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第一話



「向井ー、そっちの進捗どうだー?」


そう声をかけるのは俺の上司、如月蓮きさらぎ れん部長。俺とまだ五つぐらいしか変わらないのに部長の座につく凄腕編集者らしい。まぁ、今は管理職に手一杯らしいけど。


「はい。ネームを確認して問題なかったので今ペン入れしてます。進み的に明日には入れてくれる手筈です」


「そうか。なら問題ないな。けど今回の章は山場になるだろうから、しっかり支えてやれよ」


「そのつもりです。潰れられたら楽しみにしてる漫画読めないんで」


そう。俺こと向井彼方むかい かなたは、漫画雑誌出版社の編集者だ。縁あってここに入れたコネ入社だが、周りの人達は俺に優しく接してくれてる。


「さて、そろそろ退勤だな。どうだ?この後引っ掛けるか?」


「俺は構わないですけど、蓮さん奥さんどうすんすか?」


「……向井、相談があるんだ」


(あ、これまたやらかしたな)


「あ、先輩!私も一緒にいいですか?」


そんな俺たちに話しかけてきたのは

俺の後輩、三城絵梨みしろ えり。二つ下のしっかり者で編集部の中で一際人気の高い人だ。


「蓮さんの愚痴につきあうだけだぞ?」


「愚痴とはなんだ!」


「今に始まったことじゃないんで大丈夫です!」


「君もなかなかだな!!」


そんな訳で、俺らはいつもの飲み屋に向かうことにした。







「それでよー!あかねが『パパと一緒は嫌!』って言うんだよ!!それで鈴に泣き付いたら、『いい加減しゃんとしなよ情けない』って!!おれどうしたらいいんだよぉ!!」


ビールのジョッキをダンと叩きつけながら叫び出す蓮さん。すでに上がってしまっている。だがこれだけは覚えておいてくれ。今飲みほしたジョッキが1杯目だということを。

そしてわかるとは思うが、蓮さんの言うあかねは娘で、鈴が奥さんの名前だ。蓮さんは大学時代から交際していた鈴さんと卒業と同時に結婚、その半年後には子宝に恵まれ、2年後に編集長、その3年後──つまり今年に部長に上がった超エリートである。そんな完璧そうな人が酒が弱い、娘と奥さんに甘い、繊細過ぎるの三拍子で見事にギャップのダムが総崩れしている。

見ろ、俺の隣に座ってる三城なんて苦笑いしかできてない。


「ま、まぁまぁ、娘さんももう5歳なんですから!ほらよく言うじゃないですか!『イヤイヤ期』ってやつですよ!自我の芽生えだと思って見守れば…!」


「それで俺の心がズキズキするならどうすれば?」


「それはぁ……」


三城は言葉を失ってしまった。


「……はぁ、蓮さん。確かに奥さんの言う通り情けないっすよ」


「はぐぅ!!!」


「いくら娘が可愛くても、全てを全て許したら我儘になってしまう。そうしたらもっとイヤイヤ期よりもしんどい極度の反抗期を迎えるかもしれません。ですから今のうちに娘さんと向き合って、尊敬できる父親を見せなきゃですよ」


「尊敬できる…父親」


「はい。蓮さんは敏腕編集部長なんですから、気丈に振舞ってかっこいい所を見せていきましょうよ」


蓮さんは涙ぐみながらも、俺の言葉に頷いて、文字通り燃え上がっていた。


「ふふ、流石です先輩」


「ん?」


「先輩はみんなを助けるヒーローみたいですね!」


「……ヒーローじゃないよ。俺がヒーローだったら、もっと救えた人がいただろうよ」


『ごめんね、こんな自分で…』


……ッチ、嫌なこと思い出した。


「先輩?」


「ん?何でもない。なんか食うか?」


「えー、どうしよっかなぁ」


「おう!なんでも食え!!俺の奢りだぞぉ!!」


あれ?蓮さんお小遣い制だったような?

