パーティーを追放された俺が、勇者達に復讐を誓った件
パーティーから追放された俺が、本当にただの無能で使えなかった件の続編に当たる物語です。
明るく賑やかな町の裏路地から、俺は空を見上げていた。
「…………」
勇者達のパーティーから追い出され、その後も様々なパーティーにくっついていくも同じ理由で追放され続けた俺は、ついに酒場を出入り禁止にまでなってしまった。
何の力も取り柄もない俺が生きる術は既になく、ただ死を待つだけの脱け殻。
いっそすぐにでも自殺してしまうか、そう考えた時。
「やあどうも、こんにちは」
頭上から、明るく冷たい声が降ってきた。
見上げるとそこには、長身痩躯で漆黒のスーツを纏った男が立っている。
シルクハットを目深に被っていてその表情を伺うことはできないが、酷く禍々しい気配を醸していた。
「一部始終を見てましたよぉ。大変でしたねえ、どこにも受け入れてもらえなくて」
「…………!!」
その男の言葉に目を剥く俺を、シルクハットの男は薄ら笑いを浮かべて見下している。
「…………復讐、したくはありませんか?」
「な…………」
「あなたの価値を理解できない世界に、あなたを見下す全てに、復讐を果たしたいとは思いませんか?」
目を狂気に光らせながら、男は更に言葉を続ける。
「私はあなたに、その為の力を与えることができる……!!あの勇者達を越える力を、あなたに与えましょう!!そして私に、最高の復讐を見せて欲しいのです!!」
「ーーーー」
燃え尽き、消えかけていた心に微かな火が点る。
復讐が、できる。
自分を見下し、排除しようとする世界に。
頷くだけでいい。
今、ここで頷けば。
俺は。
復讐を。
「…………借り物の力、でか?」
俺のあらゆる意思を無視するかのように、口から出てきたのはそんな呟きだった。
「……答えてくれよ。おまえの与えた力で復讐を果たしたとして、それは俺の力による復讐じゃないだろう、なあ?」
「…………」
「今返事をする。そんな力は必要ない、そして俺の前からさっさと消えろ!!」
俺の言葉に、シルクハットの男は小さく笑った。
「しかし、あなたは現状を理解しておいでですか?あなたには何の力もない。あなただけの力では、あなたの望む復讐などできはしない。これが現実です。それでもあなたは、我が力を拒むと?」
「ああ、そうだ。言った通りだ。お前の力なんて必要ない!!」
そう言いきったのとほぼ同時に、足元からシルクハットの男の姿が薄れていく。
「全く……楽に騙せる愚者かと思いきや、とんだ計算違いだったようだ。……だが果たして、いつまでそう言ってられる事やら、ねえ?」
ずっと引っ掛かっていた事があった。
「俺達にくっついてきた事で、精霊の加護をお前も受けているようになった」
という、勇者の言葉。
精霊の加護は罪を許し、死を許さず、戦う程に力を強化するものだという話を聞いたことがある。
もし俺に今なお精霊の加護とやらが残っているのならば、俺は死なず、戦って強くなる可能性があるということだ。
「…………」
手持ちの金は、辛うじて安物の剣と盾を買えるくらい。
どうせもう、死んでいるも同然の身だ。
今更この世に、未練もない。
だったら、せめてーー。
「確かめてみるか。精霊サマのご加護とやらを」
町の近くにある森。
通称「混沌の森」と称されるこの場所は、何か出てくるか全く分からないというベテランの冒険者でさえ避ける場所だ。
何しろ、この世界に存在する全ての敵意と悪意を内包していると称されており、常識が全く通用しないらしい。
ただでさえ危険な森に、俺が足を踏み入れたのは、夜の帳もすっかり降りた頃。
星一つ無い暗闇は、全身の筋肉を普段の数倍は強張らせる。
「ーーーー」
何かが草を揺らす音が小さく響く。
そちらに視線を向けると同時に。
「…………あ」
俺の身体は、背後から横一文字に切られていた。
現実感の伴わない浮遊感と、吹き出る鮮血。
腰から上が地面に叩きつけられると同時に、激痛が走る。
「ぐ……う…………あ」
数秒後に迎える死を前に、力を振り絞って目を見開いた。
その直後、腕を大きく振るった鎧武者によって、俺の身体は更に切り刻まれていった。
「………………」
俺は森の入り口で目を覚ました。
目が、覚めてしまった。
つい先程切られた感触が、切り刻まれた感触が生々しく身体中を這い回っている。
