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未來さんと夏音ちゃん  作者: 梔子
1章 未來さんと夏音ちゃんとグレープフルーツ
3/24

Scene3 未來さんとアルバイトと愛情

 鼻歌交じりで在庫確認の作業をしていく。昨日のゲームセンターでのこともあり、とても気分が良かった。


小原(おはら)さん今日テンション高いね、いいことでもあったの?」


 休憩中の店長がお弁当を食べながら聞いてきた。


「あっいえ、別に何も……」

「わかった、彼氏となんかあったんでしょ。同棲してるって言ってたし」

「だから彼氏じゃなくてただの友達ですってば」


 否定しながらも少しにやけそうになる。夏音(かのん)ちゃんは女の子なので正確には彼氏ではなく彼女なのだが、細かいことは気にしない。少なからず夏音ちゃんに特別な感情を抱いているのは事実だ。それでも、彼女が私をどう思っているかはわからなかった。


「でもルームシェアって大変なんでしょ? 喧嘩別れも多いって聞くし」

「そうみたいですね……」


 夏音ちゃんは基本的には温厚だが、たまに怒ることはある。しかし私がそれに対して怒ることがないので、喧嘩まで発展したことはない。

 ただし、喧嘩したことがないということは、きっと仲がいいということではないのだろう。

 普段の生活のことを思い出す。いつも夜遅くまで起きて、朝起きるのも遅い。家事はほとんどできないし、料理もお惣菜をレンジで温めるだけ。好きになる要素が見当たらなかった。それでもこんな私と一緒に暮らしてくれているのは、どうしてなのだろうか。

 考えていると、呼び出しの音が鳴った。レジが混んできたのだろう。私は急ぎ足で売り場に戻った。



「いらっしゃいませ…って夏音ちゃん?」

「あれ、未來(みらい)さん今日バイトだったんですね」


 夏音ちゃんがジュースとお菓子を台に置いた。時刻は七時が近かった。仕事が終わり、帰るところだったのだろう。


「うん、七時で終わり」

「それじゃあ一緒に帰れますね」


 彼女が微笑んだ。どうしても先程店長に言われたことを意識してしまう。


「未來さん?」

「えっあっ、お会計が259円です」


 私は慌てて仕事に戻る。今まで彼女とどう接していたかわからなくなってしまう。

 会計を終えた夏音ちゃんはそのまま店内をウロウロし始めた。私があがるまで待つつもりなのだろう。余計に緊張してしまう。

 時計の針を見続ける。別に時間になっても引き継ぎ作業があるので、すぐに帰れるわけではないのだが。



「おまたせー、ごめんね遅れちゃって」


 外に出て待っていた夏音ちゃんに話しかけると、彼女は持っていたスマートフォンを鞄に入れた。


「そこまで待ってないから大丈夫ですよ」


 そう言うと彼女は私の手を握った。


「ど、どうしたのいきなり!?」

「別にこれくらい普通ですよ」


 普通というにはあまりにも不自然なほどに指を絡ませてきた。これではまるで恋人みたいだった。顔がドンドン熱くなる。そんな様子の私を見て夏音ちゃんは意地悪そうに笑った。私をからかって遊んでいるのだ。

 この状況でこんなことを聞くのはとても恥ずかしいのだが、思い切って私は彼女に質問した。


「ねぇ……、夏音ちゃんって私のこと好き?」

「……え? なんですかいきなり」

「いや、客観的に見たら私って何もできないダメ人間だし、なんでこんな私と一緒に暮らしてくれてるんだろうなぁって思って」


 彼女が心の底から笑ったような表情を見せた。なんだかそれが怖かった。


「うぅん、そうですねぇ……。まぁたしかに未來さんはダメ人間ですよね」

「そんな直球で言わないでよぉ」

「自分で言ったんじゃないですか……。でも嫌いだったら一緒に住んでいませんよ」

「ほんと!?」

「本当です」


 なんだか安心した。勿論、嫌いではないが好きという意味ではないし、仮に好きだとしてもそれが私の抱いている彼女への感情とは別物かもしれない。

 それでも、彼女に嫌われていないという事実が素直に嬉しかった。

 私たちは手を繋いだまま、二人の家までの道を歩いた。




 浴槽に浸かり、持ち込んだスマートフォンでボイスレコーダーを起動する。そして私は先程録音したものを再生した。


『おまたせー、ごめんね遅れちゃ──』


 未來が話している途中で、スマートフォンを鞄にしまった際のノイズが流れる。残念だが、ここは後でカットしないと。


『そこまで待ってないから大丈夫ですよ』


 心配していたが、無事録音できていたようだ。


『そこまで待ってないから大丈夫ですよ』

『ど、どうしたのいきなり!?』


 あの時の彼女の表情が目に浮かぶ。照れてて可愛かったなぁ。


「夏音ちゃんまだー?」


 脱衣所に未來が入ってきた。私は慌てて音量を0まで下げる。


「もう少ししたら出ますから」

「わかったぁ」


 彼女が出て行ったのを確認してから、音量を元に戻す。


『ねぇ……、夏音ちゃんって私のこと好き?』


 いきなりの質問で驚いたが、彼女の中での好きというのは恐らく()()()()()()のものなのだろう。

 自らを卑下している時の彼女の表情は今まででトップレベルの愛くるしさだった。


『──でも嫌いだったら一緒に住んでいませんよ』


 この時は少し誤魔化したが、今なら素直に言える。


「……大好きですよ、未來さん」


 ただこの好きは、未來のものとは()()のだろう。

 この汚い感情を、彼女に知られたくない。

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