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13.辺境伯の弟

 灯花が辺境伯領に帰ってきてからまた半年が経とうとしている。


 この世界の時間は、元の時間と同じように進んでいる。

 灯花と日本から共に来た腕時計は今も時を刻んでいるが、電池式の安いものなのでいつ止まるかわからない。お金を貯めて機械式のものを買うんだと息巻いた頃が懐かしい。

 ついでに暦も同様で閏年なども存在するらしいが、そもそも貴族とその関係者以外はそのあたりがとても大雑把なのだと最近ようやく身についた。


 そうして現在、どちらかというと貴族の価値観で生活している灯花は、日本に居た頃と同様に時間と期限に追われている。


「トウカちゃんごめん、これもまとめておいて!」

「はい、わかりましたー!」


 エドガルドの弟であるオスヴァルドが、紙の束を灯花に渡して慌ただしく走り去っていった。

 彼はエドガルドの補佐として主に守護兵団の運営を担っており、更に社交が不得手なエドガルドの代わりに王都に向かうこともよくあるという。


(欲を言えば表計算も電卓も欲しいけど、お祖母ちゃんの勧めで珠算をやっていてよかったー!)


 灯花は今、領主邸本棟エドガルドの執務室の一角で事務処理に明け暮れていた。


 ◇


「お初にお目にかかります、エドガルドの弟のオスヴァルド・ギリェルモ・ヴァリデガラートです」

「漂流人のトウカ・クラシタです。よろしくお願いします」


 半年前、盗賊の襲撃はあったものの然程旅程に遅れもなく辺境伯領の領主邸に帰り着いた灯花は、そこで初めてオスヴァルドと対面した。


「ようやくお会いできましたね。シーズン前は慌ただしくて本棟に来る暇もなく……その節は大変失礼しました」

「ああいえ、当時は言葉もまだ拙く満足にご挨拶できたかもわからないので、むしろ今でよかったかもしれません」


 形式を踏まえ、エドガルドの紹介により和やかに挨拶を交わす光景の中、灯花が気になって仕方がないのがオスヴァルドの髪色。彼は燃え盛る炎のような真っ赤な髪のエドガルドとは違い、黄色みを強く帯びた赤毛であった。


 ――炎色反応


 何故か塩化ナトリウムの炎を連想してしまい、灯花は大変失礼だと思いながらもそんな単語が頭から離れなかったのは余談である。


 そんな風に挨拶から雑談へと移行し、慌ただしさの話などから仕事探しの突破口を見つけた灯花が、辺境伯兄弟をはじめ多くの者が苦手とする事務処理の手伝いを勝ち取った。

 辺境伯領は土地柄か、身体を動()かすこと()を得意と()する男性()が多い。

 家令――ラナの父――が比較的に事務作業を得意としたが、彼には男性使用人の統括という仕事もあるため、そこまで負担を掛けることもできない。よって事務処理は滞りがちになる。

 領政の中心部に深く関わる仕事なので、能力はあっても下手な人物に任せることもできず、悩みの種であったようだ。灯花はいいのかとエドガルドに確認したところ「今更何を」というある種の潔さがある返答だった。


 なお、女性のほうは社会進出という概念がまだ浅いため、識字率や計算能力の問題もありそちらの即戦力も期待できない。ラナも計算は不得意らしい。


 辺境伯領の識字率は全体としてあまり高くなかった。灯花はいずれここをなんとかしたいと思っている。この地の未来を真剣に考えるほど、彼女はここに心を置いていた。


 ◇


「――ああ、こんなに大量にすまないな。そろそろ休憩しよう」

「ありがとうございます、エドガルド様」


 作って貰った算盤を弾いて暫く集中していると、部屋の主であるエドガルドが執務室に帰ってくる。

 彼の従者のクレトが紅茶を用意していると、ラナが香ばしい焼き立てのパイを持ってきた。


 あたたかい光景を眺めながら、今日のパイはなんだろうと灯花は胸を躍らせた。

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