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未來さんと夏音ちゃん  作者: 梔子
1章 未來さんと夏音ちゃんとグレープフルーツ
9/24

Scene8(0) 未來さんと夏音ちゃんと出会い

 大学四年生の秋。周りで就職先が決まっていないのは私だけだった。楽しそうにしている同級生たちを見ると気分が沈む。

 ただ今日はもっと最悪な気分になることだろう。私は葉月(はづき)との待ち合わせ場所である、大学の喫煙スペースの扉を開けた。


「おはよ、未來(みらい)

「おはよう、葉月」


 白雪(しらゆき)葉月、当時の私が付き合っていた女性だ。彼女は待ち合わせの時間より早めに来ていたのか、灰皿にはタバコが数本捨てられていた。ピンク色の箱から新しくタバコを1本取り出す。


「未來も吸う?」

「吸わない」


 一回だけ彼女に誘われ吸ってみたことがあったが、私には合わなかった。そもそも臭いが苦手なのだが。


「で、話って何?」


 タバコに火を点けながら彼女が聞いた。私は覚悟を決めて少し前から考えていたことを話した。


「私たち、別れない?」


「……は?」


 彼女がくわえていたタバコが床に落ちた。


「今年中に就職できなかったら、葉月に迷惑かけちゃうだろうし」

「そんなの関係ないよ!」


 関係ない。私だってそう思いたかった。でも、現実はそんなに甘くない。


「今はそう言えるかもしれないけど……」


 バチンという音が室内に鳴り響いた。涙目の彼女に頬を叩かれた。


「ちょっと葉月待ってよ!」


 そのまま彼女は去ってしまった。私は床に落ちていたタバコを拾い口にくわえた。


「ケホッ……、まっず」


 咳き込みながらタバコを灰皿に押し付けた。



 帰り道。時刻は十一時を過ぎていた。公園の前を通ると、ブランコに制服姿の少女が座っているのが見えた。


「こんな時間に高校生……?」


 心配に思った私は少女に近づいた。


「……隣、いいかな?」

「え、はい……」


 少女は不審そうな目でこちらを見てきた。まあ知らない人間から突然話しかけられたら誰でもそうなるだろう。

 隣のブランコに座ったのはいいが何を話せばいいかわからず、無言のままひたすらブランコを漕いでいた。先に口を開いたのは少女の方だった。


「貴女も何か嫌なことがあったんですか?」

「まあ、そんな感じかなぁ」


 葉月のことを思い出す。結局あれから電話にも出てくれなかった。


「大切な人と喧嘩しちゃって……」

「私も母と喧嘩して家出してきたところなんです」


 少女が笑った。


「お互い大変だねぇ」

「ふふ、そうですね」


 少女が心配で話しかけたはずが、なんだか私の方まで気分が少し楽になっていた。

 これが、夏音(かのん)ちゃんとの最初の出会いだった。




「ここ、懐かしいですね」

「そういえばここで会ったんだっけ」


 バイトの帰り道、偶然夏音ちゃんと会い一緒に帰っていると懐かしい公園に通りかかった。

 夏音ちゃんが意気揚々とブランコに座る。なんだかあの頃より幼くなっているように見えた。


「あれ、遊具ってこんなに小さかったんですね」

「別にあれから身長が伸びたわけでもないのに?」

「……そういう意味で言ったんじゃないですけど」


 拗ねた表情で夏音ちゃんが言う。そんな表情が愛くるしいのと同時に、眩しくて素直に笑うことができない。

 あの頃の私は自分のことで精一杯だったが、今なら周りを見る余裕ができたと言いたいのだろうか。少なくとも彼女はあれから精神的に成長したのだ。それが嬉しい反面、悔しさもあった。

 今の私はどうなんだろう。今も自分のことで精一杯な私に周りのことを見る余裕なんてまだない。こんな時なのに頭には葉月の顔が思い浮かぶ。


「どうかしました?」


 何を言えばいいかわらかない。私は彼女を好きになる資格なんてあるのだろうか。未だに他の女性に未練が残っている馬鹿な女に。


「あ、そうだ。言おうと思って忘れてたことがあるんですけど」


 意地悪そうな笑みを浮かべた。


「少し前に一緒に映画館行ったじゃないですか。その時私のメロンソーダ、飲みましたよね?」

「え⁉」


 思わず声が出てしまう。まさかあの時のことがバレていたなんて……。


「ご、ごめん……。つい出来心で……」

「あの時は私がわざと置いたんですよ」

「へ……?」

「悪戯のつもりで置いたんです。まさか本当に飲むなんて思っていませんでしたけど……」


 彼女の言葉を聞いて怖くなってきた。


「どうして黙っていたかわかります?」

「……わからないよ」


 夏音ちゃんはブランコから降り、私に顔を近づけた。


「未來さんのことが好きだからですよ」


 顔を赤くしながら言った。


「貴女は……、私のことどう思っているんですか?」


 私も彼女に想いを伝えたかった。それでも先にケジメをつけたいことがあった。葉月の存在だ。私はスマートフォンを取り出した。


「ごめん、返答はちょっと待ってもらってもいいかな……」

「……いいですよ」


 私がこれから何をするのか察したのか、夏音ちゃんが頷いた。


 メッセージアプリを起動する。非通知にしていたが、葉月からのメッセージが大量に届いていた。

 大学を卒業してからの二年間、私は彼女から逃げていた。私はもう目を背けないためにも、彼女に電話をかけた。しかし、いくら経っても彼女は出ない。


「……出ないみたいですね」

「そうだね、まあこんな時間だし……」

「こんばんは、未來」


 後ろから聞き覚えのある声がした。


「そんな、どうして……」

「ひさしぶりだね」


 振り向くと、彼女が立っていた。長い茶髪の女性、以前と変わっていない。

 白雪葉月、彼女が公園の入り口にいた。


「そっちは初めましてだよね。夏音さん?」

「……初めまして、白雪さん」


 夏音ちゃんも葉月も互いに敵対心を露わにしていた。

 ただケジメをつけたかっただけなのに、大変なことになってしまった。これは、ずっと逃げていた私への罰なのだろうか……。

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