「…………」
予想は的中していた。
精霊の加護によってもう、俺には死ぬことすら許されない。
溜め息をついて、俺は足を進めていく。
もう引き返す事のできない、終わりの見えない地獄へと。
俺は死んだ。
死んで、死んで、死に続けた。
もうどれくらい死んだだろう。
一万を越えた位で数えるのを止めてしまったから、もう分からない。
いっそ狂えてしまったのなら、どれだけ楽だっただろう。
それでも俺は。
戦わなければならなかった、進まなければならなかった。
都合よく助けてくれる人間もいない。
眠っていた才能が都合よく開花するわけでもない。
ただひたすらに俺は殺され続けて、未来に進むために挑み続けた。
「ーーーー」
襲いかかってきた鎧武者を、横一文字に切り裂いた。
今までずっと、殺され続けた相手。
それがようやく、この手で。
「…………」
喜ぶ暇もなく、取り囲むように魔導師が現れる。
その数は、全部で五。
俺が身構えるより先に、魔導師達は一斉にその掌から最上級の魔術を放った。
俺は更に死に続けた。
相手が複数になると、どうしようもなかった。
せめて仲間がいればーーそう考えた事もあったが、それは叶わない。
かつての自分の愚考によって、俺はその選択肢を潰してしまった。
これは、全てから逃げ続けた俺への罰。
俺が未来へ進むために必要な、過去への清算。
ならば、これくらいが丁度良い。
この地獄の先には、きっとーー。
そして。
俺は強くなった。
兆を越える死の果てに、俺は森のあらゆるモンスターを楽に殺せる強さを手にいれた。
今俺が手にしているのは、森の最果てで見つけた剣と鎧に、モンスターから奪った盾。
魔術で殺され続けたおかげで、あらゆる魔術に対抗する術をも得た。
これでようやく、本願を果たすことができる。
俺が夢に見て、求め続けたたった一つの宿願。
それを果たすべく俺は、町へと足を進めた。
酒場の扉に手をかける。
俺の姿を見て、入口の近くに立っている女性が声を発した。
「あなたは、出入り禁止ですよ」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「勇者は、どこにいる」
「あなたに教える必要性が見当たりません。お引き取りください」
俺は懐から一枚の紙を取りだし、女性に渡す。
「もし勇者がここに来たら、この紙を渡して欲しい」
俺から受け取った紙を見て、その女性は目を丸くした。
「…………あなた、正気ですか?」
女性の言葉に、俺はーー。
「ーーああ、正気だよ。だからこそ俺は狂っている」
夜の帳が降りた、町外れの草原。
俺はそこに立ち、空を見上げていた。
懐かしい色の空。
俺が初めて森に入ったあの日も、こんな空だった。
正面から足音が聞こえる。
ーーその数は、四。
「…………来たか」
俺は視線を正面へと移す。
俺の眼前に立っているのは、かつて俺をパーティーから追放した勇者達。
「お前……どういうつもりだ?」
勇者は俺に、一枚の紙を見せつける。
俺が昼間、酒場の女性に渡したその紙は。
「どうもこうも、見ての通りさ。俺はお前達に、決闘を申し込む」
決闘状ーー文字通りの、俺の願い。
「断るといったら?」
勇者の言葉に、哄笑する。
「魔王を倒そうとしている勇者が、挑まれた決闘から逃げるつもりか?」
「てめえ……!!」
勇者が敵意を剥き出しにして、俺を睨み付ける。
「……いいだろう、受けてやるその決闘。後悔するなよ」
俺達は互いに踵を返して、距離を取った。
勇者達は全部で四人。
以前と大きく違うのは、魔法使いが賢者に変わっている事だ。
数多の戦いを経て、飛躍的に強くなっている勇者達。
それが今、明瞭な殺意をもって目の前にいる。
「……くくっ」
知らず、笑いが漏れた。
嬉しさに身体が震え、気分が高揚する。
この時を、この瞬間をどれほど待ちわびたことか。
終わらせる、今ここで。
俺の中に掬う悪夢をーー。
「ーーーー!!」
真っ先に仕掛けてきたのは、賢者だった。
巨大な火球が、直線上に放たれる。
「おっと……!!」
飛び退いた直後に着弾し、爆炎が視界を覆う。
着地をした後に一閃、爆炎の中から現れた戦士の斧が頭上を掠める。
「何っ!!」
驚愕する戦士の鳩尾に手を当て、気合いをいれて吹き飛ばす。
追撃を仕掛けるべく、剣と共に突進する俺を勇者が遮った。
