Scene19 未來さんと夏音ちゃんとこれから
これから母に会うというのに、私の心はそれどころではなかった。未來の顔を見ることができない。
『夏音ちゃん。私と、結婚してください』
先日のことを思い出すだけで身体が熱くなる。
結婚したとしても、特段今の生活が大きく変化するわけではない。それでもいい。彼女との日常は、ずっと私が望んできたものなのだから。
インターホンを鳴らす。
紫音が今日出かけているのは確認済だ。だからここにはあの人しかいないはず。
扉が開いた。不機嫌そうな表情で、母が私たちを見る。
「……ただいま」
私はできるだけ緊張しているのを気づかれないように言った。
「……で、話って何」
椅子に座った母が、機嫌が悪いのを一切隠さずに未來の顔を見た。未來はそれに畏縮している様子だった。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「未來さんとの生活の話なんだけど」
「いつまで続ける気なの?」
「……え?」
「ルームシェアなんてどっちかが結婚したら終わりなんでしょ。いつまでこんなことを続けてないで帰ってきてって言ってるの」
母の言い分も正しいとは思う。私だって一緒に暮らし始めた頃は考えていた。
もし未來が男性と結婚したら。私の存在は邪魔になるのだろう、そう卑屈になっていた。
ただ今は違う。胸を張って言える。
「大丈夫だよ。私、未來さんと結婚するから」
「……は?」
「えっ、夏音ちゃんここで言うの⁉」
母だけでなく、未來までもが驚いている様子だ。それもそのはず、私は先日のプロポーズの返答をまだしていなかったのだから。
「こんな時にくだらない冗談言わないで」
「冗談じゃないよ」
「ほ、ほんとに……?」
「……なんで未來さんが動揺してるんですか」
「だ、だってぇ……」
こんな大事な時に泣きじゃくる未來を無視して私は母を見た。明らかに嫌悪感を含んだ表情をしていた。まあそれは仕方がない、いきなり娘がこんなことを言い出したら理解できないのかもしれない。
「別にどう思ってもらっても構わないよ。それでも、私決めたから」
「後悔することになっても?」
「……後悔なんてしない」
「それは今だから言えることなの! それでどうなったか、夏音も見てるでしょ⁉」
「わかんないよ! そうやっていつも上からなんでも知ってるような素振りでさ!」
「ふ、二人とも落ち着いて!」
未來の叫び声で、頭に冷水をかけられた気分になる。
「あ、あの……。お、落ち着いて話し合お……?」
あたふたしている未來を見て、母が苦笑した。
「別に否定はしないけど……、本当によく考えた?」
否定はしない、ただし肯定もしない。いつもそうだ。
「考えたよ、でも正直わからない」
もしかしたら答えなんて最初からないのかもしれない。それでも、私は未來と最後までいたい。
「あの……」
彼女が申し訳なさそうに言った。
「フリーターの私が言うのは違うかもしれないんですけど……。私、絶対に夏音ちゃんのことを幸せにしますから。だから少しだけ時間をくれませんか?」
「時間?」
「まだルームシェアを始めてから半年と少ししか経ってませんし、結婚云々が早とちりなのはわかっています。それでも、私は夏音ちゃんと一緒にいたい。なので答えを出すまで、もう少しだけ今のままルームシェアを続けることを許してもらえませんか?」
母は何も言わなかった。
「私からもお願い」
「だから、最初から否定してないでしょ。否定してたら最初からルームシェアなんてさせてないわけだし」
それもそうだ。母はルームシェアに最初から反対していたが、決して無理矢理連れ戻そうとはしなかった。……そう納得する一方で、詭弁だと感じる自分もいるのだが。
「悪いけど、今日はもう帰って」
「……お母さん」
「答えが出たら、また来て。その時は私も真剣に話を聞くから」
そう言って母は微笑んだ。こんな優しい表情をした彼女を、私は何年ぶりに見たか思い出せないほどだった。
「案外、悪い人じゃないのかもね」
「未來さんにそう見えても、子供からしたら……。やっぱりあの圧は怖いですよ」
結局話はほとんど進まず、私は夏音ちゃんの実家を後にした。
ほぼ勢いのままに行動を起こしてしまった私たちの責任だ。でも、なんとなくこれからのことを明るく考えられるようになった気がする。
言ってしまえば、今回彼女の実家に行ったのはきっかけ作りのようなものだった。
すぐに解決するなんて最初から思っていない。ゆっくりと私もあの家族の一員になれたらいい。それもなんだか都合がよくて甘い考えかもしれなかったが、それでも私は夏音ちゃんと家族になりたかった。
「ねえ、夏音ちゃん」
「なんですか?」
「あの時言ったこと、本気にしちゃっていいのかな?」
「……あの時言ったことってなんですか?」
彼女がわざとらしく言った。私をからかうつもりだったのだろう。しかし、私は一切ためらいも照れもせずに言った。
「ほんとに私と結婚してくれる?」
「……は、はい。勿論です」
「なんで夏音ちゃんが照れるのさぁ」
夕日が彼女の髪と顔を照らした。
私は何を言わずに彼女に顔を近づけ、唇を重ねた。
「……ずるいですよ。いつもいきなりなんですから」
「そうだね。そういえば、ルームシェア決めたのもいきなりだったっけ」
「あれは未來さんから言い出したんじゃないですか!」
「うん、あの時はお互い辛かったからね」
一年前の夏音ちゃんは家庭と仕事がうまくいかず、私は周りへの劣等感と葉月のことがあり、お互いにボロボロだった。そんな現状が嫌で、私から言ったのを覚えている。言ってしまうと傷の舐め合いだ。
「夏音ちゃん」
「なんですか?」
「もう一回していい?」
「……一々確認しなくてもいいですよ」
私は照れる彼女を見て笑った後、もう一度キスした。
最初は傷の舐め合いだったかもしれない。
だとしても、私は夏音ちゃんと一緒に過ごせて良かったと思っている。
そしてこれからも……。




