17.辺境伯の婚約事情
帰りの馬車の中は気まずい静寂に支配されていた。行きに同乗していたラナは、クレトが「他人がいると余計に気まずいので」などと言いながら馬に乗せて連れて行ってしまった。
第三者がいてもいなくても気まずいので、どちらかというと居てほしかったと灯花は思う。
少し時間を置いて、その静寂を破ったのはエドガルドのほうだった。
「ああ、その、いつまでも俺が独り身だから、領民を心配させていてな。不快にさせてすまない」
「いえ、不快とかそんなことはなく……エドガルド様はかっこいいので、恐れ多いだけでして……」
「ングッ」
しどろもどろに謝罪したエドガルドと、彼の反応に自分が混乱のあまり妙なことを口走ったことに気がついた灯花は再びうつむき沈黙し、それは馬車が完全に止まるまで続いた。
邸に着く頃にはエドガルドが先になんとか持ち直し、事情について軽く説明をするということで灯花は居間に通された。お茶の準備だけをして引き上げるクレトとラナを恨めしく眺めつつ、観念してエドガルドと向き合うことにした。
「端的に言うと、俺は女性に好まれるほうではない」
「えっ」
説明は意外な事実から始まったが、聞けばなかなか深刻だった。
この国の貴族階級では、いい男といえばスラリとした容姿と優雅さが求められるらしい。思い返せば王太子を筆頭に、その側近らはそのような感じだった。
どっしりとした体躯で鋭い目つき、対応が堅く無愛想に感じられるエドガルドはその正反対といったところか。
婚約者探しの時期にはいってから何度かお見合いをしたものの、しとやかに育った貴族令嬢には妙に怖がられてしまい話が進まなかった。次期ヴァリデガラート辺境伯という立場も厄介で、嫁ぎ先が魔物が他より多い土地になるということも彼女らやその家の忌避の理由になったという。
対象をだいぶ年上の女性にまで広げれば可能性はぐっと上がるが、嫡男が初婚で年上の未亡人が相手となると、いくら辺境伯家といえど家に問題があると認めるようなものなのでまず現実的とはいえない。更にそれなりにエドガルドの年上で未婚となると、そもそも相手に問題があることが多々なので、辺境伯領という難しい土地を共に治める伴侶としては不適格である。
この状況が続くなら次代の地位は弟のオスヴァルドに譲り、エドガルドは守護兵団に集中するかと両親と相談しようと思ったら、その両親が事故で亡くなってしまった。どうすることもできないままエドガルドが爵位を継承し、多忙を極めた結果今に至る。
「当時はオスヴァルドも結婚したばかりで、奥方には随分と迷惑をかけた」
「あ、オスヴァルド様、ご結婚されていたんですね……」
話が横道に逸れ、暫くオスヴァルドの話になった。彼は街にある辺境伯家の別邸に住まい、そこに妻子もいるという。
この国の貴族家の子女は五歳になるまで邸の敷地外に出ることはなく、社交の少ない地方の夫人も邸から出ることは少ない。彼女らが気になるなら、そのうち会いに行こうと誘われる。
「職場に私みたいなのがいると奥様も不安かもしれませんし、ご挨拶はしたいです」
「わかった、オスヴァルドに相談してみよう」
使用人とは違う、漂流人の客人というあやふやな立場である灯花のことを気にさせてしまうかもしれないと懸念すると、エドガルドもそれには思うところがあるため賛同した。
ところでオスヴァルドとその妻は大恋愛の末に結ばれたらしく、詳しくは当人らに聞いてみろといった気になる情報も得た。少し前までの気まずさはどこかへ飛んで行き、オスヴァルドの妻に会うのが楽しみのひとつになった。
エドガルドも楽しそうな灯花に一先ず安堵するが、市場での勘違い騒動の対処については引き続き頭を悩ませ続けるしかなかった。