結局足りなくて俺と折半に落ち着いた。





「むかい〜、もう一件行こ〜」


「ダメです。流石に奥さん心配しますよ?愛想尽かされたくなかったら速やかに帰ってください」


へべれけになった蓮さんを支えながら歩き、事前に呼んでいたタクシーに乗せてあげる。


「随分酔ってますなぁ」


「すいません。駒込のこの住所までお願いします」


そう言って蓮さんの自宅が書かれた紙と1万円を運転手に手渡して送ってもらった。


「全く、弱いのにペース上げるから」


「仕方の無い人ですよね、部長は。でも、そんな人だから鈴さんは好きになったんじゃないですか?」


「え?」


「自分一人で抱え込まず、ちゃんと鈴さんや先輩に相談してるあたり、ちゃんと改善しようと努力していますし、何より女の子は頼られると助けたくなっちゃうんですよ。いくらちょっぴり情けないなと思っててもね」


穏やかな声色で話す彼女の横顔は、酒に当てられてるのかほんのり赤い。


「そういうもんか」


「あ!べ、別に先輩も頼ってくださいとか、そんな烏滸がましいことは思ってないので!」


「何焦ってんだよ。ほら、早く帰らないと終電無くなるぞ」


あきれながらもちゃんと三城の追いつける速さで歩く。


「……馬鹿な人です。私だってしっかり者なんですから」


そんな呟きは、届かなかった。







三城を最寄り駅まで送り届けて、俺は帰路を辿っていた。


最近俺は引越しをして、いい所のマンションに住み始めた。それも早1ヶ月、段ボールもあらかた片付いてようやく落ち着きのある部屋になったとこ。その途中にあるスーパーで明日の食材を買い、エコバッグを提げながら夜を練り歩く。


その道中には、築何十年も経ってそうなオンボロアパートがあった。ところどころ黒ずんだ木造で今にも倒壊しそうな程危なっかしい。


「…ん?」


今日も何も気にせず通り過ぎようとしたが、一つだけいつもと違うことがあった。


(……子供?)


アパートの目前の壁に、薄着の子供が膝を抱えていた。季節は秋真っ只中。傍から見てもボロボロなワンピース一枚じゃ肌寒い。肩だって微かに震えている。


(……よせ、いらん事に首を突っ込むな)


俺はそれを無視して通り過ぎようとした。だが、俺の足は意識と真逆に重くなっていく。まるで後悔の念を思い出すかのように。そして、蹲る少女の目の前で、ついに止まった。


「……っ……!」


俺の気配に気づいたのか、徐々に頭をあげる。そこに都合よく通りかかったトラックのヘッドライトがその顔を照らす。


(っ!……傷が…)


その顔は切り傷や青痣がところどころついており、痛々しい。目尻には涙痕が残り、先程まで泣いていたことを教えてくれた。身体だって異様な程やせ細って骨と皮しかないかのように思わせる。俺は、それを直ぐに理解した。


(……虐待……か)


エコバッグを持つ手に力が入る。

少女が未だに震える中、俺はエコバッグの中から一つの惣菜パンを手に取り、少女の目の前に差し出す。


「……食べるか?」


警戒心を向けながらも、目の前の食べ物から目が離せない少女。やがてゆらゆらと手が伸びて、パンを手に取り一口。

それが気に入ったのだろう少女は、目を見開き、ガツガツと食べていく。勢いよく食べたせいか喉に詰まらせてしまったようで、すぐさま水も差し出した。


「落ち着いて食べろ。食べ物は逃げないからな」


「う、うん」


溜飲が下がった少女はゆっくりとまた食べ進める。


「……美味いか?」


「……うん、うん」


俺の問いかけに涙声ながら頷く。その光景が微笑ましく、不意に頭を撫でてしまった。


「……名前は?」


「……りお」


「りお、か。いい名前だ」


「……お母さんが、付けてくれた」


「そうか……」


そして、よくよくかみ締めて10分。食べ終えたりお。


「……どうして外にいるんだ?」


「……家に、居たくない」


「……殴られてるのか?」


「うん」


やはりネグレクトか。だが、それがわかったからと言って俺に何が出来るだろうか。親に問い質したとしても返り討ちにされるのが目に見えてる。


「……お母さんは、私を捨てたの」


「ん?」


「殴られるのは、父親の方」


その後もりおはたどたどしいが話してくれた。



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