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勇者の妻となった少女の手記(上)

度々、すみません……しんどいので二分割します。



 国王の自室へと通された私は、暇を持て余すようにぼんやりと窓の外を眺めました。

 王宮の最上階から見た空、城下町から見た空、きっとそうは変わらないでしょう。空は同じように青く澄んでいました。


「……では、公国が介入した可能性もあると?」


「はい。どうやら件の男は公国のとある没落貴族に縁のある者らしく、公国側と何らかの取引をしていた可能性があります」


「なるほどな。ただの豪胆な悪党かと思ったら、強力な後ろ盾を持っていた訳か」


「証拠が見つかっていない以上、あくまで可能性の一つではありますが、あの者らへ手を出すリスク……奴とて理解はしていたはず。追って調査を進めます」


「ああ、頼んだ。上手く行けば、公国との交渉に役立つやもしれぬからな」



 一礼して退出していったティンベルヘン公爵はここ最近、宮廷内で発言力を増して来ている貴族です。一時期はミューレン侯爵に追い落とされるとまで囁かれていた方でしたが、現在は立場が逆転している様子。


 ティンベルヘン公爵が去った後の扉を眺めていると、不意に国王から声が掛かりました。


「すまぬ。待たせたな」


「いえ、とんでもございません。それで国王陛下、ご用件は……」


 国王は「まぁ、待て」と言って相好を崩しました。


「今は二人しかおらぬ。国王陛下ではなく“父”と呼んでくれぬか?」


「はいっ! お父様」


 私が笑みを向けると、父は私の頭に手を乗せ、髪を軽く撫でました。

 気持ちよさそうに目を細める姿は年相応に幼く無垢。天真爛漫で無知な第3王女……それが私【エレオノーラ】の演じる自分です。


「エレオノーラ、お前は“勇者”をどう思う」


「……お強い方。魔王を討伐された大英雄だと認識しています」


「そうだな。勇者アランは歴代勇者の中においても最高峰の力を持つ存在となった。無論、王都を出た当初はそこまでの期待は……いや、大英雄。間違いなかろう」


 父は咳払いをすると、話を続けます。


「お前を呼んだ理由はその英雄と契ってもらう為だ。エレオノーラ、勇者アランと結婚せよ」


 私は内心「やはり」と思いながらも、戸惑ったような演技をします。


「し、しかし……アラン様には聖女様やグレース嬢などの婚約者がおられたはずでは?」


「その事なのだがな……婚約は破棄された。よって勇者には新たなくさ……伴侶が必要となったのだよ」


 父は“伴侶”と言葉を濁しましたが、言いかけた言葉はおそらく“楔”でしょうか。

 絶大な力を誇る勇者。その存在を何としても王国で()()()()()()()という思惑があるのでしょう。

 仮に勇者が他国へ移り住めば……世界の勢力バランスが崩れかねません。逆に勇者がこちら側にある間、他国は表立って王国へ手を出せないはず。


 先ほど父がティンベルヘン公爵から報告を受けていた案件。公国やその他の国が諸々の事件に介入した可能性はそれなりに高そうです。



「わ、私でよろしいのでしょうか?」


「うむ。お前で良い、いや……お前が良いのだ。エレオノーラ」


 無知を装っていた甲斐がありました。

 王国側の不手際によって婚約破棄となった以上、勇者には相応の婚約者を用意する必要があり、第3王女である私が選ばれた。


 王国としても勇者に知恵を付けられては困る為、人選は自ずと限られてくる。特別な爵位を授与された勇者と釣り合うような身分であり、無知にして純真……私が適任だったという訳です。


