Scene5 未來さんと紫音とゲーム
スマートフォンの画面を見つめる。現在プレイしているソーシャルゲームの新キャラ情報がSNS上に載せられていた。
「お給料入ったばっかなのに……」
「……課金するのは確定してるんですね」
夏音ちゃんがこちらを睨んできた。少し前のガチャで彼女にお金を借りた時のことを思い出す。
あの時は全然出ないし夏音ちゃんの機嫌はドンドン悪くなるしで大変だったなぁ…。全部自業自得ではあるのだが。
「大丈夫! 今回は石貯めてあるから!」
「……泣いても貸してあげませんからね」
「こんだけあれば出るって! お給料はちゃんと貯金するよ!」
根拠のない自信だが、この時は本当にそれを信じていた。
「なんでだよぉ!」
「……貸しませんよ」
夏音ちゃんはスマホをいじりながら冷たく言った。さっきまであんなにあった石は、全て電子の海へ流れていった。
床に倒れている私の前に彼女が正座した。
「未來さん、今月は貯金するって言ってましたよね?」
「……はい」
「なら、今から課金しに行くなんて言いませんよね?」
「……はい、言いません」
表情はいつもと同じはずなのに目が怖い。ただ新キャラが欲しいという欲求は止められない。何か言い訳を探すために、私は冷蔵庫を開けた。
「あっ、飲み物なくなってるしちょっと買ってくるね!」
「……別にいいですけど、あとでレシート見ますからね」
コンビニに入ると見覚えのある人物がいた。
「あれ、紫音ちゃんだ」
倉野紫音、夏音ちゃんの妹だ。そして私がやっているソシャゲのフレンドでもある。
「未來さんこんばんは。その様子だと、爆死でもしたんですか」
「……そうだけど、紫音ちゃんだってこんな時間に買い物ってことは課金しに来たんでしょ」
「私は普通に買い物ですよ」
「別に夏音ちゃんには言わないよ?」
すると紫音ちゃんはため息をつき、スマートフォンを取り出した。そして画面を私に見せる。ソシャゲの編成画面。そこには、私が欲しがっていた新キャラがいた。
「……いくらいれたの」
「持ってる石の最初の十連で出ました」
……世界は理不尽だ。
「いつまでついてくるんですか」
「いやだってお家と逆方向だから」
夏音ちゃんと暮らしている部屋と彼女の実家自体はすぐ近くなのだが、紫音ちゃんが歩いているのはそのどちらとも別の方向だった。
しばらく無言で歩いていると、公園にたどり着いた。ベンチに紫音ちゃんが腰を下ろしたので、私もその隣に座る。
「何かあったの?」
「……お姉ちゃんが引っ越してからもう四ヵ月経ったじゃないですか、今までお姉ちゃんに来てた圧がこっちに来るようになって」
なんとなく察した。夏音ちゃんが家族とうまくいっていないのは知っていたが、紫音ちゃんの様子を見ると私が思っていたよりも事態は深刻らしい。
私のせいだ。私が夏音ちゃんをあの日無理矢理連れ出したせいで今度は紫音ちゃんが被害を受けている。
「別に未來さんのせいじゃないですよ? 逆に感謝したいくらいです」
そんな私の心を見透かしたように、彼女は寂しそうに笑いながら言った。
「……まあ、お姉ちゃんを取られるのは悔しいけど」
すると彼女は立ち上がった。
「少し聞いてもらえたら楽になりました。今日は帰ります」
「……聞いただけなんだけどね」
解決策なんて何も思いついていない。他人の私が口出しできる問題でもないのだが。
「そうだ、一つ言っておきますね」
「なに?」
「お姉ちゃん性格終わってるんで、もっと気をつけたほうがいいですよ?」
そう言って彼女は小走りで去っていった。
別に夏音ちゃんの性格には問題はないと思うのだが、少し悪戯好きなだけで。私は首を傾げた。
「ただいまぁ」
「……おかえりなさい、遅かったですね」
「ほんとに飲み物しか買ってないよ! ほら!」
私は持っていたレジ袋から二人分の飲み物を出した。そしてレシートも見せる。
「会計分けて買ったりしてません?」
「……信用されてないなぁ」
本当に買ってないのだが、夏音ちゃんはしばらく疑っていた。
「あっ」
私が買ってきたミルクティーを飲みながらスマートフォンをいじっていた夏音ちゃんが唐突に声を上げた。気になったので後ろから様子を覗くと、ソシャゲでガチャを回していた。
「これ未來さんが欲しいって言ってたキャラですよね! 私も始めてみたら当たっちゃいました!」
彼女が嬉しそうに言った。悔しかったが、そんな彼女の様子がなんだかほほえましかった。
「あれ、このキャラが欲しかったんですよね?」
「え、そうだけど」
「最初のガチャでこの子当てたんですよ!」
なんだかムキになっている彼女を見て困惑してしまう。たしかに欲しかったのだが、どうして私の反応がおかしいといった雰囲気になっているのだろう。
「いや、だって夏音ちゃんがそのゲームやり始めたの嬉しいから……。私の周りでやってるの紫音ちゃんしかいなかったし……」
「どうしてそこで紫音の名前が出てくるんですか!」
「えぇ!?」
……やっぱり世界は理不尽だ。
つまらない。せっかく実装されてからずっとリセマラしていたのに。
「あ……、この子未來さんに似てる」
ボサボサの黒髪をした少女のキャラを見て私は呟いた。
「もっと悔しがってよ」
未來似のキャラをタップし続ける。ボイスが流れるが、声はそんなに似ていなかった。
ただ、なんだかこのキャラに愛着が湧いてしまっていた。
……実際に未來のことをこんな風につついたらどんな反応をするのだろう。
「……もう少しだけプレイしようかな」
このゲームを遊んでいれば、また彼女で遊ぶネタが出てくるかもしれない。私は自分にそう言い訳した。