Scene6 夏音ちゃんと図書館と家族
「いってきまぁす」
「いってらっしゃい」
今日は日曜日だが未來はバイトだ。これがいつものことだったのだが、最近は休日に彼女と出かけることも増えていたので、なんだか寂しくなっていた。
「……暇だなぁ」
掃除も昨日したので特にやることもなかった。
自室の机に積まれた本を見る。返却期限はまだ先だが、既に読み終わっていた。
「……よしっ」
私は着替えるとバッグに本を入れて外へ出た。
「これ返却お願いします」
図書館は好きだ。誰にも邪魔されずにただ一人の世界に入れるから。未來がいない休日はよくここに通っている。
ただ夏になると少しだけ気が重くなる。私は学生向けの勉強スペースを見た。受験を控えた高校生たちがスペースを埋め尽くしている。
別に彼らがここの空気を悪くしているなんて言うつもりはない。ただ昔の私を思い出してしまって、嫌だった。
彼らから逃げるように、私は絵本のコーナーに向かった。何冊か気になったものを手に取り、近くの椅子に座る。未來の前では読まないが、私は絵本をよく読む。大人向けのものではなく子供向けのものだ。読んでいる間だけは子供の頃に戻り、いろんなことから目を逸らすことができる気がして。
私のすぐ隣を、子供とその母親が通った。
私は家族というものがよくわからない。私にとっての家族は、紫音と未來だけだ。父は紫音が生まれた頃にはもういなかったし、母は顔を思い出すだけで胃がキリキリしてくる。当時の私は、紫音が唯一の支えだった。あの子には感謝してもしきれない。
未來のことは家族だと思っているのだが、いつまでこの関係が続くのだろうか。彼女が私に好意を持っているのは知っている。だが、もし彼女が私のことを嫌いになったら。また私は昔の自分に戻ってしまう。そうなったら今私が彼女に抱いている感情はどうなるのか。だから私は言い訳し続けるのだ。
こんなことを考えている時点で、私に人を好きになる資格なんてないのだろう。
母の事を思い出す。
『私の言う通りにしていれば全部うまくいくから』
『あなたたちはあの人みたいにならないでね』
言う通りにしなかった結果が今の私だ。あの時の選択が正しかったのかは今でもわからない。
それでも、私があの人だけではなく貴女みたいにもなりたくないと願ったことが間違いだとは思いたくなかった。
帰り道、久しぶりにあの時のことを思い出したせいだろうか、涙が溢れて止まらなかった。
「ただいまぁ」
「……おかえりなさい」
「何かあったの!?」
アルバイトから帰ってくると、夏音ちゃんが泣いていた。
「大丈夫です、発作みたいなものですから」
「それでも心配だよ!」
急いで近寄るとずっと泣いていたのか目の周りが真っ赤になっていた。いつもの悪戯ではないことは明白だ。
どうすればいいかわからなかった私は彼女の腕を掴んだ。そのまま脱衣所に入った。
一人だとちょうどいいサイズの浴槽も、さすがに二人で入ると狭いなと感じた。
夏音ちゃんも落ち着いたようで、私の身体を背もたれにしている。先日のバイト帰りの時にはあんなに焦っていたのに、今は自然と手を繋いでいた。
いつもなら彼女と一緒に入浴している事実に邪な気持ちになっていたかもしれないが、今はそれどころではなかった。
「もしかして土日はいつもあんな感じだったりするの?」
「そんなわけないじゃないですか」
彼女が笑った。私はそれに安心した。
「実家暮らしの時は結構ありましたね……。自分でもなんでかわらかないのに涙が突然止まらなくなって。それで紫音には迷惑かけちゃったなぁ……」
「それじゃあ、ここに引っ越してからはそんなになかったんだ」
「……そうですね。多分今日が初めてです」
彼女が手を握る力を強めた。
「ずっと夏音ちゃんの傍にいるから、安心して」
いつもなら恥ずかしくて言えないことだが、今なら平気だった。
「……他の人のところに行ったりしません?」
「しない」
「それじゃあ未來さんのお母さんにずっとプレッシャーかけられちゃいますね」
「うぅん、お母さんは多分最初から私が結婚することなんて諦めてると思うけどねぇ…」
ここで止めておけばよかったと後になって後悔する。それでも雰囲気のせいか、私は彼女に本心を伝えてしまった。
「でも、もしそうなったら……。夏音ちゃんが私のことお嫁にもらってくれたりする?」
「……考えさせてください」
一瞬、彼女の表情がつらそうにしていた気がした。
「そういえば……」
お風呂上がりのコーヒーを飲んでいると、あることを思い出した。夏音ちゃんが首を傾げる。
「兄貴が結婚してるから、私が結婚しようがしまいがどっちでもいいって言われたのを思い出して」
「……え?」
「いやだから……」
「未來さん、お兄さんがいたんですか!?」
「え? 言ってなかったっけ」
「聞いてないですよそんなこと!」
なんでそんなにムキになっているかはわからなかったが、いつもの調子に戻ったようでほっとした。
「隠してたわけじゃないけど夏音ちゃんにはそんなに関係ない話じゃん!」
「だって……、私が知らない未來さんがいると思うと…」
言ってて恥ずかしくなったのか、夏音ちゃんは私から目を逸らし、私の飲みかけのコーヒーを一気に飲んだ。
「……にがっ」