第四話
翌日、ベッドから起き上がった俺はいつもよりもどんよりとした雰囲気だった。その原因はまさに昨晩、りおがやって来なかったからである。
(……やっぱり何かあったのか?)
仕事着に着替える際も、朝食を食べる際も、頭のモヤモヤが消えず、遂には朝の通勤途中でりおのアパートに寄りかかった。
(……)
俺は携帯を取り出し、蓮さんに連絡を入れる。
『おう、どうした向井』
「蓮さん、すみません。急用ができてしまったので遅れます」
『ふーん、それは仕事関係か?』
「………いえ、私用です」
『……まぁ、寝坊じゃなきゃ構わねぇよ』
「すみません」
『おう。急ぎの仕事はねえからゆっくりしな』
蓮さんとの通話を終え、俺はアパートの敷地内に足を踏み入れる。雑草等が所々生え散らかしており、鉄骨の柱も錆び付いていた。
「……えっと、尾野、尾野……」
郵便ポストで名前を探し、『2-3』と記されたポストに『尾野』のネームプレートが挟まってた。それを確認し、部屋へと移動する。軋む鉄階段に、ぐらぐらの手摺。いつ落ちたっておかしくない程。
(こんなとこにりおは住んでるのかよ)
そして、『2-3』と書かれた扉の前に着いた。
(……嫌な予感がどんどん大きくなっていく)
「……おーい、りお。中にいるか?」
声をかけても返事は無い。ドアノブを回しても鍵が掛かっていて開けることが出来ない。
「……りお!」
返事は無い。
「……」
「あの……」
と、そこへおばあさんが声をかけてきた。
「尾野さんに御用ですか?」
「あ、あなたは?」
「私はここの管理人でして、そこの『2-1』に住んでまして。それで、あなたは……」
「あ、ええ。少しお父さんに用がありまして」
「あ、そうですか。でも聞いてませんでしたか?」
「何をですか?」
「尾野さん、家賃の滞納が酷いんでまさに昨日出ていってもらったんです。今日中に出て行かなければ警察を呼ぶって喚起もして」
それを聞き、昨日のあの男が頭の中を過った。
「……そ、そうですか……じゃあ、娘さんも一緒に連れてかれたんですかね」
「え?」
管理人の反応に、嫌な予感がどんどん肥大化する。
「娘さんは見てませんよ?昨日の最終喚起も居ませんでしたし……」
背中が凍る気配がした。
「みて、ないんですか?」
「ええ」
俺の中で、予感が確信に変わった音がした。それに気づいた俺は乱暴にドアノブを回し続けた。
「ちょ、何して!」
「りお!!中にいるのか!!りお!!」
「あなた!なにして」
「中に子供がいる!!何かあったらどうするんですか!!」
「ええ!?」
「マスターキーは、持ってますか!?」
「え、えっと、私の部屋に……」
「おい、うるせぇぞ朝っぱらから!!」
騒いだせいか2-2から出てきた男の人。
「っ、すいません!ベランダかりていいですか!」
「はぁ?」
「通ります!!」
「おい!何なんだあんた!!」
男の制止を振り切ってベランダに出て2-3のベランダへと移り乗る。そして、そこから中を除くと、床に倒れている子供の足が見えた。
「!!りお!!」
窓を開けようにも、鍵がかかっており入る事が出来ない。
「おい!あんたいい加減に!」
「警察を呼んでくれ!!中で子供が倒れてるんだ!!」
「は、はぁ?」
「いいから呼べ!子供一人殺すつもりか!!」
俺の気迫に押されたのか、男は焦りながら携帯で通報してくれた。
(くそ、今連絡したとしても十分はかかりそうだな……)
そんな中、ベランダに置いてあった植木鉢の下の煉瓦を見つけた。俺はそれを手に取って勢いよく窓に向かって振り下ろした。ばりーん、と派手に割れた窓ガラス。そこから手を伸ばして窓の鍵を開ける。
「よし、開いた!りお!!」
ようやく中に入り、りおの体を抱き寄せる。
「りお!しっかりしろ、りお!!」
「……お、おにい……さん」
弱々しく、そう呟いたりお。それだけで俺は安堵した。
「良かった。もう大丈夫だ。」
「……うん」
りおは少しだけ笑って、また眠ってしまった。りおの体は前よりも明らかに傷だらけで細々とした腕や足だった。それと同時に部屋の中を見渡した。ゴミは散乱して、生臭い匂いが充満して、酷いとは言えたもんじゃない。
「なぁあんた!もうすぐ来るってよ!!」
ベランダから男が声をかけてきた。
「……ごめんな……もっと……早く……」
俺はまた、後悔した。