Scene17 未來さんと看病と劣等感
体温計を見る。夏音ちゃんの体温は39℃台、どう考えても今日は寝ているべきだ。
「今日はお仕事休もう?」
「……そうですね」
私が電話をしようとすると彼女が腕を掴んだ。
「電話は私がするので……、未來さんは何か飲み物持ってきてもらっていいですか?」
私は頷き、部屋から出た。
冷蔵庫を開く。ランニングのために買っていたスポーツドリンクを取り出した。
部屋に戻ると、ちょうど電話を切ったところだった。
「……すみません、明日以降は帰るの遅くなるかもしれません」
「そんなこと気にしなくていいから。今日はゆっくり休んで」
額に冷却シートを貼る。シートが触れた瞬間に夏音ちゃんの口から色っぽい声が漏れる。
……そう思ってしまう自分が嫌になる。
「何か食べたいものある?」
「……作れます?」
「買ってくるから……」
「じゃあ、何か冷たいものを」
こういう時、彼女のために何か料理を作れたらいいのだが。以前に彼女と一緒にカレーを作ってから一度も料理をしていない。こんな時のために練習しておけばよかった……。そう後悔しても遅いのだが。
コンビニで彼女が食べられそうなものを探す。
「どれなら食べられるんだろう……」
サンドイッチやうどんをカゴに入れる。もしそれもダメだった時のためにアイスもいくつか入れた。残ったもので自分の昼食を決めよう。
部屋に戻ると、夏音ちゃんは寝ていた。起こさないようにそっと部屋から出る。冷蔵庫と冷凍庫に買ってきたものをしまい、キッチンを眺めた。
私はここをほとんど使ったことがない。使うのは冷蔵庫とレンジがほとんど。
「料理できたらなぁ……」
今更悔やんでも意味がないことはわかっている。それでも悔しかった。
椅子に座り、ひたすら時計を眺め続けた。スマートフォンをいじる気にもなれない。
「……おなかすいた」
昼前になり、夏音ちゃんが部屋から出てきた。私は冷蔵庫から買ってきたものを取り出した。
「たまごのサンドイッチとうどん買ってきたんだけどどっちがいいかな? 一応アイスもあるけど」
「……じゃあ、サンドイッチで」
彼女がサンドイッチをゆっくりと口にする。私も昼食にしようか考えたが、なんだか食欲が湧かなかった。
「あとはしてほしいことある?」
「……今汗かいちゃってて、気持ち悪いです」
「わかった、タオル持ってくるね」
洗面台からタオルを取り出し、軽く濡らす。
戻ってくると彼女は既に寝間着を脱いでいた。
「自分でできる?」
「すみません、お願いしてもいいですか?」
私は濡らしたタオルを彼女の背中に当てた。
「ひゃっ……」
彼女が小さな悲鳴をあげる。
あまり意識しないように、彼女の柔肌に垂れる汗を拭きとることだけに集中した。
「……前もお願いしていいですか」
「……もしかして夏音ちゃん楽しんでる?」
「少しだけ……」
そう言って笑ったが、あきらかに無理している様子だった。さすがにこの状況でこれ以上文句を言う気にもなれない。
彼女のお腹辺りから拭き始め、上に手を動かす。嫌でも緊張してしまう。
するとインターホンの音が鳴った。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「……わかりました」
残念そうに彼女が言った。
「はぁい」
「……どうも」
扉を開けると、紫音ちゃんが立っていた。
「もしかしてお楽しみ中だった?」
「そ、そんなことないよ!」
下着姿の夏音ちゃんを見て、紫音ちゃんが呆れ顔で言った。少し否定できない部分が心の片隅にあったのが悔しい。
「お昼ごはんは食べた?」
「……うん」
夏音ちゃんが頷く。
「未來さんのことだからどうせコンビニで買ってきたんだろうけど。夕飯は私が作るからリクエストあったら言って」
「……なんでもいいよ」
「それが一番困るんだよなぁ……」
「じゃあオムライス!」
「……なんで未來さんがリクエストするんですか、まあいいですけど」
そう言って紫音ちゃんは冷蔵庫を開いた。たしか卵がまだあったはずだ。
その後も彼女に夏音ちゃんの看病を手伝ってもらった。ありがたいのだが、ひさしぶりに劣等感が心を蝕んだ。
夕飯を食べてから、いつの間にか眠ってしまっていた。ある程度気分も良くなっていた。
「あれ、未來さんこんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよ」
未來がベッドに頭を乗せて眠っていた。
私は彼女の髪を撫でた。
「……ありがとうございます」
彼女はきっと何もできなかったと、自分を責めているのだろう。それでも、私は彼女に感謝していた。彼女の劣等感に愉悦するのではない。ただの純粋な気持ちだ。
「ほら、起きてください」
彼女の肩を揺する。
「あれ……、夏音ちゃんもう大丈夫なの?」
「はい、未來さんと紫音のおかげです」
「でも私……」
「そんなことありませんよ」
本当なら彼女のことを今すぐにでもめちゃくちゃにしたかった。ただまだ治っていない状態でそんなことをしたら、悪化どころか彼女にうつしてしまう。だから私は彼女と指を絡めるだけにした。
「一人だったら、きっと不安でしたから」
今の私には貴女がいる。それはどんなものより、安心できることだった。




