12.後始末の深夜
「――しかし、案の定でしたね」
深夜の宿の一室、体を温めるために準備したハーブティーの蒸らし時間を計りながら、エドガルドの従者であるクレトは盗賊襲撃の顛末について感想を述べた。
「まったく……逆恨みですらないんだが、あいつらの頭の中はどうなっていやがる」
「セイジョユイ様が死んだのに“無能”が生きてるのが許せないって、どういう理屈なんでしょう」
「その逆恨み……いや八つ当たりをきっかけにトウカが奇跡を発現させたのは、皮肉すぎる結果だがな」
エドガルドが口の端を吊り上げて笑うその姿は冒険小説の魔王か悪魔か。正面からそれを受け止めたクレトは反射的に背筋を伸ばす。
盗賊の襲撃後に寄った町にはこの辺りを治める子爵家の別邸があり、エドガルドは運良くそこで子爵当人に会うことが出来た。
子爵は『聖女ユイ』を信奉する一派のひとりで、その死に対して過激な反応を示したうちのひとりだった。
議会場で最後に見たときに不穏な何かを感じ、念のために行っていた警戒態勢が功を奏した。
「この町にいたのも、襲撃が成功したら盗賊共から直ぐに一報を受け取るつもりだったんだろうな。舐められたものだ」
「辺境伯家の紋付きの馬車を襲うなんて愚行は国内に長く潜んでいる奴らはそうそう犯しませんし、いったいどこで調達してきたんでしょうね」
「リーダー格の共通語に東国方面の訛りがあったからそちらの方から来た奴らなんだろうが……まあ、あとは侯爵に任せたほうが我が国にとって良い結果を生むだろう」
「侯爵様にはまた借りですか?」
「この件は貸しとどっこい……になると良いんだが」
エドガルドは疲労感を隠すことなく弱々しく笑う。
話題の侯爵は、若い頃に先代辺境伯夫妻がだいぶ世話を焼いたそうで、その恩を息子のエドガルドにも向けてくれている。エドガルドが不得意な部分を補い、導いてくれる師のような人でもある。
その彼から情報を貰い、通過ついでに軽く調査をしておけとの課題を与えられていたため、結果として及第点……になっている筈だとエドガルドは思いたい。
ここまで流れてきた盗賊の侵入ルートの調査と撲滅は騎士団に頑張ってもらいたいところだ。
盗賊の尋問の場に子爵を無理矢理に同行させ、エドガルド自ら尋問を行った。
すると盗賊のリーダー格と子爵に直接面識があるというあちらの手落ちで、すぐにネタが割れる。小物が張り切ると碌な事にならない、というお手本のような出来事だった。
魔物からの守りの要である辺境伯家の当主に剣を向けたのだ、国家転覆を目論んだ容疑だのなんだの自由に罪を盛ることができる。
子爵家を潰すとなると後処理がさらに面倒になるので、最悪でも降格し領地の一部の没収、家督を息子に譲る程度になるだろう。その息子が愚かでないことを願うばかりだが。
エドガルドはこの件で辺境伯家として賠償金が得られれば良いと思っているが、子爵家から没収した領地を押し付けられそうな気がしてならない。飛び地は面倒なので遠慮したい。
かの『聖女ユイ』は高位貴族の大半からは疎まれていたが、下位貴族の一部には熱狂的に支持されていた。
聞くところによると、保護当初は公爵家の庇護のもとでその癒しの力を下位貴族にも大盤振る舞いしていたらしい。そうしておとぎ話の聖女様めいた微笑みと奇跡の御業を振りまき王城に移った頃、下位貴族の前にはぱったりと姿を現さなくなったという。
聖女様ごっこに飽きたのか、旨味がないと思ったのか……おそらくそんなところだろう。
公爵家も通常のポーション程度の能力しか使わない『聖女ユイ』の底を見抜き、王城に押し付けて程よく飼い殺しにさせる方向に舵を切る。そうして彼女が王城で管理されつつも高位貴族の子息相手に好き放題している頃、下位貴族の間では当初の印象が独り歩きし勝手に神聖化されていった。
その下位貴族の関係者から王城の使用人に噂が広がり、灯花が肩身の狭い思いをする羽目になったのでエドガルドは正直色々と腹に据えかねている。
エドガルドが少し苛立っていると、落ち着けと言わんばかりに温かいハーブティーが差し出された。
「……まあ、トウカが元気でよかったよ」
「そうですね、普通の少女があんな光景を見たらトラウマになっても仕方ないですし」
「そこはラナに気にさせているから経過待ちだな」
「ラナでしたらエドガルド様が命じなくても自主的に見守りますしね」
「違いない」
灯花は奇跡を発現させたあとも多少の疲労感を見せるものの、滅入った様子は見せなかった。緊張状態にあったからかもしれないので、ラナに注意深く見守らせている。
生まれたときからの姉妹のように仲が良いラナになら、不安や不調があったら相談するだろう。
そういえば、灯花が助けた新兵を更に育てれば彼女の良い護衛になるかもしれないと思い……そこまで考えたエドガルドは一息つき、思考を休ませるためにハーブティーに口をつけた。




