16.視察は仕事です
「二十六!?」
「……何かおかしいか?」
「い、いいえー?」
翌朝の執務室、いつも通りに見えるエドガルドに、敢えて年齢について確認したら衝撃の事実が判明した。
実はとっくに三十歳を過ぎていると思っていた……とはなんとなく言えず、曖昧な笑みを返してしまったが、見透かされている気がしてならなくて灯花は背筋が冷えた。
「オスヴァルドは二十二だぞ」
続いて投下された事実に灯花は動揺する。まさか年下だったなんて思いもしなかったため、今後どういう態度で接するべきか頭を抱える心境だった。
このあたりで灯花の故郷と暦の違いがあるのではと気づいたエドガルドによって、話題がそちらに移った。だが、持ち込んだ灯花の腕時計の時差修正などは特に行っていないことなどを含め、おそらく大して変わりがないとの推論を伝えると微妙な空気になる。
やけに灯花の年齢を気にするエドガルドを訝しむが、資料を抱えたクレトが入室してきたために有耶無耶になった。
ちなみにラナは十九歳で、こちらも朝から驚いたし向こうにも驚かれた。日本人が若く見える法則は異世界でも健在らしい。
とはいえ、それでも灯花にとってラナは姉で、ラナにとって灯花が妹のような存在であることは変わりがなかった。
「……今日夕方の市場の視察に行く予定なのだが」
「あっ」
「忙しいなら、手持ちを優先しても問題は――」
「行きます、大丈夫です! 今は余裕あるので!」
昨夜の大泣きのせいで灯花はすっかり忘れていたが、以前に夕方市の視察に同行を誘われていた。金の動きは民の動き、余裕があったら見て欲しいと言われ前のめりで快諾したのだった。
王城から戻ったあともすぐに忙しくなったりで、なんだかんだ街に出たことは無かったため尚更楽しみにしていた。
(ああでも、男女がふたりで出掛けるのは……?)
灯花が余計なことを考えはじめたら、直後にオスヴァルドが現れた。彼女の年齢を聞いた彼が驚き、開口一番「トウカ姉さん」とひたすら揶揄いだしたので、妙な態度をせずに済んだのを安堵する。
◇
市場が夕方の客で溢れる少し前、灯花は豊富な商品の数々に目を楽しませていた。
(そりゃあ、当たり前だけどふたりだけなんてことはないよね)
クレトとラナと、護衛もいる。領主の視察なのだから当然だ。何を血迷ったか妙な期待をしてしまっていたが、これは仕事なのだと灯花は気合を入れる。
目的は、市場の普段の様子を知っておくこと。朝市もこれとは違った様子で賑やかだということなので、また別の機会を用意してもらえるという有り難い話だ。
「あらぁ、領主様。視察ですか? いつもありがとうございます」
「この辺り、何か問題はないか?」
「お陰さまで最近は落ち着いたものですよ。兵士さんの巡回も増えたままでねぇ」
「それは何よりだ。何かあったらすぐに詰め所を尋ねてくれ」
この辺りの顔役をしているという女性とエドガルドが話している。するりと横に来たラナに小声で解説してもらいながら、市場の様子についての知識を補足する。
だいぶ前にならず者たちが領に流れ込んできたという。あちこちを荒らして街に着き、手始めに食料や消耗品を得ようと庶民向けの市場を一斉に荒らしに来てひと悶着あったらしい。彼らは拘束され、労役刑へとまわされたが、残党が居ないとも限らないので警戒はまだゆるやかに続いているという。
続いてエドガルドに呼ばれ紹介を受ける。灯花はあまり表に出ることはないだろうが、女性同士で話をしやすいだろうと思うので顔合わせを……ということだった。
「……あら? あらあら……領主様ったらいつの間にご結婚されたんですか? まあ、あたし知らなくて!」
「「うん!?」」
「取り急ぎのお祝いとしてこれを持って行ってちょうだいな!」
顔役の女性が、エドガルドの隣に並ぶ灯花に目を向けると、なにやら盛大に勘違いをしだした。
よく通る女性の声をきっかけに周辺の店主たちが群がり、あれよあれよという間に商品が手渡されてしまった。それらが入った籠は元々店の備品でお祝いのオマケらしいが、後日また返しに来ねば……と灯花はほんの少し現実逃避する。
人が増え収拾がつかなくなりそうになったので、視察を始めたばかりの一行はすぐに撤退することになった。