「このっ……!!」
均衡する、俺と勇者の剣。
それを、賢者の氷結魔法が崩さんとする。
身体に纏わりつき、凍てつかせる最上級魔法。
かつての戦いで魔導師から受けたそれは、氷に閉じ込めた後に魔力を以てその氷を砕きダメージを与えるというものだった。
だがーーーー。
「温い!!」
砕かれるより先に、自力で氷を砕き割る。
そのまま空中へと飛び上がり、賢者を目掛けて急降下した。
「させるかぁっ!!」
先程吹き飛ばした戦士が、賢者を庇う。
そのまま横薙ぎに一閃、戦士の身体を切りつけた。
「ぐ…………!!」
血を吹き出す戦士の身体を、光が包む。
「回復魔法……!!」
みるみるうちに傷は塞がっていき、戦士の動く気配がした。
「ちっ!!」
後方に飛び退き、距離を取る。
やはり、強い。
個々の強さもさることながら、そのコンビネーション。
ただ強いだけの魔物とは違う、絶対的な信頼から成り立つ強さ。
眩しいと思う。
羨ましいと思う。
「俺も……欲しかったよ」
その言葉は、何に向けてのものだっただろう。
分からないまま、剣を構える。
そして。
僧侶を目掛けて、剣を振り上げ飛びかかった。
「ーーーー」
それを、勇者と戦士が阻む。
戦士が俺の剣を止め、勇者は俺の身体を切り裂いた。
ついで賢者の放つ火球が、俺の身体を焼き尽くしていく。
「ぐ…………」
炎に包まれながら、眼前を見据える。
僧侶だけに狙いを絞り、火だるまのまま僧侶の元へと駆けた。
「…………な」
呆気に取られている僧侶を一閃。
鮮血を吹き出し倒れる僧侶を背に、次いで賢者へ切りかかる。
一瞬の空白。
賢者が魔法を詠唱しようとした時には、既に俺は賢者を切り終えていた。
残るは戦士と勇者のみ。
「貴様ァァ!!」
戦士が咆哮をあげ、豪腕を振るう。
「はぁっ!!」
その一撃を、剣で受け止めた。
「く……ぐ……!!」
先程迄とは桁違いに重い一撃に、腕が痺れそうになる。
しかももう一人、まだ戦える奴が残っているのだ。
「ーー終わりだッ!!」
背後から、勇者の剣が俺を切り裂く。
鮮血と共に大きく揺れる身体を、戦士の一撃が吹き飛ばした。
「ごふっ…………!!」
宙を舞い、地面に叩きつけられる。
致命的な一撃。
これ以上戦えば、間違いなく俺は死ぬだろう。
だがーーーー。
「く……く……くくっ」
剣を支えに、無理矢理立ち上がる。
血にまみれた身体を引きずり歩く俺に、勇者は驚嘆の眼差しを向けていた。
「どうして……そこまで……」
勇者の言葉に、苦笑する。
「終わらせる、ためさ」
「…………」
「俺の中に掬う悪夢を、お前達を倒す事でな……!!」
剣を構える。
そうだ、もうどうだっていい。
元々俺は、あの日既に死んでいたのだ。
だったら今更、命を惜しむ必要もない。
例えこの命が枯れ果てようとも、俺はただ自分の全力をぶつけるだけだ。
「いくぞ、勇者ども!!」
力の限り叫んで、地を蹴った。
身体が軽い。
賢者の魔法も、戦士の攻撃も受けてなお、痛みさえ感じずに攻撃できる。
僧侶が、賢者が、戦士が俺の剣を受けて倒れていく。
残るは勇者だけだ。
これで。
これで。
この一撃で、俺は。
俺、は。
空を、見上げていた。
血塗れの身体。
少し身体を起こしてみれば、勇者達も同じように倒れ伏していた。
俺と勇者の一撃が互いに入ったのは、全く同時だったのだ。
「…………強くなったんだな、お前」
勇者の、そんな言葉が聞こえた。
「俺達が戦ってきた……誰よりも、強かったよ」
「…………」
何かが、頬を伝う。
もう、ずっと忘れていたものが。
「ーーーー」
あの日からずっと、殺してやりたいと思っていた。
恨んで。
憎んで。
絶対に殺してやると思っていたのに。
殺せなかったという哀しみは、俺の中に微塵もなかった。
あったのはただ、全てを出し尽くしたという思いだけ。
「…………そうかよ」
もう、立ち上がる気力もない。
血も流しすぎた。
恐らくそう遠くないうちに、俺の身体は生命活動を止める。
勇者達と明瞭に敵対したことで、精霊の加護も失われているだろう。
「ーーーー」
もう一度見上げた空はひどく寂しい朱色で。
「…………」
最後に、自分が何を呟いたかも分からないまま。
俺の意識は途切れていった。
こんな感じに復讐できたら本望だろうなあ、という願いを詰め込みました。