09.事件の真相
灯花が王城を離れる許可はすぐ降りた。漂流人としての【何か】を持たぬ灯花は王城にとって然程価値がないらしい。しかも『聖女ユイ』がいなくなった今、灯花の立場が曖昧になり扱いに困ったのだろうと思うと虚しさが少し戻ってくる。
しかし言葉や作法を教えてくれていた教師に、事情説明と共に挨拶をしに行くと「良い生徒だったのに……」と別れを惜しんで貰えた。努力を認めてくれていた人が少なくともここにいたと、灯花は自信を少し取り戻すことができた。
「――ラナ、ただいま!」
「おかえりなさいませ、トウカ様……旦那様」
少ない荷物をまとめ、エドガルドに連れられて辺境伯家の王都邸に戻ると、馬車寄せでラナが待っていた。つい雇用主を後回しにしたラナに苦笑いを向けるだけに留め、エドガルドは再会を喜ぶふたりを邸の中へと促した。
居間に落ち着き、ふたり分の紅茶を用意したラナが退出するのを、灯花は名残惜しそうに見送った。
「すまないがラナとはまた後でゆっくりと話してくれ。気になるだろうから早めに説明しておこうかと思う……セイジョユイの件についてだが」
「ユイさんの……?」
「ああ、今後一切公表されることはないであろう部分だ」
灯花が気落ちし塞いでいた僅かな時間で、事件はあっという間に終わりを迎えていた。
かの『聖女ユイ』が亡くなったことは事実として隠すことはできないが、何故亡くなったか、そこにどんな思惑があったのかは極一部に共有されるものの、闇に葬られることになったらしい。
「犯人はセイジョユイがつきまとっていた王太子側近のひとり……とその婚約者のご令嬢だ」
その側近と婚約者は仲がよく、執拗につきまとってくる『聖女ユイ』にふたりとも辟易としていたようだった。随分と前に王太子の婚約者である公爵令嬢が直々に注意したが、そもそも言葉が通じないため効果はない。
いつも『聖女ユイ』は差し入れと称するように菓子を渡して来たので、そのお返しとして彼らが用意したのが例の焼き菓子だった。
側近も婚約者の令嬢も、表向きは『聖女ユイ』と友好的に接していた。
なので彼らが「貴重なものなので一人で食べてね」といった雰囲気を滲ませながら渡すと、『聖女ユイ』は疑いもなく受け取り、あとは御存知の通り……といった状況らしい。
選んだ毒も――彼らに一切恨む気持ちがなかったとは言えないが――即死でなければ自分で治すだろうから……という、ちょっとした嫌がらせのつもりだったらしい。
無事だった場合に本人から追及されたらどうするつもりだったのかと、事情聴取の際に担当者が好奇心で尋ねたらしらばっくれるつもりだったという。
ずいぶんと雑な作戦だとは思うが、奇跡を持つとはいえ言葉があやふやで迷惑行為を繰り返している漂流人と、真面目な高位貴族子女のどちらかを信ずるかというと、確かに後者になるのかもしれない。
『貴族の嫌がらせ、怖い』
「何を言ったかなんとなくわかるが、これは極端な案件だからな」
思わず日本語で飛び出した灯花の言葉を、雰囲気で正しく受け取ったエドガルドが補足した。
彼らの処分がどうなるかというと、この件が表沙汰にならないため現時点ではどうにもならない。
浅はかな行動で奇跡の持ち主を失ったのは事実であるため、タイミングを見てなんらかの理由を作り、側近の立場からは外されることになるだろう。
ただ、奇跡の力の喪失が国の損失であることは確かなのだが『聖女ユイ』は実績が大したことない上に迷惑を振りまいていたのも事実なので、情状酌量の余地があるという声が王太子を中心にあがっている。
それとは別に『聖女ユイ』に心酔していた一部が犯人探しをすると息巻いているが、その中に有力な者は存在していないため、今のところ問題視はされていない。
「王城って、怖いところですね……」
「まあ、否定はできない。トウカにはあまり向いていない場所だと思うから出てきて正解だったさ」
「はい、ありがとうございます。そういえば、あの、気になっていたのですが……情報を得た特殊なルートとは?」
「ん?ああ、それは…………秘密だ」
エドガルドが悪巧みをしているかのように口の端を吊りあげた。
それは彼の優しさを知らぬ人が見れば恐れを抱いてしまいそうなほどに凶悪な笑みだったが、初めて見る茶目っ気に灯花は吹き出してしまった。