「勿論、お受けします。お父様」


「……おお! そうか!」


 元より拒否権などなかったはず。……尤も、このような良縁を拒否するつもりはありませんが。


 ただ、気になる点もあります。

 第3王女である私と勇者が契れば、王国内の勢力に偏りが生じます。王国にとっては都合の良い話でしょうが、教会としては面白くない展開でしょう。


 もしかしたらこれも想定内……いえ、寧ろ……。

 宮廷内は魑魅魍魎の巣です。ミューレン侯爵などは自身の娘である、魔法使いグレースが戦死する事すら見込まれていた様子……本当にとんでもない(ところ)です。



   ◇ ◇ ◇



 勇者アランと結婚した私は王都を離れ、ヴォルチェ領へと移り住みました。

 質素な屋敷。夫であるアランは芸術を嗜む心がないのでしょうか……屋敷に芸術品を飾るという発想がそもそもないようです。

 私がその事を尋ねると、夫は「生きるか死ぬかの生活をしてた俺からしたら、贅沢品はね……」と、苦笑いを浮かべていました。なるほど、彼の価値観は理解できました。


 それでも夫は貴族。私がある程度の贅沢は貴族の嗜みであり、悪しき習慣とも言いきれない事。それによって回る経済もある事を説くと、彼は「なるほど、君のように聡明な人が妻となってくれて良かった」と笑いました。

 真っ直ぐな瞳で臆面もなく発される言葉……口下手で純朴な方だと聞いていましたが、どうやらそれは古い情報のようです。


 断言できます。目の前の男性は天然の“たらし”でしょう。彼にその余裕を持たせる事となった事件が()()()()()()()()である事を考えると、何とも複雑ではありますが……。


 夫であるアランの年齢は私より数歳上ですが、あどけなさの残る笑顔はまるで少年のようです。

 それでも一度剣を握れば、その姿はやはり勇者で、佇まいだけで“世界最強”の風格を漂わせるものだから不思議です。



 勇者アランと結婚する事によって、私は王宮という鳥籠から放たれました。

 もし彼と結婚していなかったら公爵家の誰か、又は隣国の王族あたりと契る事になっていたでしょう。


 自由。それは尊いものですが、対価なしに得られるものではありません。

 おそらく勇者の婚約者であった戦士デボラ、魔法使いグレース、そして僧侶セリア。彼女達は抑圧された環境からの解放を求めていたのでしょう。

 そして仮初の自由を“愛”だと勘違いし、根本的な間違いを犯した。


 彼女達はあまりにも無知だった。いえ、あるいは無知であるように仕組まれたのかもしれません。いずれにせよ私は望みます。

 (アラン)との生活が平穏で、幸多きものとなりますように――と。




 月日が流れ、夫の治めるヴォルチェ領で暮らし始めて暫くが経ったある日、屋敷に一組の冒険者が訪れました。足の悪い女冒険者とその仲間……いえ、従者でしょうか。

 一介の冒険者を何故、敷地に入れたのか。それを問い詰めると、執事はその冒険者の素性がミューレン侯爵家の令嬢にして救世の英雄が一人、魔法使いグレースであると告げました。

 そうすると、もう一人は従者ではなく僧侶の()セリアでしょうか。


 先日、二人からヴォルチェ領への移住願いを受け取った際に「移住は許可するが、屋敷への立ち入りを禁ずる」と、回答したはずでしたが、なるほど……直接来ましたか。

 夫の寛大さに付け込もうとする魂胆が透けて見えるようです。無垢な村娘であった頃よりは多少()()なったようですが、感情任せに押し掛ける行為は下策であると言わざるを得ません。


 現在、夫は領地内に出現した新たなダンジョンを攻略する為に不在。寧ろ好都合です。


「……良いでしょう。私が対応いたします」


次でラストです。本当ですよ?

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― 新着の感想 ―
[一言] 上 中 下 完結編1 完結編2←イマココ 完結編3 新 Q 最後の ・ ・ ・
[良い点]  日本でも古来それなりの階級の者達(公家や武家、豪商など)は政略結婚以外の婚姻は珍しかった。  むしろ「家」や「一族」のためにプラスとなるような相手と結婚するのが良い婚姻だという認識だった…
[良い点] 政略結婚というか押しつけみたいなものだけど、 ちゃんと勇者と王女の間には愛があるようでよかった。
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