婚約破棄相談員の日常
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
「失礼します」
分厚いカーテンの向こうで人が椅子に座った。そのシルエットから男性だと分かる。
「よろしくお願いいたします」
恭しく挨拶する男の声は魔道具によって変わっていて、少々甲高い。身元を特定されたくないのだろう。つまり、自衛だ。私も、いくつか魔道具を起動させた。
ここは婚約破棄相談所。
元々は教会の告解室だったが、あまりに婚約破棄の相談が多かった為に今はその在り方が変わったのだ。
「今回はどのようなご相談で?」
「……はい。私は、とある女性と婚約中なのですが、それを解消したいのです」
大体の相談者は同じように語り始める。
「理由をお聞かせください」
一瞬口ごもった後、男は続けた。
「……実は、婚約者とは別に愛する女性が出来てしまったのです!」
その声に急に熱がこもった。愛する女性とやらのことを思い出しているのだろう。
「なるほど。今の婚約はもしかして両家の親同士で決めたものですか?」
「……その通りです。何故、分かるのですか?」
「私も長く婚約破棄相談をやってますからね。それぐらいは分かりますよ。ちなみに、相談者様の家は財政難だったりしますでしょうか?」
「うっ……。そうですね。少々苦しい感じです」
「一方、今の婚約者の家は──」
「裕福です」
格式だけが高くて生活の苦しい高位貴族が、裕福な下位貴族と戦略的に婚姻を結んだパターンか。
「婚約破棄の件、ご両親はご存じでしょうか?」
「いえ。話していません。ただ、婚約は二人の問題ですし……。それに私はオリヴィアのことを愛しているのです!」
名前を出してしまった……。この相談者、大丈夫だろうか? とんでもない愚か者なのではなかろうか?
「相談者様。よく聞いてください」
「はい」
「貴族にとって婚姻とは、家と家の結びつきを強めるものです。しかし、本当に大事なのは当人同士の気持ち」
「ですよね!」
「相談者様は今の婚約を破棄してオリヴィア嬢と真実の愛を育むべきです」
「わかりました! 今すぐにでも婚約破棄してきます!!」
私の言葉に後押しされた相談者は勢い良く立ち上がり、相談所から出ていく。
時計を見ると、もういい時間だ。今日もよく働いた。そろそろ戻ろう。
別の相談者がいないことを確認し、私はそっと婚約破棄相談所から抜け出した。
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「お勤めご苦労様です」
私が書斎に戻り、昼間に確認出来なかった書類に目を通していると、歳のいった男が笑顔を浮かべながらやってきた。
「やけに楽しそうだな」
「そ、そんなことはないです……。ところで、今日はどのような相談がありましたか?」
「ベルク伯爵家の長男がやってきた。今の婚約を破棄したいと」
「……ということは、ハットン子爵家令嬢との婚約の件ですね?」
男は身を乗り出して興味深々だ。
「あぁ、そうだ」
「で、どのようになさったのですか?」
「噂通りの愚鈍な男だったから、このままベルク伯爵家には没落してもらう。婚約破棄することを勧めておいたよ」
「なるほど。では、ハットン子爵家の令嬢はどういたしますか?」
「かの令嬢はなかなか怜悧な娘らしい。それにハットン子爵家は事業に成功して勢いがある。王族派に取り込みたい」
「となると、王族派の伯爵家と結ばせたいですね。ブラックリー伯爵家の長男はいかがでしょうか? 少々変わりものですが、見た目はよく、なかなかの切れ者です」
ふむ。ブラックリー伯爵家は王族への忠誠心も高い。ハットン子爵家と結びついて力をつけても問題なかろう。
「それで進めよう。茶会を開いて二人を招待しろ。私が出向いて、それとなく縁を取り持とう」
「承知しました。ベルク伯爵家はどのように没落させますか?」
「ハットン子爵家の令嬢に策を練らせる。仕返しの機会があった方が本人もスッキリ出来るだろう」
「仰せのままに」
そう言って宰相は書斎から出て行った。
「……はぁぁ」
一人になり、思わずため息がでる。
国の重要な政策の決定に、周辺各国との外交。そして貴族間の婚姻の制御。
国王の仕事は山積みだ。今晩はいつ眠れるのだろう。
「あなた。お勤めご苦労様です」
宰相と入れ替わるように、妻がやってきた。
「まだ起きていたのか?」
妻は返事もせずに側により、私を抱擁する。
「おやすみなさい」
そう言って、書斎から出て行った。まだ頬に柔らかな感覚が残っている。
「よし。やるか」
私はまた、書類に目を落とすのだった。
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