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00.プロローグ

 大昔に流行って今すこし復活している華金なる言葉も、謳われてはすぐ萎むプレミアムフライデーなる概念も、ブラックな企業の社員にはまったく無縁の金曜20時。

 今日は珍しく早く帰れたなあ……なんて後から思えば狂ったことを考えながら久楽下(くらした)灯花(とうか)は帰宅するべく駅に向かっていた。


「――イちゃん今日も可愛いねェ」

「エヘヘェ、ありがとぅございまぁす!どこに連れて行ってくれるんですかぁ?」


 まだこれから盛り上がるだろう会社最寄りの駅前。その賑やかさの中でストリートミュージシャンが奏でる珍しげな楽器の音や、すれ違う男女の会話が耳に入っては流れて歩みを進める。


(蝶の人かなあ……華やかに見える世界だけど大変だよなあ)


 大学時代の友人が苦学生をやっていて、夜の蝶でけっこう稼いだらしいことを思い出す。

 彼女は本当に頭がいいのに馬鹿のフリがうまいので、その手の男性の扱いがうまかった。

 そもそも頭の回転が速く普通に話が面白いため男女問わず友人が多かったので、そこでも人を見てうまく使い分けていたんだろう。

 あの、いつ寝ていたのかわからない超人は元気だろうか、最近会えていないので連絡をとってみようか……などと灯花が思いを巡らせていたその時、突き上げられるような衝撃が彼女の世界を襲った。


「え、え、やだ地震!?」


 揺れの影響でガタガタと鳴る音やざわざわとする周囲に灯花の声も呑み込まれる。こんな頭上に危険物が多い場所で地震に遭遇した場合はどうするべきかとパニックになりかけの頭で考え、とりあえず複数の看板が頭上にある状況を避けるべく急いで離れようと決めると、灯花の耳が妙な音を拾った。


 グラグラやミシミシとも違う、キリキリなのかピリピリなのか表現のしにくい不協和音で――意識をそちらに奪われた直後、灯花の意識はモニターの電源を落としたかのようにぷつりと落ちた。



 揺れが収まった一瞬の静寂のあと、そこに在ったはずのモノが忽然と消失していることに誰も気づくことはなく、金曜夜の駅前はいつもの賑わいを取り戻していった。




 ◆ ◆ ◆




 ヴァリデガラート辺境伯領にある領主邸に、地動と共に奇妙な不協和音が響く。揺れが収まると即座に厳戒態勢が敷かれ、同時に異常についての調査が始められた。


 邸の敷地内の調査を開始して間もなく、暗闇の中で中庭に不審な人物が倒れているのが発見されたが、あまりの異様さによってすぐに辺境伯その人が呼ばれた。


 現場周囲は石畳が弾け飛ぶように剥がれ、抉られたむき出しの地面の上にその女は倒れていた。


 彼女が纏うのは素材が判別できないものの、シンプルな意匠の服。質の良さそうな素材のことを除けば平民のものと大差がないように思えた。

 傍らに落ちていた彼女のものであろう鞄の中身も、素材も用途も不明な小物の数々で溢れていて、唯一身につけているアクセサリーの類は、よく見ると驚くほど小さく精巧な時計である。


「これは……漂流人か?」


 この世界には、極稀に異世界の人間が流れ落ちて(・・・・・)くる。いったい誰が言い出して広まったのかは不明だが、上位世界となんらかの接触があった際に、こちらの世界にころりと流れ落ちてしまう物や人がいる――と言い伝えられている。


「あんなもの伝承やおとぎ話みたいなものだと思っていたが、厄介な」


 ヴァリデガラート辺境伯エドガルド・ギリェルモ・ヴァリデガラートは、大きな溜め息をなんとか呑み込み、警戒を続ける部下たちに引き続きの異常調査を命じた。


 漂流人は流れ落ちる過程の中で奇跡(ギフト)を獲得していることもあれば、貴重な知識の宝庫である可能性もあるらしい。だが、同時にただの人間でもあるため、その人格次第では諍いの種にもなり得る。

 ただでさえ平穏とは程遠いこの地に、文字通り世界から投げ込まれた厄介事への対処に頭を悩ませることになるとは一時間前には思いもよらず、せめて悪人でないといい……とぼやきながらも、エドガルドは女を抱え上げた。

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