聖女になれなかった村娘の手記(上)
こちらの作品は短編作品『仲間全員を寝取られたが、心は最後まで折れなかった勇者の後日談』のヒロイン視点になります。
先に短編からお読みいただいた方が、楽しんでいただけると思いますので、お時間に余裕がございましたら、そちらからお目通しいただけますと幸いです。
後悔先に立たずとはよく言ったものです。
私、セリアは孤児でした。
幼い頃に住んでいた村が魔物の襲撃に遭い、その際に受けた傷が原因で両親は死亡。身寄りのなかった私は村の教会へと引き取られました。
幸い、私には類稀な回復魔法の才能があったらしく、孤児でありながら神へ仕える僧侶になる事ができました。
もし私に魔法の才がなかったら、貴族の妾になるか娼婦になるしか道はなかったでしょう。実際、容貌に優れた孤児達は貴族に買われていきました。その中には仲の良かった友人もいます。魔法の才を見出されなかったら、おそらく私も……。
12歳を迎えて直ぐ、私は村の教会から王都にある大聖堂へ呼ばれました。その理由は王都で“修行”をする為だと聞きました。
どうやら王都には勇者の才能を持つ男の子が住んでいるらしく、彼が魔王討伐の旅に出発する際に私も彼の旅に同行するよう要請を受けました。
魔王といえば、私の両親を殺した魔物達の頂点、憎き存在です。それに、勇者様と共に世界を救う旅に出る事はとても名誉な事だと考えております。
教会から魔王討伐の暁には私を“聖女”に認定する考えがあるとも告げられました。聖女と言えば、教会において枢機卿と同等の地位に当たり、場合によってはそれ以上の発言権を持つ雲の上にいるような存在です。私の心は決まりました。
それから3年間、私は厳しい修行に耐え、回復役として勇者様と共に魔王を討伐する為の旅へ出発しました。
旅の仲間は勇者【アラン】様を始め、戦士の【デボラ】さん、魔法使いの【グレース】さんです。皆、年齢的に近い事もあって、私達は直ぐに仲良くなりました。
正直、最初は戸惑っていました。
私達に魔王を倒す力はあるのか、世界を救う事などできるのか――という不安もそうですが、私やデボラさん、グレースさんは勇者様の仲間であり婚約者となったのです。これまで男性経験が皆無であった私は当然、男性と恋仲になった事はありません。それがいきなり婚約です。戸惑いは隠せませんでした。
結論から言えば、私の不安は杞憂に終わりました。旅の途中、勇者様は私達に手を出しませんでした。それは私達に興味がないから……という訳ではなく、それぞれの立場的な問題と、単にどう接していいのか判らなかったからだと思います。
訊けば、勇者様も女性とお付き合いした事はないと言います。
婚約者として互いを意識しつつ、私達は歩み寄っていきました。
むず痒いような気恥ずかしいような時間を共有するにつれ、私達は不安を抱かないようになりました。
断言できます。この時、私は……いえ、私達は勇者様に惹かれ始めていました。ただ、同時に劣等感も感じていました。
口下手で容姿こそ平凡な勇者様ですが、戦う姿は正に戦神のようで、戦闘中に守られる事も頻繁にありました。彼を頼もしく思うと同時に「私達って必要あるの?」という疑問が頭を擡てきます。特に勇者様と同じ前衛の攻撃役である戦士のデボラさんは「剣を振るう間もなく戦闘が終わることがある。アタシって役に立ってるのかな」と秘めた本音を吐露していました。
私もグレースさんも、その心をお救いする術を持ちませんでした。
ある日、魔法使いのグレースさんが言いました。
「……荷物重い。荷物持ちか馬車が欲しい」
グレースさんの要求に勇者様は少し考える素振りを見せ、私に向き直りました。
「セリアはどう?」
正直、私も荷物持ちの方が欲しいと思っていました。筋力のある勇者様とデボラさんは兎も角、私とグレースさんはとても非力です。
私がグレースさんの提案に賛成である事を述べると、勇者様は「そっか、気が利かなくてゴメンな」と頭を掻いて、直ぐに滞在中の街に在る冒険者ギルドへ赴き、要員の募集を掛けてくださいました。ちなみに馬車は隠密行動へ支障をきたす為に難しいそうです。
