お前を異世界に配置する③
──長い年月を経た結果、転生者は神族と同等の地位に昇った。
更には神に協力を依頼して、より人気と名声を得るようになっていった。今では作者に指名されない神のほうが地位が低く、暮らしぶりが逆転してしまうほどエスカレートしていたのだ。
最初は読み物でしかなかった物が、神たちの力で具現化したのだな。
それが神界に合体しているのだと言うのだ。
神達にとってこの上なく楽しく充実した世界。もう転生者(作者)の創作なしでは生きて行けない神様たちになってしまったのだった。
「……て、ことは。転生した人間の創作物の虜にされているのか。中二の神様の世界では彼らに描かれた物語が具現化され現実になる……すごいですね」
『もはや一介の人間が創造主に成り替わりつつある……』
凄すぎる。そんな場所なら俺が行っても通用するかもしれない。いや、むしろ楽しいのではないかと思えて来た。神様たちが夢中になるのも分かる気がする。
「その世界には神様も一緒に戻ってくれるんでしょ?」
『すまぬがその願いの期待はするな。私はもう……戻ることはできない』
「どうして……どこか寄り道でもあるの?」
『……私はお前に対し罪を犯した。そして過去にも犯し、神界を追放されてきた』
「ぐっ……!」
犠牲者は俺一人ではなかった。
ゾクっと背筋に冷たいものが走る。
思わず息を飲む。
聞けば聞くほど近寄りがたい存在なのがどこか残念だ。
俺一人分の痛みなら俺が飲み込めば許せると、さきほど整理したばかりの気持ちが大きく揺らいでくる。
追放処分の神様は悲壮感が漂っており、辛そうに見えた。罪悪感を感じているということなのか。
夕暮れの帰り道にふと出会ってただ微笑まれたら、ドキッとときめいてこの胸の天使として残るような好みの美人なのに。全くもってもったいない出会い方で悲しくなってきた。
『よく聞け。私はもう間もなく命が尽きる。神は人を手助けする存在だ。人に手をかけ作者を生産するなど万死に値する。どうせ果てる運命ならお前のギフトとなって、お前とともに故郷へ帰ろうと思ったのだ』
そう言って神様は自分の足元へ視線を落とした。
まさかその薄っすらとした身体って!?
実体が消えかかっていたのか。
雲の上で強風が吹きすさんでいる。
白い雲が綿あめみたいに軽々しくちぎれて瞬く間に街並みの上空に広がっていく。あり得ない景色を横目に俺は、話に夢中でそこに浮いているという異変などどこ吹く風だった。
「どうして……」
そうまでして創作者を生み出しても何も残らないじゃないか。中二の神様の夢も野望もあなたがそこにいなければ意味がない。
『ここに着いたばかりなら戻れそうだった。お前にギフトを授けて、すぐお前の体内に潜れば一緒に神界へ立ち戻ることが叶うはずだったが、お前に説明を迫られてその機会を逃した』
「は!?」
もしかして、仏頂面を見せたあの時の理由がそれなのか。
『こうなっては全てを語るしかない』
もう残された時間などない、と意を決したように。
『その後、転生者たちはどんどん図に乗っていき、神界族の女神を差し出せと言ってきた。女神は低級神ゆえにさほどの能力はないと知っても要求され続けた』
「……なぜなのです?」
女神は美しいという印象がある。先程、破廉恥が堪らなく嫌だと言っていた。
この物言いでは、どうも悪い予感しかしないが。
『低級とはいえ、人間自体に神を超える権利は与えられておらぬ。だがこうして私は死の縁を拝まされている……』
「っ……!」
どういうことか。それに、中二の神様は女神だったのか。
『私は奴らにハメられたのだ。力が弱いなら非力な魔物の役をせよと。そうすれば最強になれると──』
「その、非力な魔物ってなんなんですか? 魔物なら怪物でしょう」
『……スライムだよ、言わせるなよそんなこと』
「ええええええっ! スライムってあの、駄菓子屋に売っているカプセルに入った五百円のやつですか?」
『お、お前は私を馬鹿にしているのか!』
また豹変した。
その姿の輪郭から妖気のようなものが揺らめいて立ち昇った。
レディースの番長みたいでいちいち怖い。食べられないか心配になってきた。
「だって、だってそれしか知らないんだもん。怒らないでよー」
『そうだったな。……すまぬ』
急に素直になって保健室の美人さんの顔に戻った。
ツンツンしたり、急に優しくなったりする女の子のどこが良いのだろう。
転生作者たちの趣味は、紙芝居とおやつに夢中の俺なんかには到底理解が及ばなかった。
──中二の女神は、かいつまんで話を続けた。
スライムは超の付くほど人気があって女神がスライムに転生してという設定で、それを書いた作者が主人公の冒険者。
その主人公とともにダンジョンの探索をし、成り上る物語。
非力なスライムだからといっても中身は神なのだから、腕を上げるたびに破壊的な強さを取り戻して行き女神に戻るまで主人公の助けとなる。
その作品はそこそこの人気を博し、売れた。作者も次に繋げるため去っていく。
中二の女神は次々と作者たちに起用されていった。
そこまでは良かった。
中二の女神はすっかりスライム役を引き受けることに慣れてしまっていた。