと……?」


 考えるも、灯花が補足することは正直あまりない。護衛の男性が押しつぶされそうになっていた状況で、彼を助けねばと我武者羅に考えていたことしか思い出せないからだ。


「怪我なら治せるけど、死んでしまったら治せないって思ったら、世界が……」

「……世界?」

「感覚的なものでしかないんですけど……世界がこれで最後だよって方法を教えてくれた、という認識です」

「最後……本来漂流人は奇跡(ギフト)を二種も得られるということか?」

「その辺は、よくわかりません」


 エドガルドが眉間にしわを寄せ、じっと考え込んでしまう。その姿は気の弱い人が見れば失神しそうなほど凶悪な雰囲気を滲ませるが、彼が灯花を案じていることを知っている彼女は落ち着いてじっと待った。


「……トウカ、この話は他所で絶対にするな」

「あ、はい、わかりました」

「今度は大聖殿が目をつけてくるかもしれない」


 思いもよらなかったことを言われ、灯花は目を丸くする。

 なにやら聖殿という組織は【世界】を信仰しているため、それと交信できたと公言することは善きも悪しきも厄介事を引き寄せてしまうだろう、ということだった。

 つまり唯一神教か単一神教か……と思ったら、神という概念自体がエドガルドにはあまり理解されなかった。遥か遠くの国には神とやらを祀る宗教もあるらしい、という程度だった。


 もともと漂流人に対する聖殿のスタンスは内部でも異なっているという。漂流人は【世界】からの贈り物だという意見や、漂流人が【世界】を食いつぶす寄生虫だという意見も。【世界】とはまったく関係のない存在だという意見も当然存在しており、意思統一とは程遠い状態だ。


 そんな状況で「【世界】と交信しました!」などと言ったら、想像もしたくない。担ぎ上げられるか、異端として目の敵にされるか、いや邪教の教主扱いか。

 なんにせよ、触らぬ【世界】に祟りなし、灯花はそう思うことにした。


 深く納得する灯花を見つめて、エドガルドは内心で溜め息をついた。【世界】に関することは護衛にも言い含めるため、漏れることはそうそうないだろう。

 だが灯花が見せた新たな奇跡(ギフト)により、辺境伯領に現れた聖女という存在の話が広がることはもう止められない。杯から溢れた水のように流れに流れて、その話はすぐに王都まで届くだろう。


 エドガルドは民衆の前で「のちに発表する」と宣言したが、聖女について発表するとは言っていない。だがこの状況では、そう隠していられないのもわかっている。

 灯花を辺境伯領に留めるために――エドガルドの傍に居てもらうために――彼は自らがどうするべきかを考えていた。

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