第三話
りおと出会って5日が過ぎた。
あれから仕事終わりは必ずあのアパートを訪れて、りおにご飯をあげている。まるで飼えないからと断られた子猫に未だに餌を与えているかのようだが、それでもりおが喜んでいるのがわかるから、俺はやめないでいた。だが、それもいつまでも続く訳では無い。
(……どうにか出来ないか……)
りおを見てしまった以上、助けたいが日に日に強くなる。だが、その決定打が掴めずにいた。
「……はぁ」
「どうしたんですか?先輩」
そこへ声をかけてきたのは、やはり三城だった。
「大きなため息なんてついて、珍しいですよ」
「……あぁ、仕事関係じゃないから。気にしないでくれ」
「むぅ、それって、私頼りないって言ってます?」
そんなことない、と笑って返すも三城は頬を膨らませたまま。だが、俺もその時ふと思った。そうだ、これは俺一人で考えても結果にたどり着くのかと。
「……三城」
「何ですか?」
「相談があるんだが…」
「!!聞きます!!」
「んー、難しい話ですね」
昼食時、俺は三城にりおの一連を話した。
「やっぱりそうだよな」
「はい。多分一番手っ取り早いのはその子と一緒に警察に行って保護対象にするとかそこら辺ですかね?」
「あぁ。俺もそれは考えた。だが、そうでもしてしまえばその男が何をやってくるのか分からない。3年近くも暴力を振るってきた男だ。正常な思考なんておそらく持ってないだろ」
「……先輩が引き取ればいいんじゃないですか?」
え、と俺の口からこぼれた。
「そのクズから離したとしても、身寄りがないことで懸念してるのであれば、先輩がその子を引き取ればいいと思いますよ?だってそうすれば近くにいて守ることもできるし。何より、大切にしてあげられますよね」
あぁ、すっかり抜け落ちていた。
俺が助けたあと、その着地点に俺を置いていなかった。誰かにそこに立たせて幸せを見守る。そういう考えに至ってしまっていた。
(……これも、あの時の後遺症……ってやつか)
「なーんて、ナマ言っちゃってすみません!これはひとつの意見として参考に──」
「いや、吹っ切れた。ありがとう、三城」
「!!い、いいんですよ!先輩にはいっつも助けて貰ってましたし!最初にあった時から、ずっと……」
「ん?ずっと?」
と俺が聞き返した時、はっと顔を逸らしあわあわとし始める。
「い、いえいえいえいえ!なんでもないです!!あ!もう昼休憩終わっちゃいますよ!!ほらほらー」
早口で捲したてる三城に背中を押されて仕事に戻る。
(よし、今日、りおにそのことを話そう)
いつも通りとなった帰り道。最寄りの駅まで着いて帰り途中のアパートを目指し歩く。
今日は話をすると決めていたために、少し高めなケーキなんかも買っていた。
(……喜ぶかな?)
好みを知らないから適当に選んでしまった。ショートケーキにモンブランにタルト。どれも美味しそうだ。そして、しばらくすればりおのアパートに着いた。しかし、りおの姿はなかった。
(あれ、いつもならいるのにな……)
まぁ、また来るだろうと待っていると、一人の男がアパートから出て来た。金色の短髪にグレたような身形、どこを見ても正統とは言えない。そんな男が俺の方を一瞥する。
「……何見てんだよ」
「いや、なんでもないです」
「……ふん」
男は鼻を鳴らして大きなボストンバッグをもって去っていく。やがて豆粒ほどの大きさになった男の背中をただ見ていた。
「……ガラ悪いな」
そう思い、りおを待つも、その夜りおは来なかった。