Scene5.5 未來さんと夏音ちゃんと薄い本
「暑い中ご苦労様です」
私は宅配業者のお兄さんに言った。今日はまさに真夏というような日で、スマートフォンで今の気温が表示されているのを見るたびに気が滅入るほどだ。
扉を開けた時に流れてきた外の熱気に嫌気をさしながら、私は送られてきたダンボールを開けた。中には本と手紙が入っていた。
表紙には可愛らしい女の子が二人描かれている。そしてそんな可愛い絵柄とは裏腹に表紙の下の方にはR18のマークがあった。
本の厚さはかなり薄い。薄い本とも言われている、同人誌というものだ。
手紙の方を読むと、送り主である友達の近況が書かれていた。高校を卒業してからは疎遠になっていたので、当時のことを思い出して懐かしい気持ちになった。
私はダンボールをエアコンの効いた涼しい部屋に運ぶと、早速本を読みだした。
「ただいまぁ。あれ、何読んでるんですか?」
視線を本から夏音ちゃんに移す。先程まで買い物で外に出ていた彼女は汗だくだった。
「夏音ちゃんおかえりぃ。これ? 高校の友達から送られてきた同人誌だよ、この前のイベントで売ってたんだって」
「へぇ、私も後で読んでみていいですか?」
「いいよー」
私はそう言って残りのページを読んだ。そして彼女に渡す。
別に私が描いたものではないのだが、彼女の読む反応が気になっていた。すると読んでいる途中で彼女が呟いた。
「このキャラたちって原作で絡みありましたっけ」
「うぅん、それを言われるとつらいなぁ」
友達が昔「一言でも会話すれば見出せる」と言っていたのを思い出す。
……今更だが誇っていいことなのだろうか。
「そういえば未來さんって百合漫画はそんなに読みませんよね」
「高校生の時は友達に勧められてよく読んでたけど、そういえば今はそんなに読んでないなぁ」
同人誌を机の上に置く。友達が描いたのは女性同士の恋愛をテーマにした、所謂百合漫画だ。
「未來さんは同性の恋愛ってどう思います?」
「……へ?」
突然の質問に思わず声が出た。どう思うも何も、私が夏音ちゃんに抱いている感情が答えなのだが、それを言うことはできない。
どう返答するか迷っていると、彼女がいきなり顔を近づけてきた。制汗剤の匂いがする。
「どうかしました?」
「いや……、近いよ」
私は声を振り絞った。彼女は意地悪そうな笑みを浮かべたが、顔は真っ赤だった。
奇妙な雰囲気が二人の周りに漂う。先に限界を迎えたのは夏音ちゃんの方だ。私から離れ視線を窓の外の景色に向けた。
「今日は暑いですね……」
「……そうだね」
全部この暑さのせいだ。私もそう結論付けた。
こんな調子で私は彼女に想いを告げることができるのだろうか。自分で自分のことを責めた。しかしこの出来事から少しして、私は彼女にほぼ勢いで想いを伝えることになるのだが、それはまた別の話。