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15.寒い夜のあたたかい場所

 夜番の者以外が寝静まりだいぶ経った頃、灯花は真っ暗な談話室のソファに座り夜空を見上げていた。


 久々に故郷や王城のことを深く思い出し、そこに紐づいていたユイのことや自らの奇跡(ギフト)のことを思い出してしまった灯花は、うまく眠れずに部屋を抜け出したのだった。


「――トウカ、冷えるぞ」


 気分を変えようと部屋を出てきたのに、結局ぐるぐると考え込んでしまった灯花の耳に落ち着くバリトンが届き、まだ温かい大きなジャケットが頭から被さった。


「……おかえりなさい、大丈夫でした?」

「ああ、幸いなことに問題がなかった」


 今日の休憩茶会の後、森方面の砦から急使が来たためエドガルドは出掛けていった。こういう場合は夜遅くなるか砦に泊まりになると説明を受けたが、今回は帰ってきたらしい。

 とても疲れているだろうに、灯花がこんなところにいたため迷惑をかけてしまった。さっと観察すると怪我などはなさそうで、ほっとする。


「すみません、どうも眠れず気分転換に来ていただけなので部屋に戻り――」

「なにか不安……いや、恐怖か?」

「……!?」


 出来る限り平静を装ったつもりだったが、見抜かれていたようだ。エドガルドは大柄で一見無愛想なのもあって大雑把なように見えるが、その実注意深く周囲を見ていることを灯花はもう知っている。


「それは誰かに分けることができるかもしれない。俺が無理なら、ラナや……あークレトでもいい。オスヴァルドはタイミングが難しいかもしれんが、あいつは聞き上手なんだ」

「あ……」

「無理に聞き出したいわけではないんだが、その感情は隠さないで欲しい」


 この人たちはどうしてこんなに優しいのだろうと、灯花は泣きそうになった。

 話してもいいのかと迷う、だってこれは誰にもどうしようもないことなのだ。日本のことも、奇跡を得たことも――星空が怖いことも。



 灯花はこの世界の星空が怖い。

 星座が全然わからない。あんなに見つけやすいオリオン座もカシオペア座も無い。北極星のような星はあるけどまったく違う星なのだろう。旅行で行った南半球の星空とも違う。

 時間や暦などは変わらないのに、そんなところで灯花が今異世界に居るということを強く突きつけてくる。

 こわい、つらい、かなしい、さびしい。家族に会いたい。友達に会いたい。


 いつの間にか限界になっていた心が少し揺れたら、堰を切ったように涙と言葉が溢れ出す。

 エドガルドに力強く引き寄せられて、顔を厚い胸板に押し付けられると灯花は何も見えなくなった。


「怖いなら見なくていい、存分に泣いていい……ただ、教えてくれ」


 この広い邸にいると、あの狭いワンルームのほうが夢だったのではないかと思えてくる。でもそこだって灯花の城だった。灯花が好きなものを詰め込んだ小さなお城。

 ブラック労働でひたすら精神を削られる日々だったけれど、安らぎの場はちゃんとあった。


 会社の上司はどうでもいいけれど、灯花が急に消えたから同僚に迷惑がかかってしまったであろうことがずっと気になっていた。消えたから家族は探してくれているのだろうか、嫌だ、ごめん、迷惑かけてごめん、帰れなくてごめん、何も出来なくてごめん、親不孝者でごめんなさい。


 王城が怖い。確かになかなかの性格をしていたが、ユイは殺されるほどのことをしたのだろうか、わからない。怖い。せっかく奇跡(ギフト)があるのに辺境伯領で役に立ってない、ごめんなさい。ここから離れるのが怖くてごめんなさい。


 思考がぐちゃぐちゃになり、日本語とこの国の言語が入り乱れた言葉はわかりにくかっただろう。それでもエドガルドは時折相槌を打ちながら灯花の不安と懺悔を聞いていた。


 ◇


「――ごめんなさい、ありがとうございます」

「俺が促したんだから構わない……落ち着いたか?」


 散々に泣いて、目を腫らした灯花の心は平穏を取り戻していた。今度は少し、気恥ずかしさがあるが。


「はい、こんなに泣いて二十五歳にもなって情けない限りです」

「……二十五?」

「え? あ、はい多分二十五です」

「………………そうか」


 それきり急に言葉少なになったエドガルドによって、灯花は部屋に送られる。

 灯花の年齢のどの辺りにひっかかりがあったのかよくわからず疑問は残るが、泣き疲れた彼女はそのまま眠りについた。きっと、子どもだと思っていた女がいい年齢だったので驚いただけだろうから。

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