荷物持ちをしてくださる方は直ぐに見つかりました。
名を【クレマン】さんと言い、現在滞在中の街に住んでいる26歳の青年で、普段は冒険者として生計を立てているようなのですが今回、私達の旅へ荷物持ちとして同行してくださる事になりました。
クレマンさんの第一印象は「面白いお兄さん」という感じでした。
私達とは10歳ほど歳が離れていますが、陽気な性格で話しやすく愉快で、更に聞き上手。容姿も整っていると思います。旅を共にする内、私達は少しずつ彼に心を許し、いつしか悩みを相談するほどの仲になっていました。
最初にクレマンさんと関係を持ったのはデボラさんでした。
魔王討伐の旅を続ける中で戦士としての自信を喪失していたデボラさんにとって、自身を肯定してくれるクレマンさんの存在が救いとなっていたのでしょう。
騎士爵家の娘にして戦士、勇者様の婚約者でもあるデボラさん。彼女とてそれが“いけない事”である事は十分に理解していたでしょう。しかし、彼女は止まらなかった。そして、クレマンさんとデボラさんの関係を知った私は思ってしまったのです。本来、止めるべき立場のはずが「羨ましい」と。
クレマンさんはグレースさんや私とも関係を持ってくれました。
いけない事だとは解っていました。いや、私達は解っていたからこそ“自由”を感じていたのかもしれません。
教会は厳しいところで自由に恋愛もできませんでした。デボラさんやグレースさんも厳格な騎士や上流貴族の家に生まれた以上、自由な恋愛は出来なかったそうです。いけない事だからこそやりたくなる。背徳感こそが何よりの快楽になる。
私達は――堕ちました。
◇ ◇ ◇
あれから、どのくらいの月日が経ったでしょう。
私達は遂に魔王城を包囲する事に成功しました。後は王国騎士や傭兵、義勇軍の到着を待ち、魔王軍へ総攻撃を掛けるのみ。最終決戦がそこまで迫っていました。
私達がクレマンさんと関係を持った事に対し、勇者様から抗議はありませんでした。
王国や教会へ私達の不貞行為を密告する事もなく、曇りなき瞳で淡々と魔物を狩っていきます。その様は正に勇者。私達のような普通の人間とは根本から違うのでしょう――と、当時の私は考えていました。
もし、彼が私達に弱さを曝け出してくれたのなら、もう少し違った未来があったのかもしれません。それも、もう……今更ですが。
魔王との決戦は苛烈を極め、壮絶なものとなりました。
闇のエネルギーを纏い、目にも止まらぬ速さで猛攻を仕掛けてくる魔王に対し、私達は防戦一方。勇者様以外に魔王と対峙できる者はおりませんでした。
脳裏にデボラさんの言葉が浮かびました。彼女は寂しそうな顔で「アタシって役に立ってるのかな」と呟きました。今、私も……正にそう思います。
勇者様だけが魔王と互角に渡り合っていますが、私達とて何もせずにはいられません。私達は頷き合うと、勇者様と鍔迫り合いをしている魔王の背中に狙いを定めます。
私の強化魔法で攻撃力と素早さを増したデボラさんが魔王へ斬り掛かって行きました。
――刹那。デボラさんが戻って来ました。胴体と頭を分割されて。
正に痛恨の一撃。たった一太刀でデボラさんは絶命してしまったのです。
私とグレースさんは恐怖で動けません。助けを求めるように勇者様へ視線を送るも、彼は助けに来られません。いえ、来るつもりがなかったのでしょうか。
結局、魔王は勇者様一人で討伐したようなものでした。
私とグレースさんは最後まで逃げ回っていただけでしたが、流れ弾に当たり、私は片腕と耳を、グレースさんは両足を失いました。大きすぎる代償です。
そんな私達ですが、王国へ凱旋すれば英雄として持て囃されました。負傷は“名誉の傷”として讃えられました。
王国へ戻って直ぐ、私とグレースさんはクレマンさんを探しましたが、彼の姿はどこにもありませんでした。
私達が魔王と死闘を繰り広げている間、クレマンさんが何処で誰と何をしていたのか……それを知るのはもう少し後になってからでした。
続きます。