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18.聖殿観光

 勘違い騒動から数日経ち、籠を返すために灯花は再び市場へ足を向けていた。


「あんらまぁご丁寧に! とはいえ、この度は申し訳有りませんで……」

「あ、いいえ、こちらこそ色々といただいてしまいまして……」


 盛大な誤解があったことは既に説明が済んでいると聞いていたが、本当だったようで灯花はほっとした。

 エドガルドが相手なのは恐れ多すぎる。あの誤解がそのままなのは流石に居心地が悪い。彼は立派な貴族で、灯花は立場も定かでない漂流人。エドガルドはとても素敵な人だけれど、想うことすら烏滸がましいほどに釣り合わない。


「でもねトウカ様、あの領主様があんなにお優しい顔で貴女を見ていたことは気にしてほしいと思っちゃうんですよ。おせっかいかしらね」


 気遣わしげな女性の言葉に、灯花は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。少々不器用なあの人が灯花に対して抱いているのは、子どもに対するような庇護の情であって他の何でもない。

 いつかエドガルドの隣に、何もかもが釣り合う想い合える女性が来てほしいと願う。彼の傷ついた瞳を見て、その苦悩を聞いてしまった灯花ができるのはそれくらいだ。



 灯花の手持ちの仕事は現在落ち着いているため、今日は引き続き街を見る予定でいる。同行者はラナと、なんと護衛つき。

 籠を自分で返すついでに街を見たいとエドガルドに相談したら、多少渋られたのちに護衛を必須事項にされた。必要なのかをつい尋ねてみると「見た目も雰囲気も良家の子女のものなので念のため」と返ってきた。

 灯花も別に望んで犯罪のカモにされたいわけではないので、あっさり護衛を受け入れた。辺境伯領の都は比較的治安が良いらしいが、現代日本の感覚では危ないのだろう。故郷にいた頃だって海外旅行の際は気をつけなければならなかったし、と納得する。


 今回は街にある小聖殿――王都にある大聖殿以外はすべて小聖殿と呼ぶらしい――を観光に行くことにした。小聖殿といってもそれなりの規模のため見応えがあると聞く。現在は屋根や外壁の修繕中だが中に入ることは出来るため問題はないということだ。


「正式には小聖殿ですが、みんな普通に聖殿と呼ぶんですけどね」

「ああー、まあ、そんなものですよね」


 エドガルドが護衛に選んだのは「どこにでもいる気さくなおじさん」といった風貌の男性。威圧感などは感じられず、近くに控えられていても灯花が気兼ねなく街を楽しめる配慮を感じられた。

 彼は生まれも育ちもこの街だということで、色々と話してくれた。いくつかある祭りの話をはじめ、人気の店だったり、よく大道芸人が姿を見せるスポットなど、灯花も興味をそそられる。

 そうして話しながらのんびりと足を進め、見えたのは木製の作業足場に囲まれた石造りの建物。足場の隙間からは外壁のいたるところに細かな装飾があるように見受けられ、修繕が終わったら外観をぜひ拝みたいと思い定めた。

 ちなみに破損理由は、森からここまで飛来してきた討ち漏らしの小型魔物が攻撃していったということだった。破損理由の異世界感にあまりにも実感がなさすぎて、灯花は少し遠い目になるしかない。




「――――――トウカ様!」


 ラナに続いて足場の隙間をくぐり荘厳な扉を眺めつつも中へ赴こうとすると、急に背中に強い衝撃が加えられた。

 その勢いでラナを巻き込み、建物内に転がり込んだ灯花が何事かと体勢も整えぬまま入口に目を向けると、大きな音と共に崩れた足場が、彼女を押し出した護衛を押しつぶそうと迫る光景が飛び込んできた。


 ゆっくりと進む時間の世界で灯花はひたすら考えを巡らせる。

 どうしたら、どうしたい、自分はどうしたいか。

 助けたい、怪我なら治せる。

 でも落下物が頭部に直撃し即死だったらどうにもならない。

 だったら怪我をさせてはならない。


 彼だってエドガルドの民だ――私が守らねば。




【最終選択――護る者――実行】




 灯花の強い決意を、世界が再び選択した。


 その瞬間、崩れた足場が光を放つシャボン玉のようなものに包まれる。落下速度が緩やかになったため、灯花は慌てて護衛を建物内に引っ張り込んだ。同時に崩壊音もぴたりと止まり、そろそろと扉の端から外の様子を確認すると、他の崩れた足場もゆっくりと落下していた。

 そのまま周囲を見渡すと、小聖殿前の広場にいた人たちが皆こちらを見ていることに驚く。一瞬息が止まるものの、こんなことがあったのだから当然だと深く深く呼吸をする。


 だが彼らが見ていたのは崩壊した足場ではなく、淡い光を放つ灯花であり――


「聖女様……」

「聖女様だ!」

「聖女様が助けてくだすったぞ!」


 すべての崩れた足場がゆっくりと地上に下り、灯花を包む淡い光もすうっと消えた。

 一瞬の静寂の後に溢れた大歓声に、彼女はただ戸惑うしかなかった。

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