居る
転勤で住み慣れたアパートに別れを告げて、新居に引っ越した。通勤、生活インフラ、家賃を総合的に判断して決めた自慢の一部屋だ。外観はボロいアパートだが、部屋はきちんとリノベーションされていて、オーナーの意識の高さが伺える。
お隣さんに挨拶をするのは、円滑な生活をする為には必須事項だと思うのだが、この部屋にはお隣さんが居ない。2階建ての建物で、横にも下にも入居者が居ない部屋を選ぶ事が出来たからだ。お互いに生活音を気にする必要が無く、快適な生活を送ることが出来ると思うと気が楽だった。
数日後、丼ぶり飯にスーパーの刻みキャベツを盛り、惣菜のアジフライを乗せ、たっぷりのソースをかけ、小袋のタルタルソースを二袋も絞り、缶ビールをプシュっとやって、腹を満たして仕事の疲れを癒やす。
片付けは後にして2本目をプシュっとやり、PCでニュースを漁る。しょうもないニュースしか無いといつもの様にぼやき、Web小説投稿サイトで更新をチェックしていると───カリ───カリ、と何か引っ掻くような音が聞こえた。
どうも天井から聞こえているようだ。上の階は無いので人では無い。部屋は綺麗だとしても、建物自体はボロいので鼠でも入り込んだのだろうと、耳栓代わりにイヤホンをしていると、いつの間にか鼠は居なくなっていた。
次の日、会社の同僚から恐ろしいことを言われた。鼠が天井で運動会をすると、カタカタカタカタ、と間隔の短い音がするらしい。じゃあ、アレは何だ?
その夜は、晩飯はコンビニ弁当で済ませ、ビール片手に日課に興じていると、───カリ───カリ、とまた引っ掻くような音が聞こえてきた。
昨日と同じく天井からではあるが、場所がクローゼットの方へ寄っていた。確かに鼠が走り回ってると言うのは違う気がする。その場に留まって、こう······指で、爪を立てて、カリと引っ掻いている感じだった。───人?、と思うと怖くなり、酒を煽って布団を被った。
次の日、同僚に話をすると、仕事帰りに飲みに誘われた。同僚の思惑通り、そんな事など忘れて楽しく飲んで帰り、布団へ転がり込んで目を閉じた。
───カリ───カリカリ
酔いが覚めた。自分の目線の先、クローゼットの中のから、あの音が聞こえてきた。
───カリカリ
居る。何かが居る。
───カリ───カリカリカリ
今日は一層激しい。居ない事を確かめなければ、ここに住む事ができないと思った。
───カリカリ───カリカリ
居る。この眼の前のクローゼットの中に居る。震える手で取っ手を掴み、唾と一緒に恐怖心を飲み込み、ガラララ───
何も居なかった。今日はクローゼットはこのまま開けたままで寝ようと、踵を返すと
ズリ───
目を見開いて再びクローゼットに身体を向ける。
───居る。クローゼットには居ないが、気配がする。目を閉じる事が出来無い。今見えているところには居ない。部屋の照明のスイッチは視界に入っている。
ゆっくりとスイッチへ向かう。アレを押せば助かる。
ギィ───
後ろを振り返った。何だ何も居ないじゃないか───気が抜けると瞼が1度視界を遮った