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01.知らない部屋と知らない言葉

 爽やかな朝の日差しを目蓋に感じ、小鳥のさえずりが耳に届く。

 アラームに邪魔をされること無く、こんなに気持ちの良い()を迎えたのはいつぶりだろうかとゆるやかな覚醒を楽しみつつ、灯花はそっと目蓋を上げた。


「…………うん?」


 目に飛び込んできたのは、灯花の借りている狭いワンルームがすっぽり複数個は入るであろう広さの洋室。目に入る家具や敷物に華やかさはなく、質実剛健という表現が似合うシンプルさのものでまとめられている。

 着ているのもシンプルなワンピース型の寝巻きで、今まで寝ていたシーツはサラリとした肌触り。ほどよく硬さのあるベッドは寝心地がよく、安物マットレスの灯花のベッドとは大違いだ。


 床には決して華美ではないが質の良さそうな絨毯が敷いてある。なのでベッドの下にきちんと並べてある灯花のパンプスに足を通して踏み、汚したくはない。

 手入れをする気力もなく汚れが目立ちはじめていたパンプスは、何故か綺麗に磨かれているため問題はない気がするが、気分の問題だ。


「ここ、どこ?」


 最後の記憶を掘り起こすと、いつものように会社から帰宅する最中だった気がする。


「あ、そうだ地震! 地震があって……あれ?」


 思考を整理するために灯花は独り言を続けるが、その後は何も出てこない。唸っていると、寝室の扉を叩く控えめな音が響いた。


「あ、はい!」

「□□□□、□□□□□□□□?」


 扉の向こうから現れたのは、クラシカルなメイドのお仕着せを纏った若い女性。

 カチューシャではなくキャップで栗色の髪をまとめた姿に本格派を感じとり灯花の心は躍ったが、瞬時に戸惑う。

 彼女が何を言っているのかが、まったくわからないからだ。


「ハ、ハロー、ハワユー? え、ええと、グーテンモル……?」

「□□□□□□□□、□□」


 動揺のあまり、中学生レベルの英語すらも吹き飛んだ灯花はなんとか身振り手振りも加えて伝えようとするもうまくいかず、朝から精神疲労が一気に蓄積された。

 相手の女性も見るからに困り顔で、流れる空気にどんどん気まずくなる。


「えっと……」


 灯花が再び意思疎通を図ろうとすると、女性が持ってきていた盥にお湯を注ぎ、顔を洗うようなジェスチャーを行った。


「これで、顔を洗う?」

「□□□!」


 盥を指差してから同じジェスチャーを返すと、満面の笑みが返ってきた。

 今の言葉は「正解」だとか、そういう意味だろうかと灯花は覚えておくようにする。

 指示されたとおりに顔を洗い、差し出してもらった清潔な布で顔を拭く。


「□□、□□□□」


 続いてシンプルなワンピースが差し出され、それに腕を通すようなジェスチャーを女性が行う。だんだんと意思の疎通がうまくなるとお互いに嬉しくなり、笑顔で着替えを終えることができた。汚れのない室内履きも用意してくれており、気を抜いて足を通す。


 髪を整え、隣の部屋に案内されると食事が用意されており、女性が椅子をひく。

 テーブルの上にはパンにハムとソーセージ、豆などの具材が入ったオムレツ。それに湯気が立った野菜入りのスープ。

 先程と同様に食べるようなジェスチャーで促され、空腹を訴える体のために灯花は遠慮なくいただくことにした。


 食事が終わり、淹れてもらった紅茶で一息つく。すると、女性が扉を指差した後で背伸びをするように腕を上げ、そのまま腕を広げるように下ろすと胸の前で腕を組んだ。

 胸を張って、なんだか偉そうに見えるが灯花にはよくわからない。

 灯花が思わずポカンとした顔をしてしまうと、女性もキョトンとし、なんだかおかしくなったふたりの笑い声が明るい部屋にしばらく満ちた。



 灯花と女性がふたりで思いきり笑ったその後も、なんとかふたりで意思の疎通を試みていると、廊下に通ずると思われる側の扉が丁寧に、だがよく響く音を立てて叩かれた。


「□□□□」


 誰何することなく女性が扉を開けると、入ってきたのは引き締まった筋肉を持つ大柄な若い男性。

 灯花は座っているためにその姿を見上げるばかりだが、おそらく立っていても視線を合わせるためには見上げなければならないだろう。

 顔つきはなかなかに端正で、その髪は真っ赤な色。茶色に近いわけでもなく、ニンジンと揶揄されるような色でもなく、燃え盛る炎のような赤色の髪の男がそこに居た。


「……なるほど?」


 先程から女性が灯花に伝えたかったのは、「この男性が来る」ということだったようだ。

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