第七話
「有給を取りたい?」
莉鷹を引き取って2日後、俺はいつもに戻って仕事に来ていた。しかし今日はすこし違い、莉鷹の退院日に合わせて休みを取りたいと申し出ることだった。
「…はい。出来れば丸一ヶ月ほしいです」
「…まぁ、向井の有給はたんまり残ってるし、急ぎの仕事もそこまでねぇしな。いつからがいいか決めてんのか?」
「それは後々メールで送ります」
「了解。しっかし、お前も珍しいことするな」
「?なにがですか?」
「一昨日、電話一本かけてきたまんまその日は欠勤。やっと来たと思った今日には有給使う。仕事人間だったお前がこんな行動取るなんてな」
「……はい」
莉鷹のことは、もちろん蓮さんには言っていない。あの時も結局訳を話さないまま有耶無耶にしてしまった。昨日だって莉鷹に関する手続きで丸一日かかってしまった。
「なんかあったのはなんとなく察せるさ。何があった?もしや彼女ができたとか?」
にやにやと喧しい笑みを浮かべる蓮さん。柄にもなくその顔に少しイラっとした。彼女ではないが。
「……まぁ、子供はできました」
その瞬間、俺はしくじったと思った。
それまで通話の音や話し声が飛び交っていたこの空間が、一気に静まり返り、無の状態になった。
「……向井、今日の夜は空いてるか?」
「え、まぁ十時までなら」
「そうか。……今日は早上がりして飲みに行こうと思うんだが、来れる奴はいるか?」
蓮さんのその声に手を挙げる者……全員が手を上げた。
「水口、今すぐ貸切にできる店を予約しろ」
「ラジャーです」
ああ、これ全部吐かせる気だ。
「では今日の仕事を早く終わらせよう」
「ラジャー」
こういうとき、何故そんなにも結託できるんだ。
こうして俺は、何も考えずに口走ったことを後悔した。
「むぅくわぁいー!!!ぬぁんでいってくれなかったんだぁ〜〜!」
蓮さんはからみ酒で俺に寄りかかり頬をずりずりと擦り付けてくる。対して俺はこの上なく引いていた。そのほかの人間もどんちゃん騒ぎを起こしており、しまいには花一匁を踊っている男連中もいた。本当に貸切でよかった。迷惑甚だしい。
「いや、ここ最近のことだったんで」
「それれも俺には言ってくれてもいいじゃんかぁ!一応?俺君の先輩なんらよー?!」
「向井君。僕だって君の同期で一心同体と入社日に誓った仲じゃないか。君が子を設けていた事は知らなかったし気づきもできなかった。どうして教えてくれなかったんだ。五百文字以内で説明してくれ」
「お前はお前でめんどくさいな水口」
「いつからだ?!いつからお前は伴侶をー!!」
あー……帰りたい。
一方その頃、向井から少し離れた席で…
「あーあ、部長あんなに盛り上がっちゃってる。ま、そりゃ手に塩かけて育ててた部下が身を固めてたこと知らされてなかったらショックだろうねぇ」
と、カシオレを一口呷った女性、外崎が溢す。
「まぁ、それ以上にショック受けてる子がここにもいるけど…」
「……ハイボール、三倍濃いめで」
普通の倍近くあるジャッキを空にして更に飲もうとしている三城が、そこにはいた。これで既に四杯目である。
「絵梨、その辺にしときなって。後始末私なんだから」
「……ぐすっ、ちより〜〜!」
目にいっぱい涙を溜めて外崎に傾れ込む。そんな三城の頭をヨシヨシと優しく撫でる。
「先輩がぁ、先輩が取られちゃったぁ〜!」
「あんたがぐずぐずしてるからでしょ?てかあたしの服で涙拭かないで汚い」
「だって、だってぇ〜!」
「というか、まだわかんないでしょ?向井さん、『子供ができた』としか言ってないじゃない。もしかしたらお姉さんか妹の手伝いかもしれないし」
「…ぐすっ、先輩から兄弟の話、聞いた事ないもん」
「……じゃあほら、ペットが産んだとか?お世話も兼ねてとか」
「先輩、犬猫アレルギーで飼えないって」
「あんた結構プライベート聞いてるのにアタックしてないのバカじゃないの?」
「ひどいよちより!!私だって、やっと決心したんだよ!?先輩に想いをぶつけるって!」
「へー。ちなみに、それっていつの話?」
「………先々月」
「やっぱバカね。だから他の女に取られるのよ」
「うわぁーーーん!!!」
外崎の最後の言葉に三城は撃沈した。