Scene7 未來さんとお酒と二人の関係
……気まずい。早く帰りたい。来なければよかった。
ウーロンハイを口にしがら私は目の前の光景を死んだ目で眺めていた。スーツ姿で楽しそうに会話しながらお酒を飲む人たち、私の大学時代の友人だ。今思えば、平日の夜に集まるという時点で断っておくべきだった。みんな仕事帰りで私だけ私服なせいで、かなり浮いている。
「そういえば葉月は?」
「結局来れないってさっき連絡あったよ」
「いつもはノリノリで来てたのに今日は珍しいねぇ」
……葉月。一番聞きたくない名前が出てきて更に気分が沈んだ。
脳裏に夏音ちゃんの顔が浮かんだ。夏音ちゃんと一緒にお酒飲みたいなぁ……。
空になったグラスを傾け、溶けた氷水を喉に流し込む。
この気まずい空間は終電間際で解散になるまで続いた。
「はぁ……」
ため息をつきながら店から出る。トイレに行くと嘘をついて、みんなとは先に別れていた。駅まで友人がいる状況が続くと、劣等感で頭がどうにかなりそうな気がした。
何かお酒とおつまみでも買って帰ろう……。そう思って歩き出すと、後ろから服の袖を掴まれた。
「こんばんは、一緒に飲みませんか?」
振り向くと夏音ちゃんがいた。
「夏音ちゃん⁉ なんでここに…」
「これ見たら嫌でも気になっちゃうじゃないですか」
彼女はスマートフォンで私のSNSのアカウントを見せてきた。数時間延々と愚痴を垂れ流していたのが彼女にバレていた。
「うぅ……。ごめんね、心配かけちゃって……」
「大丈夫ですから。ほら、嫌なことはお酒でも飲んで忘れちゃいましょ」
私は彼女に連れられ先程の店にまた入った。店員には奇異の目で見られたが、そんなことは些細な問題だった。
「何飲みます?」
「……ビール」
私が言うと彼女は笑い、その後店員に注文し始めた。しばらくすると注文したものが運ばれてくる。
「ほら、乾杯しましょうよ」
彼女がレモンサワーの入ったグラスを持って言った。私は無言でジョッキをグラスに当てた。
「本当に落ち込んでるんですね……」
「そりゃそうだよ……。周りで就職失敗してフリーターしてるのなんて私くらいだし」
枝豆を手に取る。先程より少しだけ食欲がわいてきた。
「昔は友達と会うの楽しかったけど、今はね……」
「だったら最初に断ればよかったじゃないですか」
「うぅん、まあ会いたい人がいたからかな。結局会えなかったけど」
正直に言えば本当は一番会いたくない人物なのだが、どうしてもケジメをつけたかった。
あいつの顔が脳に貼りつく。私はそれを無理矢理忘れるために、ビールを一気に飲んだ。
しばらく飲んでいたが、先に出来上がったのは夏音ちゃんだった。顔を真っ赤にしながら机に頬を載せる。
「ほらお水飲んで」
この頃には私も気分はかなり回復していた。……というか、私なんかのことより彼女の方が心配だった。
「えへ、未來さぁん」
彼女が私に抱き着いてきた。完全に酔っ払っている。
「ほら、もう帰るよ」
「いやですぅ。もう少しだけ飲みましょうよぉ」
自分よりダメな存在を見ると自分がしっかりしなきゃとなってしまう。夏音ちゃんも普段はこんな気持ちなのだろうか。
私は会計を済ませると、タクシーを拾い家に帰った。全て私の財布から支払ったが正直痛すぎる出費だった。
「う、すみませんでした……」
帰宅してすぐにトイレで吐いた夏音ちゃんは申し訳なさそうにしながら、ペットボトルに入った水を飲んだ。
「元は私が悪いんだから夏音ちゃんは謝らなくていいよ」
「はい……」
「私もしっかりしなきゃなぁ……。ずっとフリーターってわけにもいかないし」
「でも私……」
彼女は一呼吸置いてから口を開いた。
「……この生活がずっと続いてほしいって思ってますよ」
「それは……、私みたいな人間を見ると安心するから?」
ずっと頭の片隅で考えていた。どうして彼女はこんな私を住まわせてくれているのか。それが今日なんとなく確信に変わった気がした。
彼女が持っていたペットボトルを落とす。水が床にこぼれた。
「あっ、別に責めてるわけじゃないよ? 酔っ払ってた夏音ちゃんを見て、普段の夏音ちゃんもこんな気持ちなのかなってなっただけ」
「で、でも……私……」
「この話はおしまい! タオル持ってくるからそこで待ってて」
私が洗面所に行こうとすると、彼女が腕を掴んできた。振り向くと、彼女の瞳からは涙がこぼれていた。
「たしかに、最初はそうでした……」
彼女の身体が震える。言葉も嗚咽交じりになっていた。
「でも、今は……。今は未來さんのことが……」
彼女のことを抱き寄せる。
「まだ酔っ払ってるんだよ。今日はもう寝よ?」
続きが気にならないと言えば嘘になる。それでも聞くのが怖かった。どちらに転んでも、私たちの関係が変わる、そんな気がして。
「はぁ……」
何度目かのため息をつく。
夏音ちゃんはあの後すぐに寝たが、わたしはなんだか眠れなかった。
チューハイを飲む。普段はそんなに飲まないが、今日はなんだかずっと飲んでいる気がした。
彼女との出会いを思い出した。決してよかったとは言えない出会いだったが、今はそれに感謝している。
ポケットに入れていたスマートフォンが通知で揺れる。
「また来てる……」
メッセージアプリを開くと一人から大量のメッセージが届いていた。私はそれを無視して電源を切った。
……今日呼んでおいて来てくれなかった癖に。
「私もちゃんと覚悟しないとなぁ」
私は夏音ちゃんのことが好きだ。だからこそ、彼女の気持ちを受け取るのが今は怖かった。