Scene4 夏音ちゃんと映画とメロンソーダ
「未來さん! 今度の土曜日、休みでしたよね!」
夏音ちゃんが珍しく興奮した様子で言ってきたので、私は面食らった。そして彼女はスマートフォンで一枚の画像を見せてきた。
「あぁ、これって話題になってる映画じゃん」
見せられた画像は現在公開されている、国民的なRPGを題材にしたCGアニメ映画のポスターだ。夏音ちゃんは題材になったゲームの大ファンだった。
評判としては賛否両論。元々俳優や芸人ばかりのキャスティングを批判されていたが、私は上手ければ気にしないタイプなのでそこはどうでもよかった。
「絶対ネタバレ踏まないようにしてたんで楽しみなんですよ!」
「……そうなんだ」
SNSでネタバレを踏んでしまった私は彼女を止めるべきか悩んでいた。ただ私は実際に映画を見たわけではない。たしかに見えている地雷ではあるのだが、見てもいない作品を批判する権利なんて誰にもない。
きちんと自分の中での評価を決めるために、悪い意味で話題になった映画は積極的に見るようにしている。そのせいで周りからはクソ映画オタクと言われるのだが……。
「わかった、土曜日一緒に見に行こ」
「約束ですからね!」
まあ、はしゃいでいる夏音ちゃんを見れただけでも、地雷を踏みに行く価値は十二分にあった。
「未來さんも飲み物買いますか?」
「うぅん、見てる途中でトイレ行きたくなるから嫌なんだけどねぇ。まあ喉乾いてるしなんか飲もうかなぁ」
映画のチケットを買った私たちは売店に並んだ。夏音ちゃんのテンションはさすがに先日よりは落ち着いていたが、それでもいつもより子供っぽく見える。
そんな彼女の様子を見ているといつの間にか私たちの注文の番になっていた。
「メロンソーダのMサイズと……、あれ未來さんは何飲むんですか?」
「あ、えぇと、アイスティーのSサイズひとつで、お願い……します」
いつもコンビニのレジで知らない人と話していたはずなのに、客側になっただけで緊張してしまうのはなぜだろう。
金額を見て思わず、高いなぁと口を滑らせてしまいそうになる。すると夏音ちゃんが私の分も支払っていた。子供っぽく見えただけで、彼女は立派な大人なのだ。どちらかと言えば私の方が子供なことに気づいて悲しくなる。
「ごめんね、私のも払わせちゃって」
「大丈夫ですよこれくらい、こういう時のために貯金してるんですから」
彼女の笑顔が今日はやけに眩しかった。多分その理由は彼女がはしゃいでいるからというだけではないのだろう。
上映の時間が近づいていたので私たちはシアターに入り、自分たちの席に座った。私の席はシアター内のほぼ中央で、私の右が夏音ちゃんの席だ。
夏音ちゃんが右手側の肘掛けに買ったメロンソーダを置く。私は彼女の邪魔にならないように左手側にアイスティーを置いた。幸いなことに、左側の席に人はいなかった。
映画が始まった。夏音ちゃんはワクワクしている様子だったが、私は彼女の上映終了後の反応がすでに怖くなっていた。
数十分経つと、彼女の顔から先程までの熱は無くなっていた。ジュースを飲みながら、もう片方の手で少し赤みがかった髪の毛をいじっている。
すると彼女はジュースを左手側、つまり私の右手側に置いた。
自分でも気持ち悪いとはわかっている。わかっているのだが止められなかった。私は右手側の飲み物を取り、ストローに口をつけた。緊張と後悔と羞恥でメロンソーダの味なんてわからなかった。
いたずらのつもりだったのだが、まさか本当に飲むとは思っていなかった。私は驚いたが、未來の表情を見てクスリと笑った。白い肌が、赤く染まっている。彼女の恥ずかしそうな顔を見れただけでも映画館に足を運んだ価値があった。
彼女は私に気づかれないようにそっとジュースを戻した。最初から気づいている私は、見て見ぬフリをしながら、ジュースを手に取りストローをくわえた。それをハラハラした様子で見ている彼女を見て、私はまた笑った。
今度は何をしようかなぁ、そう思っていると映画は終盤を迎えていた。
「うぅん、最後以外はそれなりに良かったんですけどねぇ」
「そ、そうだね……」
映画を見終わった私たちは映画館近くのファミレスで昼食を取っていた。ただ先程の一件のせいで、あまり食事が喉を通らなかった。
「ちょっと飲み物取ってきますね」
「……うん」
夏音ちゃんが席を立った。なんとなく胸をなでおろしてしまう。
正直映画の内容なんてまるで頭に入っていなかった。ただ勢いでしてしまったことへの後悔。謝ろうと思ってもどう伝えればいいかわからない。そして彼女に嫌われることへの恐怖もあった。
「どうかしました?」
「大丈夫……。なんでもないよ」
戻ってきた夏音ちゃんは、メロンソーダを持っていた。それを飲む彼女に自然と視線が向いてしまう。そんな私を見て彼女が笑った。
「……飲みます?」
ストローをこちらに向けてきた。
「いいの?」
「別にこれくらい気にしませんよ」
それに安心して彼女が一度使ったストローを口に入れる。今度はちゃんとメロンソーダの味がした。
ただメロンソーダが喉を通った後も、罪悪感の苦味が舌の上に残っていた。